ボカロシーンの先駆者を徹底解剖 第2回(後編):はるまきごはんが向き合う初音ミクの存在、そして見据える未来

本連載「Vocaloid producer’s resume」では、現役でボカロシーンで活躍する気鋭のアーティストたちにインタビュー。幼少期や学生時代、音楽的なルーツ、そして現在のボカロシーンをどのように見ているのかなどを語ってもらう。

第2回に登場するのは、今年活動10周年を迎えたはるまきごはん。創作の原点や音楽ルーツに迫った前編に続き、後編では10周年のタイミングで発表された「僕は可憐な少女にはなれない」についてや、ボカロシーンへの想い、今気になっているボカロPなどを語ってもらった。

■初音ミクの意義に辿り着いた楽曲「僕は可憐な少女にはなれない」

ーーそらるさんへの「教えて神様」(作編曲を担当)やMay'nさんへの「かわりゆくもの」など、アーティストへの楽曲提供をされることもありますが、自分の作品と提供する場合の作り方に違いはありますか?

はるまきごはん:提供する際には、「自分が好きかどうか」というポイントにプラスして「相手にも気に入ってもらえるか」を大事にしていて。相手というのは楽曲提供する方自身やそのリスナーさんも含めてなので、新しい視点や条件が加わるイメージですね。それはそれで楽しいんです。ただ、提供は自分の音楽活動のメインではなくて、あくまでも自分の活動がメインである前提でやっていくものなのかなと思っています。

ーーセルフカバーしてご自身が歌うというアプローチもされていますが、それははるまきごはんさんにとってどんな意味合いがあるんですか?

はるまきごはん:歌も、パソコンで作れるもののひとつという扱いですね。どういう機材を使ってどういう音で録るか考えるのも楽しいし、やっぱりパソコンでの遊びの延長なんですよ。「音楽をやっている」という感覚よりは、「この機械でどんなものが作れるんだろう?」という考えがベースにあるので、自分の歌もその選択肢のひとつというイメージです。

ーーなるほど。だからなのか、はるまきごはんさんの音楽は、生バンドっぽい音もあれば、エレクトロ要素が強いものも自由に取り入れていて、音楽性にこだわらず何でも楽しんでいるのが伝わってきます。

はるまきごはん:そこはいちばん制限したくないなと思っているところです。自分の活動のスタイルやイメージで音を制限してしまうのは耐えられないというか……絶対に飽きてしまうんですよ(笑)。常にマルチジャンルの音楽を聴きながら、その聴いているものに憧れて作るということが僕の基本的な構造なので。それができなくなると面白くない。これからもずっといろんなジャンルを取り入れて、成立するような作り方を貫きたいです。自分らしさというものを見出すのであれば、どんな音を使ってもそこに残っていてほしいですね。

ーーアコギで歌っても、ダンスビートを使っても、そこにはるまきごはんさんらしい世界があるような。

はるまきごはん:はい。それが自分にとってはいちばんいい状態ですね。

ーー10周年のタイミングで発表された「僕は可憐な少女にはなれない」は、初めて自分で歌う楽曲として作ったそうですね。

はるまきごはん:もともと「ひとりで作る」ことをテーマにして作ったんです。初音ミクも含めてひとりで作るというか……MVも普段はスタジオごはんで作っているところを自分でやって、徹底的にパーソナルな作品にしようと思って制作しました。

ーー10年の節目だからひとりで作ってみようという発想だったんですか?

はるまきごはん:僕の活動は最初から初音ミクがいたから、それが当たり前のことになりすぎていて。だから、一度「初音ミクを使うということ自体、どういうことなんだろう?」と考えたかったんですよね。当たり前のようにいる存在って、なくなってみないとわからないじゃないですか。それを知りたかった曲、と言いますか。曲作り自体はいつも通りに、弾き語りから作っていきました。

