『スリープ』ユ・ジェソン監督 3人目の主人公は「結婚」そのもの 【Director’s Interview Vol.416】

ある夜、眠っていたはずの夫が起き上がり、「誰か入ってきた」とつぶやく。幸せだった夫婦生活は、その日を機に一転した。夫・ヒョンスは毎晩眠りながら異常な行動をとり、出産を控えた妻・スジンは恐怖を覚える。2人が精神的に追いつめられていくなか、スジンの母は謎の御札を勧めた。睡眠にひそむ怪異の正体は病か、それとも――。

映画『スリープ』の監督・脚本を務めたのは、韓国の鬼才ポン・ジュノの助監督を務め、本作が監督デビューとなった新鋭ユ・ジェソン。睡眠障害をめぐるスリラー調の家族ドラマに始まり、あらゆる要素とジャンルを含みながら予測不能な結末へと突き進む衝撃の一作だ。パワフルかつエネルギッシュなジャンル映画であり、社会に対する冷静な洞察でもある本作はどのように生まれたのか、創作の背景や師匠ポン・ジュノからの学びを聞いた。

主人公夫婦のモデルは自分と妻


Q:はじめに、この物語を着想したきっかけをお聞かせください。

ジェソン:そもそもの出発点は、夢遊病にまつわる怪談のようなエピソードを聞いたことでした。眠ったままビルから飛び降りたとか、車を運転したとか、隣で寝ている人に危害を加えてしまったとか……。ネット上の記事や友達との雑談などで、そんな話を聞いたことがある方は多いと思いますが、私も大きな衝撃を受けたんです。患者の当事者やその配偶者、家族はどんな日常生活を送っているんだろうかと考えたことが、大きなきっかけでした。

『スリープ』© 2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.

Q:睡眠をめぐる日常的な恐怖がベースにありつつ、物語は予測不可能な方向に転がってゆきます。どのように脚本を執筆していきましたか。

ジェソン:脚本を書き始めたとき、いろんなジャンルをミックスしよう、予想できない展開にしようとは考えませんでした。最初はシンプルに、愛し合っている夫婦の夫が夢遊病にかかり、奇怪な行動を取るようになったとき、2人はどう反応し、どのように乗り越えていくのだろうかという発想だったんです。

主人公であるヒョンスとスジンには、実は私自身と妻を反映しています。この映画を作っていた当時はまだ妻でなく恋人でしたが、「私ならこうする」というところをヒョンスに、「彼女ならこうするだろう」という部分をスジンにあてはめて、物語の前半を少しずつ形にしていきました。

3人目の主人公は「結婚」


Q:すると、監督とパートナーの具体的な経験も反映されているのでしょうか?

ジェソン:そうですね、もちろん後半の激しい展開はフィクションですが(笑)。実は、私は睡眠時無呼吸症候群を患っているので、大きないびきをかきますし、眠りながら息をしていない瞬間があるわけです。妻はそれに気づくと、私が再び息をするまでじっと見ていてくれるそうなんですね。その事実を知ったときは本当に驚いて、すっかり眠れなくなってしまいましたが、幸い私は誰かに甚大な被害を与えてはいません。けれど、もしも彼女に物理的な被害を与えるようなことがあったら……そんなふうに考えたこともアイデアを膨らませていくきっかけでした。

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Q:作品を観ながら、「睡眠障害やメンタルヘルスなどの現代の問題に対し、結婚や家族という旧来のシステムはどこまで有効か?」という社会的テーマを感じましたが、ご自身のパーソナルな問題でもあったのですね。

ジェソン:そもそも私の人生において、「結婚」は大きなテーマのひとつだったんです。しかし、映画や小説などによく見られるのは、夫婦間に葛藤や問題が生じるパターン。大喧嘩をしたり、どちらか一方が取り返しのつかない過ちを犯してしまったりと、当事者同士の問題を描くことが多いですよね。しかし、私は結婚を控えながらこの映画を作っていたので、結婚に対してどこかロマンティックな気分があったんです(笑)。結婚する2人は互いに愛し合い、信頼し合っている、そして親友のような関係でもあると考えていました。そんな夫婦に外部から問題を投げかけ、2人が問題を克服する過程を見せたかったんです。

