17-52大敗から見る第2次エディージャパンの肖像 開始4分満たずに機能した「超速」の可能性と課題

イングランドと対戦したラグビー日本代表【写真:志賀由佳】

22日の日本代表―イングランド代表戦をラグビーライター・吉田宏氏が検証

第2次エディージャパンの船出は17-52の大敗に終わった。復帰したエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)にとっては因縁の相手イングランド代表との初陣。立ち上がりこそ主導権を握ったが、14分に奪われた相手のファーストトライからは圧倒された。就任会見で掲げた「超速ラグビー」は片鱗を見せたものの、ゲームを支配するには至らない出来栄えに終始した。果たして「超速」で世界8強を突破できるのか。世界5位の強豪に完敗した80分から、新生ジャパンの課題と可能性を検証する。(取材・文=吉田 宏)

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4万4029人。リーグワン決勝を下回る国立競技場の観衆が、第2次エディージャパンへの期待感なのか。記念すべき初陣は、2年前までエディーが指揮を執ったイングランドに8トライを奪われる完敗で幕を閉じた。

「もちろんこの結果は残念で悔しいが、内容を考えると、現状と目標というところでは非常に大きな糧を得ることができた試合だった。このチームが始まってまだ10日目ということを鑑みると、非常にいい方向に進んでいると思います」

会見でこう口を開いたエディーだが、その穏やかな表情は、2012年から4シーズンに渡る第1次体制でもお馴染みだった、大の負けず嫌いで知られる指揮官のものではなかった。

12度目の対戦で、初めて日本のホームゲームでイングランドも「テストマッチ」と公認したゲームは試合途中で局面が大きく変わる80分になった。キックオフから主導権を握ったのは日本。ラックからの連続攻撃は、イングランド防御が十分にセットする前にSH齋藤直人のパスが繰り出された。相手に判断するための十分な時間を与えない――エディーが常にこだわり続けた勝利へのセオリーが、ピッチの上で片鱗を見せる。だが、足りないものも明白だ。何度スピードに乗ったアタックを仕掛けても、インゴールへは辿り着けない。主将に復帰したFLリーチマイケル(東芝ブレーブルーパス東京)が悔し気に振り返る。

「取り切れないのはゴール前まで攻め込んでノックオンしたり、セットプレーからもノックオンしたり、ちょっとしたファンブルのせいで自分たちの継続が出来なかったから。上手くいっているときには、9番からの攻撃でどんどん前に出て、密集からクイックボールが出て、自分たちが目指している超速ラグビーがすこしずつ見えたので、これからここを継続したいなと思う。最初の15分、20分までは、練習でやってきたこと、成果が試合に出ている。今後どんどん伸ばしていきたい」

注目の「超速」はキックオフ直後から機能した。日本のキックオフボールをイングランドがタッチに蹴り出すと、相手がラインアウトに並ぶか並んでいないタイミングで、HO原田衛(BL東京)が素早くボールを投げ込んだ。

「ヴィクターのおかげです。全部ヴィクターが考えているので。細かく教えてくれています」

テストデビューの原田が名指ししたのは、南アフリカ代表LOとして127キャップを持つヴィクター・マットフィールド。エディーがその経験値を買って、テクニカルアドバイザーに招いた。その指導の下、試合前のコイントスで日本がキックオフすることが決まった時点で、イングランドが間違いなくタッチキックすると読んで準備されていたラインアウトだった。間髪を入れないスローイングから攻め込んで、反則を誘ってのPGによる3点までキックオフから1分52秒のことだった。

PG後のイングランドのキックオフからも「超速」を貫いた。相手がタッチキックを選んだのとは対照的に、日本はゴール前からボールを大きく右に展開して攻めた。コンビネーションの不十分さで、あわやインターセプトというピンチになったが、これくらいのリスク覚悟の戦い方が、エディーの求めるラグビーだ。直後の自陣22mライン付近でのスクラムでも、相手の反則からSH齋藤が速攻。セオリーなら危険地域から脱出するキックというシチュエーションに、イングランド防御がセットアップ出来ない状態だったが、日本の15人は迷わずボールを動かした。

ここまで、試合開始からわずか4分に満たない出来事だ。「超速」というコンセプトは持てはやされるが、その先にあるのは、相手に考える余裕を与えないことでゲームプランを狂わす戦略だ。この発想は、エディーが初めて代表チームを指揮して、オーストラリア代表をW杯準優勝に導いた2003年から不変の鉄則だ。余談だが、当時決勝で屈したのも、この日の相手イングランドだった。

エディー・ジョーンズHC【写真:志賀由佳】

大敗の中で評価すべきは弱点といわれてきたスクラムとラインアウト

エディーの鉄則が勝利に繋がらなかった理由は明白だ。リーチのコメントが示すように、自分たちのミスからスコア出来ず、結果的に相手に重圧を掛けきれなかったことだ。失点も、イングランドに許した全8トライ中7個が日本の反則を起点に奪われたものだった。攻守のミスが、自分たちのゲームプラン、ゲームスタイルを崩してしまう典型のような負け試合だった。