ーー作ってみて、気づいたことはありましたか。

はるまきごはん:うーん、何か初音ミクの意義に辿り着いたというわけではないですけど……この曲を作ったことで、これからも初音ミクを使ってやっていきたいなと思いましたね。結果として、初音ミクを使ってきてよかったなという感覚になったというか。自分は音楽だけじゃなくてキャラクターや物語を作るのが好きで、そういうことも懐深く受け入れてくれるのが初音ミクをはじめとするボーカロイドのいいところのひとつだと思うんですけど、それをあらためて感じました。そもそもあの曲自体が初音ミクという存在へのメッセージみたいなもので、出すことに意味があったのかなと思います。

ーー歌詞では、ご自身のことを歌っていますよね。「どのようにしてはるまきごはんの世界が生まれてきたのか」ということに向き合っているというか。

はるまきごはん:そうですね。自分の言葉としてそのまま喋っているような感覚で書いたので、歌詞の作り方はほかの作品とは全然違いました。自分の生い立ちにもそれは関係していて。やっぱり、自分の見た目を前提としなければいけない現実世界から、そうではない世界への憧れそのものを込めてもいます。人生と繋がっているという意味では、10年のタイミングで作るべき曲だったのかなと思いますね。こういうタイミングじゃないと、書こうとは思わなかっただろうし。

ーー10年ということに対しては、何か思うことはありますか?

はるまきごはん:“10年”と聞くと長いように感じるけど、振り返ってみると短く感じますね。自分から“10周年”って言うのもちょっと抵抗があって、ただキャッチーだから仕方なく使っているだけなんですよ(笑)。10年だから特別な何かがあるわけではなく、節目としてご挨拶をしてる感覚――義を重んじての“10周年”です。どちらかと言うと、キャラクターや10年のあいだに聴いてくれる人たちに対しての「ありがとうございます」という気持ちが、10周年企画の本質ですね。

ーー10周年企画としては、ボックスセット『おとぎの銀河団』が10月29日にリリースされますね。

はるまきごはん:はい。でも、まだ中身は何もできていないんですけどね(笑)! 情報解禁日に合わせてボックスの外側だけを先に作ったので、これから中身のほうを作っていかなきゃいけなくて。ちょっと頑張らなきゃいけないんですけど、楽しみにしていてほしいです。

ーー(笑)。節目にはなりそうですね。

はるまきごはん:“10年”って文字にすると重く感じるというか、長いっちゃ長いっすよね(笑)。それこそ、高校に入った瞬間は「こんな生活があと3年間も続くんだ!?」って永遠のように感じて絶望したけど、その3倍以上の時間が経ってるなんて信じられない。あまり長く感じていないということは、それなりに絶望せずにやってこられたということでもあるのかなと思います。

ーー充実していたからこそ、あっという間に感じると。

はるまきごはん:そもそも僕は時間の経過そのものにはあまり価値を感じていなくて、何を作れるのかがすべてなんです。結局、自分が作りたいと思うものがまだ全部作れていない状態である以上、時間の経過は些細なことなので。今何を作れて、どれくらい作る力があって、果たして死ぬまでに作りたいものが作れるか、みたいなことしか考えていないです。

■はるまきごはんにとっての初音ミク「何かに替えることができない存在」

ーー一方、この10年でボカロシーンの空気は変わってきましたよね。さらに一般的な存在になって、ランキングの上位にボカロPや歌い手の曲が入ってくるようにもなりましたし、そこからシンガーソングライターやコンポーザーとして活躍する道も開けています。今の状況に関してはいかがですか?

はるまきごはん:すごく楽しいですね。同世代の人たちがいろんなフィールドに行って、いろんな音楽を作って広まっていったりして。周りの人たちが音楽を作り続けていること自体が嬉しいですし、その結果としてさまざまな場所を見ることができているのも面白いと思います。自分と同じボカロシーンに居続ける人も含めて、どこにいても音楽を続けてくれているのは嬉しいです。僕としては、自分が作り続けている以上、友達も何かを作っていてくれたら楽しいので。そういう意味では、みんながそれぞれのかたちで音楽を続けていけるようなフィールドになってよかったなという気持ちはありますね。

