第5章 適応障害についての疑問・2
③長時間労働
長時間労働は誰にとってもつらい。日本社会の大きな問題でしょう。近年やっと改善しようという動きはありますが、就職したての若者にとっては何が普通なのかわかりません。
「先月は残業が多かったのに、給料に残業代が入ってないと思ったら、40時間の見込み残業(固定残業制)だったんですよ」とあとから知ることはよくあることです。
確かに雇用契約書にそう書いてあっても、何のことかわかりません。わが国は、就職する=社会に出ると考えられており、若者は就職するまで社会の仕組みについてあまり興味はないようです。
社会科で一応その仕組みを習う時は実感がなくても、社会に出たらきちんと教えてくれると思っているかもしれません。研修で会社の説明はありますが、もう社会の仕組みなんて誰も教えてくれません。
そしてこの残業も何となくしかわからないでしょう。
その会社が古い風土で「残業は美徳だ」と思っていれば、早く帰る人は仕事のできないダメな奴とレッテルを貼られるでしょう。今はそんな時代ではないとわかっていても、新人は「定時になりましたので帰ります」とはとても言えません。
そして見逃せないのが、通勤時間です。
ある若者は会社の寮(という名の借り上げアパート)が電車で1時間半のところで、残業をしたら10時か11時になり、大体夕食はカップ麺かコンビニ弁当。そして翌日はまた7時くらいには出て満員電車に乗って行くと話していました。
平日の通勤時間を含めた労働にかかわる時間が優に10時間を超えます。こんなことが続けば誰だってうつ的になるでしょう。労働にかかわる時間が長時間だと、解放されない感覚が人を蝕みます。何かをしようという意欲も気力も体力も、すべて奪われます。
長時間労働が常態化している場合、人をダメにしてしまいます。これはつらくて当然です。
つらさのポイントでまず出てくるのは、人間関係です。否定的なことを言われると傷つく、職場の人とうまくコミュニケーションが取れない、そして自分の中で負のスパイラルに陥ってしまう、そんな感じです。
そのひとつの傾向として、正解しないことへの恐怖があるかもしれません。〔ミスをする=間違うこと=正解でない〕という不安が〔認められない=否定される〕という図式につながるのかもしれません。それらに非常に敏感で、またどう思われているのか、自分がちゃんと見られているのか気にしているでしょう。
そしてあまり好きではない人、言葉の荒い人などとのコミュニケーションは苦手です。
求職相談をしていて希望の職種を聞くと「お給料はまあまあよくて、休みが多くて、人間関係のよいところ」と答える若者がいます。それは職種ではなく条件ですが、前の二つはともかく「人間関係は入ってみないとわかりませんからねー」とお茶を濁します。
多分この人間関係のよさとは、自分にとってやさしい人間関係を言っているのだと思います。やさしく育てられ教えられ、そうではない環境の免疫がないのかもしれません。気になることを言われても、嫌いな人とでも、シャッターを閉じたり妙な攻撃をしたりせず、妥協点を見出すように話し合う技術など教えてもらっていません。
長時間労働は言わずもがなですが、「もうつらいです」「何とかなりませんか」と言えたら、少しは変わっていたかもしれません。
辞めたい、でも辞められない
「そんなに具合が悪くなってまで、働かなくてもいいんじゃないの?」という話ですが、お金のこともあるでしょうしいろいろな事情もあるでしょう。メンタルクリニックを受診し休職を勧められ、社会保険の傷病手当の説明を聞いてほっとする人もいます。
しかしまた、休むということに心理的な抵抗を示す人も少なくありません。仕事が片づいていない、他のスタッフに悪い、迷惑をかけると言ってためらいます。
中堅の人が病気で休むことを勧められるとほぼ「仕事が……」と言ってためらったり拒否したりします。実際にその人がいないと大変なのかもしれませんし、仕事がその人の存在証明のようになっているのかもしれません。
しかしつい最近入社した若者に関しては、それほど迷惑がかかる仕事が与えられているとは考えにくいのです。多分、入社してすぐこんなことで休むなんて許されないと思っているでしょうし、ダメな奴だと思われる、辞めさせられるのではないか、いろいろな不安が湧き出ていることでしょう。
仕事に就いてすぐは誰でもそう感じていたのではないでしょうか。(いいところを見せなくちゃ)と思っているかどうかはわかりませんが、端からダメだと思われたくはありません。
※本記事は、2022年9月刊行の書籍『仕事で悩む若者は適応障害なのか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。