終盤の2トライがせめてもの抵抗にはなったが、40点差以上離された残り15分からの反撃にあまり高評価をつけるのは禁物だろう。超速を意図したアタックについても、立ち上がりこそグラウンドの縦軸にボールを止めず、常に横に展開しながらの繋ぎが見えたが、イングランドの固い防御に単調さが増えていった。試合後の会見で、「開始15分、20分までは主導権を握ったが、この時間帯のプレーは求めていたスピードなのか。攻撃のバリエーションは満足か」という質問に、指揮官はこう課題を指摘した。

「もっとペースを上げて、もっとバラエティーのある攻撃が出来れば理想的だと思う。今日に関しては、どちらかというとセカンドマンのプレーが、なかなか効果的に機能出来なかった。これはイングランドの強固な防御に重圧を受けてしまったからだと思うし、どうしてもダイレクトなプレーが多かった。上手くいっていた部分もあると思うが、今後に関しては、もっとスピードのある、多彩なアタックをしていきたい。そこには選手の連携が重要です」

宮崎合宿では、多彩なムーブ(サインプレー)を何重にも駆使して、相手防御とのコンタクトをかわしてボールを繋ぐ変幻自在なアタックが見られたが、本番では期待ほどには生かされなかった。だが、準備段階と実戦の齟齬があるのは当たり前のことだろう。イングランド戦で十分にパフォーマンス出来なかったものを、次戦でどこまで実践できるか。この積み重ねしかないだろう。

この大敗の中で評価をするべきは、ジャパンが伝統的には弱点といわれてきたスクラム、そしてラインアウトだろう。

スクラムを見てみると、日本は自分たちの5度のスクラム全てを成功。これはイングランドの成功率78%を上回る。試合を通じてスクラムはお互いに反則を繰り返していた印象だったが、要になるFW(フォワード)第1列のキャップ数は、3人合計207のイングランドに対して日本は右PR竹内柊平(浦安D-Rocks)のわずか3のみ。経験値が物を言うといわれるポジションで、この格差でもスクラムを崩壊させずに、時には押し勝ちながらBKにボールを供給できたのは大きな成果だろう。エディーも会見で思わず「スバラシイ」と日本語で称賛したが、スクラムのかじ取り役のHO原田は言葉に自信を込める。

「最初のスクラムで、あまり相手の重さを感じなかったので結構行けるなと思っていきました。オーウェンが毎日フロントローを集めて、セットアップをしていた。横との繋がりや後ろ(LO)との繋がりなどをずっとやってきた。それがいい結果につながったと思います」

代表デビュー戦、しかもスクラムが伝統のイングランド相手に、全く物怖じしない胆力も感心するが、原田が名指ししたオーウェン・フランクス・アシスタントコーチ(AC)の存在が早くもスクラム強化に好影響を与えているという。フランクスACはニュージーランド代表で118キャップを誇り、日本代表入りする直前まで現役を続けていた。コーチ経験は少ないが、白羽の矢を立てたエディーは「スクラムの知識は素晴らしい」と、その世界の最先端でスクラムを組んできた経験値を買って呼び寄せた。

同じように日本選手にはない高度な経験値をチームに落とし込むことを期待されたのが、先に原田が挙げたマットフィールド・テクニカルアドバイザーだ。そのラインアウト理論は、イングランドを率いるスティーブ・ボーズウィックが、コーチ修行時代に教えを乞うため南アフリカまで出向いたほど。原田は、そのコーチングを「ラインアウトでの個々の選手のフットポジションまで細かくこだわり、選手の目線をも指摘する」と日本人以上の細やかさと指摘する。ラインアウトは、原田と、同じBL東京のLOワーナー・ディアンズ、FLリーチとのコンビネーションにも助けられて、イングランドの成功率94%を上回る100%という完成度をみせた。

BK(バックス)の展開力、スピ―ドに拘る超速ラグビーだが、攻撃の起点となるセットプレーで重圧を受け、球出しが不安定になれば、当然いいアタックは続かない。2015年には、元イングランド代表LOボーズウイックにラインアウト、そして元フランス代表HOマルク・ダルマゾにスクラム強化を託したエディーが、今回さらに世界での経験値、実績を持つ2人をコーチングチームに呼んでいる。