ーーボカロを出発点として、選択肢がいろいろと広がっているのがいいですよね。それぞれの道をみなさんが選んでいるイメージがあります。

はるまきごはん:そうですね。僕も、作る側が自分のやりたいことをやれるのがいちばんいいと思っているタイプなので。

ーー今でも、同世代のクリエイターから刺激を受けることはありますか。

はるまきごはん:みんながめちゃくちゃ本気で音楽を作っているのを見ると、自分も頑張ろうという気持ちになります。まわりの人たちが頑張っているからこそ刺激を受けられるという感覚はすごくあるし、自分の活動形態とは違う形で活躍した結果、辿り着いた場所を僕も見に行かせてもらったり、そういう面白さもありますよね。

ーーボカロコンピレーションアルバム『キメラ』を主宰したり、シーンを盛り上げていきたいという気持ちは強いですか?

はるまきごはん:僕は今もボカロを使っているし、ボカロのフィールドで聴いてくれている人たちが楽しいと思うことをやりたいんです。基本的に何かを企画する時も、根本には自分が見たいもの、作りたいものという気持ちがあるので。『キメラ』も、こういうコンピレーションアルバムが聴きたいという気持ちが始まりでした。それをきっかけに、自分がお世話になった界隈の人たちに楽しんでもらえたら嬉しいなって。

ーーだんだん「ボカロシーンを引っ張っていく」みたいな気持ちも芽生えたり?

はるまきごはん:いや、僕は引っ張っていく役回りではないと思うんですよ(笑)。それこそ、DECO*27さんとかは引っ張ってくださる感じがあるじゃないですか。自分はそういう方たちの恩恵に預かりながら、先人たちが用意してくれたフィールドで、自分を含めて面白いと思えることを作るのが好きです。ボカロシーンを引っ張るとしたら、僕はまわりを見てなさすぎなんですよね(笑)。

ーー自分のなかから出てくるものを形にしたいというのがモチベーションなんですね。

はるまきごはん:それはずっとそうだったし、この先も変わることはないです。自分が好きなものを追求していったとしても、周りの人みんながそれを好きになってくれれば、世界中の人が聴く音楽になるわけじゃないですか。それは極論かもしれませんけど(笑)、有名になるかそうじゃないかというものさしに関しては、自分の好きなものを追求したからと言って諦めなきゃいけない未来ではないと思っています。どちらかと言うと、そういうところにこそ面白さを感じていて。みんなが好きなものに合わせていくんじゃなくて、もともと興味がなかった人に「これ面白いよ」「めっちゃいいよね」とプレゼンして、そのよさをわかってもらう楽しさを目指していきたいですね。

ーー素敵ですね。これからも初音ミクに託して歌ってもらうことがメインになりますか?

はるまきごはん:そうですね。自分の歌はひとつの表現でしかないと思うので、作品はやっぱり初音ミクやほかのボーカロイドに任せていきたいと思っているし、少なくとも今僕が作っているものはその前提で作っています。

ーーあらためて、ボーカロイドの魅力をどういうふうに感じていますか?

はるまきごはん:めちゃめちゃたくさんあるんですけど――今回のインタビューの文脈で言うなら、やっぱり懐の深さだと思います。自分のようなタイプの物作りをしたい人も受け入れてくれるし、逆にミュージシャンとしていちばん有名になりたいという野望を持っているタイプの人も受け入れてくれる。誰とでも仲良くできちゃうヤツ、みたいな(笑)、懐の深さがありつつ、そこにはまったく嫌味がないんですよね。ボーカロイドが自分から何かを押しつけてきたりすることはない安心感。僕はひとりでいることが好きだという話をしましたけどーー初音ミクがボーカルの曲の「聴く側はひとりだけど孤独じゃない」みたいなところがいいなと思うんです。歌モノや歌詞がある曲を聴く時、基本的には歌っているアーティストと聴き手のふたりの空間になると思うんですけど、初音ミクの曲は考えようによってはひとりじゃないですか。

ーーたしかに。

はるまきごはん:もちろん、初音ミクと自分だったり、ボカロPと自分だったりもするんだけど。考えようによっては聴いている人だけがいるような状況ですよね。だけど、歌詞や思想というエモーショナルな部分はある。そこが合成音声にしかない独特な部分だと思っていて。僕はひとりでいるのがすごく好きだからこそ、初音ミクのそういうところが唯一無二なんです。初音ミクを使わないとそういう気持ちにはなれない。そういう存在がいるってすごくないですか? めっちゃいいヤツなんですよ(笑)。

