福島で熱中症が多いわけと対策

上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

福島県相馬地方の伝統行事、野馬追の開催が2ヶ月前倒しされ、熱中症が減った。

東北地域に熱中症が多いのは、フェーン現象の好発地域だから。

夏場の屋外行事は、安全性の観点から見直す必要がある。

5月25―27日、福島県相馬地方で伝統行事の野馬追が開催された。相馬市から招待され、私も見学した。

今年の野馬追は、開催時期を変更した。例年7月末に開催されていたが、参加者に熱中症が続出し、馬の死亡が相次いだため、開催時期が2ヶ月前倒しされた。

野馬追のクライマックスである甲冑競馬、神旗争奪戦が開催された5月26日の南相馬市の最高気温は24度。快適に観戦することができた。

騎馬武者として参加した原田文植医師(相馬中央病院)(トップ写真)は、「騎馬武者や大会関係者の負担も軽減された」という。彼が注目するのは、今年、熱中症やその前兆により救護所を利用したのは18人で、昨年と比べて65人減っていたことだ。

ただ、打撲や外傷による受診は21人で、昨年から9人増だった。これは、「5月が馬の繁殖期、つまり「盛り」の時期で元気だったから(原田医師)」だ。野馬追では馬の救護所が設けられるが、今年、受診したのは38頭で、このうち34頭は熱中症が原因だった。昨年は111頭が受診し、すべて熱中症と関係があったこととは対照的だ。野馬追の開催時期の変更は英断だったといっていい。

なぜ、野馬追で、このような議論が盛り上がったのか。それは、福島県が熱中症の「ホットスポット」だからだ。昨年5月~9月に、福島県では1840人が熱中症で救急搬送されている。これは都道府県別では17位だ。もっとも多いのは東京都の7325人で、大阪府(5951人)、埼玉県(5719人)、愛知県(5422人)が次ぐ。

真夏の間、マスコミは大都市で熱中症が続出することを連日のように報じる。多くの読者は、「熱中症は大都会の高齢者の病気」とお考えだろうが、実態はやや異なる。図1は昨年の5-9月の熱中症による救急搬送の人口1万人あたりの数を示す。福島県は10.4件で、全国で6番目に多い。上位10県のうち、5県は東北地方だ。図2をご覧頂ければ、東北地方が熱中症の危険地域であることをご理解いただけるであろう。

▲図1 緊急搬送における都道府県別の人口1万人あたりの熱中症患者数(作成:医療ガバナンス学会 山下えりか)

▲図2 緊急搬送における都道府県別の人口1万人あたりの熱中症患者数(作成:医療ガバナンス学会山下えりか)

この地域に熱中症が多いのは、フェーン現象の好発地域だからだ。東北地方には、夏場に太平洋から湿った風が吹きつける。このような風が北上高地、阿武隈高地、奥羽山脈などにぶつかり上昇する。その際、高度が上がるにつれ気圧は下がり、膨張して冷却される。この過程で、含有する水蒸気を雲や雨の形で失う。風が山を越えると、一気に下降する。その際、気圧が上昇し、乾燥した空気が圧縮され、一気に温度があがる。これが東北地方で、夏場に異常な高温が生じる理由だ。

特に気温が上昇しやすいのは、風下にあたる日本海側や中央の盆地だ。福島県の場合、中通りや会津が該当する。昨年の6~9月の間に最高気温が35度を超える猛暑日を記録した日数は、多い順に若松34日、福島33日、梁川32日、石川26日、喜多方25日、二本松18日、西会津12日と続く(図3)。地球温暖化に伴い、福島県の夏の暑さも加速度的に悪化している。昨年8月5日には、梁川で、福島県内で観測史上最高の40.0度を記録した。

▲図3 福島県2023年6月~9月もう諸費(35℃以上)の総日数(作成:医療ガバナンス学会山下えりか)

今夏は、昨年以上の猛暑になるかもしれない。それは2023年春から続いていたエルニーニョが収束したからだ。エルニーニョとは、太平洋赤道域の東側海面水温が異常に高くなる現象だ。収束すると、太平洋高気圧の張り出しが強まり、その縁を回って暖かく湿った空気が流れ込みやすくなるため、日本は猛暑となりがちだ。

エルニーニョは、これまで2〜7年ごとに発生している。前回の収束は2010年、18年だったが、その年はいずれも猛暑だった。2010年の夏は、昨年、記録が更新されるまで、観測史上もっとも暑い夏だった。

今夏、猛暑をどう乗り越えるか。夏場の屋外行事など、安全性の観点から見直す必要がある。相馬野馬追の対応は参考になる。

トップ写真:騎馬武者として参加した原田文植医師(相馬中央病院)筆者撮影

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