コストリー、矢崎由高ら新しい戦力にも収穫

宮崎合宿中のコラムでも紹介したように、2人のレジェンド以外にも指揮官は世界中からエキスパートをコーチとして招いている。タックル技術が進むリーグラグビー出身のニュージーランド(NZ)人、デイビッド・キッドウェルにディフェンス担当ACを任せ、同じNZ出身で昨季リーグワンを制したBL東京のアタックコーチを担ったダン・ボーデンも招聘。このコーチ陣を、イングランドの強豪バースでコーチを務め、エディーのイングランド、オーストラリア代表時代も右腕として補佐してきたニール・ハットリー・コーチングコーディネーターがまとめ役を担う。総キャップ数318(1人平均9.1キャップ、5月30日発表時)と国際経験の乏しいチームを、経験豊富なコーチ陣が強力にバックアップする体制を整える。

新しい戦力についても収穫はあった。以前に紹介したティアナン・コストリー(コベルコ神戸スティーラーズ)は、スピードや運動量が求められるオープンサイドFLで代表デビュー。開始6分には、持ち前の快足を生かすためにタッチライン際にポジショニングすると、パスを受けてイングランドCTBオリー・ローレンスをスピードでかわしながら22mラインを突破。高校時代の後輩でもあるFLチャンドラー・カニンガムサウスにぶちかまして相手の反則を誘うなど、持ち前のアグレッシブさを発散した。

「キックオフはもちろん緊張しました。国際試合のデビューだから。でも、神戸でもブロディ・レタリック、アーディ・サベアらファーストクラスの選手と練習してきたから、自信をつけてきました。最初の10、15分くらいは、すごく相手にプレッシャーをかけられたし、あのテンポでずっと続けることが出来れば、どの相手でも追い付けないと思う。こういう経験を積んでいけば、本当にいいチームになれると思います」

ラグビー専門サイト「ラグビーパス」のデータでは、ボールキャリー(ボールを持って前進する回数)は6回と、同じFLで先発したリーチの17回に及ばなかったが、走行距離22mはリーチの26mに負けていない。タックル成功回数ではリーチの11回を上回るチーム最多の12回をマークするなど、防御面でもアピールした。コストリーを抜擢したエディーも「すごく良かった。BKとFWのハイブリッドタイプの選手で重宝な存在だ。とてもポテンシャルを秘めていて、今後も重要な存在になると思う」と称えている。

同じく注目のデビューを飾ったFB矢崎由高(早稲田大2年)も、ランニング回数、走行距離でトライゲッターのWTBジョネ・ナイカブラ(BL東京)に並ぶ数値をマークしたが、決定的なチャンスが作り出す場面はなかった。後半14分に、好サポートから創り出したあわやトライの好機は、相手選手の結果的にシンビン(10分間の一時退場)となる妨害プレーで逸したが、持ち併せる抜群の加速力や、相手のギャップを見抜き、そこへ切れ込むランなどは、まだまだこの日のレベルではないのは明らかだ。

期待の若手と持てはやされるが、試合後に本人が「イングランドのプレッシャーのあるディフェンスをかいくぐることが出来なかったが、チーム全体としては、速くセットして、モメンタム(勢い)を作ってラグビーすることは少し出来たかなと思います。プレーの判断や予測の部分で、これから経験値を積んでいきたい」と冷静に振り返っているのが、この先の成長への期待だろう。

他にも、途中出場ながら相手キックを読んだカバー防御やイングランドFWへのジャッカルで気を吐いたSH藤原忍(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)、20分間の出場で6回のタックルを成功させたFL山本凱(東京サントリーサンゴリアス)など初キャップ組が持ち味を見せた。代表合宿でも取り上げたFB山沢拓也(埼玉ワイルドナイツ)は、試合当日のメンバー変更での出場ながら、自陣からのカウンター攻撃で、持ち味のスペース感覚と巧みなステップで防御をかわし、後半29分には防御を抜け出したLOディアンズに素早く反応した好サポートからトライを決めるなど閃きを見せた。

17-52というスコアを見ると、昨秋のW杯での12-34以上の大敗だったが、細かなデータでは変化の兆しもある。地域支配率は昨秋の38%から43%に上がり、ボール保持率も34%から47%と、接戦の数値になっている。ボールキャリー回数でも、W杯では74対138でイングランドを下回ったが、今回は119対104で上回った。戦術的なキック回数は、イングランド戦では常に相手が多い傾向だが、日本代表の数字を見るとW杯の37回から17回と半分以下に減少。キック・パス比率も同様に1:4から1:9.9と、従来以上にキックを封じてパスを多用するスタイルが浮かび上がる。もちろんパス回数自体も昨秋の96から168と大幅に増えている。

ゲームを細かく見ていくと、プレー面、データ面で「超速」の萌芽が見えてきたイングランド戦。そこを、どう組織としての連携、完成度を高め、スコアに繋げるかというテーマが大敗から浮かび上がった。イングランド戦に続くマオリ・オールブラックス戦2試合(6月29日、7月6日)は、若手中心のジャパンXV(フィフティーン)名称で挑むが、そのスコッドメンバー29人にはイングランド戦から13人も加わっている。若手育成という目的もあるが、むしろイングランド戦に続く代表強化として注目の戦いが続く。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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