仕事で悩む若者は適応障害なのか 【第14回】ブラック企業じゃないのに辞められない…。病むまでそこにいる理由とは

第5章 適応障害についての疑問・2

③長時間労働

辞めたい、でも辞められない

ブラック企業でひどい目にあってもなかなか辞められなかった人の理由について、だまされるようにして同意してしまった労働条件だがお金もないし、かといって訴えるのも大変だという事情と、もうひとつは会社を訴えることの「背徳感」を指摘しています(『ブラック企業2「虐待型管理」の真相』今野晴貴、文春新書、2015)。

ブラック企業という犯罪級の社会問題で、ある種の洗脳で簡単に辞めないように、会社と一体感を植えつけ心理的にどこまでも縛りつけていたのだと思います。多分彼らは非常に真面目で、ある程度能力と責任感があり、何らかの価値判断を強く内在化するタイプだったのではないかと思います。

このような被害に遭う若者たちはある意味では、申し訳ない言い方ですが、選ばれた人たちなのだと思います。大量採用した若者たちの多くは多分、すでに辞めていたでしょうから。

さて、今検討しているような若者に関しては、不思議な話だなと思います。多くはブラック企業ではありませんし、会社との一体感を洗脳されたわけでもありません。つらいと自覚もしています。

勧められたか自発的に来たかはわかりませんが、メンタルクリニックを受診するという方策も取れています。ひょっとして同じように(自分、ダメかな)と思ったら、さっさと辞めて行った人も多いのかもしれません。病むまでそこにたたずむ、これはどういうことでしょう。

辞めずにメンタルクリニックを受診した若者の気持ちを、聞き取りや観察の中からまとめてみました。

  • ①過労で頭が働かず、退職する気力もない

最も問題となる、気の毒なケースです。過労によってうつ的になっている可能性が高く、精神的な視野狭窄とも言われていますが、目の前のことしか考えられない、自分のことが考えられない、自分の状態や感情も考えられず対処の方策も考えられない状態で、場合によっては自殺の可能性もあります。

  • ②辞めると生活できなくなる

若い時は蓄えもなく、家族の援助もなければ、経済的には波の上の小舟のようです。辞めたいけれど、生活もあるし奨学金の返済もあるし、辞められない。ある若者は家族からの援助はなく奨学金の返済も多く、残業も多い日々で「あの時は社畜のように働いていた」と語った人もいます。人間的な気持ちではいられなかったのでしょう。若者のきびしい経済状況は切実な問題です。

  • ③辞めると迷惑がかかる

先にも触れましたが、若者はもう少し純粋に職場の他の人のことを考えています。特にシフト制の場合は強く感じています。仕事による存在証明というよりも、真面目に他の人に迷惑がかかると思っているケースが多いです。

「私が辞めると、3人になってしまいシフトも回らないんです」と涙ながらに訴える人もいました。それは上司や管理者の責任で、そんなに思い詰めなくてもいいのです。多分、身を切られるように辞めてきても、その職場は回っています。

④辞めるのはよくない

仕事を辞めることを、どうもよくないことだ、悪いことだという意識があるようです。先のブラック企業を辞めない若者の「背徳感」ではありませんが、仕事を辞めること自体に否定的な意味合いがあり、ひいては仕事を辞めるような自分はよくないと考えているような気がします。これは内面的な価値の問題で、あとで少し検討したいと思います。

⑤辞めたいと言えない

次に「辞めさせていただきます」と言えないので、辞めることができないという事態です。最近はアルバイトで出勤してこないと思ったらそのままフェイドアウトするケースも散見されます。電話もメールもつながらないという事態も聞きます。

辞めたいと言ったら止められる、面倒くさい、もうイヤだ、あるいは生活が破綻していて仕事に行けないなどいろいろな事情はあるでしょうが、何も言わない、何も言えない、言いたくない。今では退職代行業者も出てくる始末です。職場という自分を評価する圧力団体に対しなかなか言えないのかもしれません。


※本記事は、2022年9月刊行の書籍『仕事で悩む若者は適応障害なのか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。

© 株式会社幻冬舎メディアコンサルティング