つまり私にとって、3人目の主人公は「結婚」そのものだと言えます。外的な危機が訪れたとき、結婚生活や夫婦関係は維持されるのか、それとも壊れてしまうのかを描こうとしたわけですから。そして、スジンとヒョンスは韓国のアパートに暮らす中産階級の夫婦なので、そこには必然的に韓国社会の抱える問題が表れてきます。スジンは出産を控え、子どもを産みますが、妊娠中の女性や母親のメンタルヘルスを描くことも重要なポイントのひとつでした。

ポン・ジュノから学んだもの


Q:娯楽性と社会性のバランスを含め、やはりご自身の映画製作はポン・ジュノ監督から学んだことが多いのでしょうか。

ジェソン:ポン・ジュノさんから学んだことは非常に多いですね。私は専門的な映画教育を受けていないので、『オクジャ/okja』(17)の現場で働きながら学んだものが自分にとってはすべてでした。プリプロダクションから撮影、ポストプロダクション、プロモーションまで2年半ほど監督の近くにいたので、非常に価値ある経験ができましたね。しかし、当時は「とにかく現場でミスをしてはいけない、自分が作品を台無しにしてはいけない」ということばかり考えていて、「何かを学んでやろう」とか「なるほど、これはこういう教えだな」などという気分では一切なかったんです。

『スリープ』© 2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.

ところが、いざ映画を作りはじめると、意識しているかいないかにかかわらず、自分がポン・ジュノさんの真似をしていることに気づきました。私は、映画監督はみな彼のようにストーリーボードを自分で全編描いてから撮影に臨むと思っていたので(笑)、『スリープ』も脚本を書いたあと、出資も決まらないうちからストーリーボードを描いていたんです。そして、描いた通りに撮影を進める計画でした。しかし、撮影を始めると周囲のスタッフや役者さんに心配されたんです(笑)。「編集段階で後悔するんじゃないか、別の撮り方もしたほうがいいだろう」と。確かに、ポン・ジュノ監督はストーリーボード通りに映画を作り上げられるほどのビジョンを持った天才ですが、私は宝くじに当たった一般人のようなもの(笑)。無謀なことをせず、余裕をもって、安全に撮影を進めるべきだと学びました。

その一方で、ポン・ジュノ監督から得た大きな学びのひとつは、「自分自身で作品の細部までディレクションをしなければならないのだ」ということでした。『オクジャ/okja』では音響のディレクションについて、鳥の鳴き声ひとつとっても、音がどこから聞こえるのか、どんな種類の鳥が鳴くのかまでこだわられていましたし、バイクや車が通り過ぎる場面は車種や音のパターンまで指示を出されていたんです。「ここまでやるのか」と驚きましたが、やはり監督たるもの、どのような場面であれ、そこまで細部を詰められるようにならねばならない。『スリープ』ではできるかぎりそうするよう努力しましたし、今後もそうありたいと考えています。

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監督/脚本:ユ・ジェソン

1989年10月25日生まれ。大学入学後、映画・創作に目覚めたユ・ジェソンは、兵役を終えてから本格的に映画製作に没頭していく。在学中に『シークレット・ミッション』(13)に助監督として参加。翌年に制作した短編映画『VIDEO MESSAGE(英題)』(14)は、第41回ソウル・インディペンデント映画祭と第20回インディフォーラム映画祭のコンペティション部門で上映された。大学卒業後、ポン・ジュノ監督がブラッド・ピットの映画製作会社プランBとタッグを組んで手がけた韓・米合作のNetflix映画『オクジャ/okja』(17)にも助監督として参加。『神と共に 第一章:罪と罰』(17)ではサウンド・コーディネーターも経験し、翌年にはイ・チャンドン監督『バーニング 劇場版』(18)で英語字幕の翻訳制作を務めた。同年に手掛けた短編映画『THE FAVOR(英題)』(18)は、第22回富川国際ファンタスティック映画祭でファンタスティック短編映画賞を獲得。名監督の元で培った多様なキャリアを活かして、満を持しての長編監督デビューとなった本作は、第76回カンヌ国際映画祭批評家週間での選出をはじめ、国内外での映画祭で称賛を集めており、今後の監督キャリアに注目が集まる新人監督とされている。

取材・文:稲垣貴俊

ライター/編集者。主に海外作品を中心に、映画評論・コラム・インタビューなどを幅広く執筆するほか、ウェブメディアの編集者としても活動。映画パンフレット・雑誌・書籍・ウェブ媒体などに寄稿多数。国内舞台作品のリサーチやコンサルティングも務める。

『スリープ』

6月28日(金)よりシネマート新宿ほか全国公開

配給:クロックワークス

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