ーー(笑)。いい意味で肉体性がないということですよね。みんなが初音ミクを創造することで存在するというか。

はるまきごはん:そうですね。初音ミクは概念でもあるし、遡ると宗教的な――存在としては、崇拝されている神みたいなところに繋がっていくと思っていて。何かに替えることができない存在なんですよね。自分の声では絶対できないし、誰かボーカルを立てて歌ってもらってもできないのかなと思います。

■はるまきごはんの願い「シーン側が人を選ぶような場所にならなければいいな」

ーー最後に、最近注目しているボカロPや楽曲について教えてください。

はるまきごはん:今年2月の『The VOCALOID Collection』(『ボカコレ』)で知ったǢǪさんは、遺伝子レベルで入り込んでくる音というか、初めて聴いた気がしないような懐かしさと新しさを感じました。幻想的で神秘的な曲を書く方なんですけど、「isomers」という曲が好きです。海茶さんの「なんとか鉄道の夕」という曲も今めちゃくちゃ聴いていますね。MVがドット絵なのもあって、レトロなゲームを彷彿させる雰囲気で。切なさにコミカルな部分を含ませるセンスが好きで、「なんとか鉄道の夕」は見た瞬間に心を奪われました。

あと、いえぬさんの「アマドイドリップ feat.初音ミク × 鏡音リン」。「オーバーコード」という曲が『プロセカ』(『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』)に入ったり、注目されている方なんですけど、いえぬさんは絵柄とか曲調も含めて心の奥のほうまでちゃんと入ってくる感じがするんですよね。表層的な技術ではなくて、ちゃんと心のなかまで入ってきてくれる感じが好きです。それに、今挙げたこの3人は、映像まで自分で作れる方々で。

ーー面白いですね。やっぱり共感するところがあるんでしょうか。

はるまきごはん:特に意識せずに聴いていたんですけど、あらためて考えてみたら「3人とも映像も作ってるじゃん!」って(笑)。無意識的にそういう人たちの作品に惹かれているのかもしれない。でも、最近は両方を自分でやる方が増えている気がします。

ーー『ボカコレ』や、新しい方々の曲もしっかりチェックされているんですか。

はるまきごはん:『ボカコレ』は毎回聴き手として参加していて、最近はそこで新しいボカロPに出会うことが多いですね。YouTubeの関連動画に出てきた曲を聴いたり、ニコニコ動画のランキングで聴いたりもしますけど、『ボカコレ』で楽曲との出会い方が大きく変わったと思います。

ーーボカロ文化のこれからに期待していることはありますか。

はるまきごはん:僕はクリエイティブな好奇心から始めて、音楽やアニメーションを作って、「次はこれを作りたい」の連続でここまできたので。これからも自分のような作り方をする人たちが受け入れられるシーンであってくれたらいいなと思っています。

たまに、「ボカロシーンはメジャーシーンを目指すアマチュアがいる場所」というような解釈をする人もいると思うんですけど……もちろんそういう人もいるだろうけど、ここで何かを作るのが楽しくて、居心地好いと思ってる人たちから始まったシーンだと思うんですよ。だから、その両方がいる懐の深さをずっと残したままであり続けてほしいというのが自分の願いですね。どちらかだけにはなってほしくないし、シーン側が人を選ぶような場所にならなければいいなと。

ーーご自身としても「まだまだやりたいことある」とおっしゃっていましたが、今新たに興味を持っていることがあるんですか?

はるまきごはん:新たにと言いますか、今やっと自分の技術が、次に自分がやりたいことを作れるくらいになってきたような感覚があるんです。アニメーションも最近やっとうまく作れるようになってきた感覚があるし、ここまで作れるようになったならこれも作れるかも、って。やりたいことに対して技術が追いついていないからできない、ということが結構多かったんですよね。ここからさらに自分が作りたいものに向かっていきたいと思っています。

(取材・文=後藤寛子)

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