世界に1台しかない!ベテラン家具職人がキットをベースに「木製カー」を製作 70年越しの夢を叶える

完成した「木製カー」に乗る古島さん(古島さん提供、以下同)

熊本県八代郡氷川町にあるオーダー家具工房「木工房ひのかわ」の2代目で家具職人歴54年の古島隆さん(75、現会長)が製作した木製のマイクロカーが、車好きの間で注目を浴びている。

「木工房ひのかわ」は1942年に古島さんの父親が創業。現在は古島さんの長男・隆一さんが3代目として工房を継ぎ、親子3代にわたってオーダー家具を作っている。

古島さんは幼いころから家具職人の父の背中を見て育ち、「木で船などのおもちゃを工作するのが大好きだった」と話す。「昭和30年代、店の前の国道にはオート三輪やトラック、タクシーが走っていて、将来の夢はタクシー運転手になることでした。少年の私にとって、車の運転はすごく格好よく見え、憧れの的だったんです。実際に走る車を木で作れたらなあとも思いました。でも、そんなことはもちろん無理でした」と振り返る。

16年前、還暦を迎えたころ、光岡自動車が限定220台のマイクロカー組み立てキットを発売するというニュースをみたとき、子どものころ抱いていた憧れが蘇ってきた。キットのボディはFRP(繊維強化プラスチック)だが、木製に変更しようと思えばできないことはないとわかり「家具職人ならではのオリジナルの車が作れるのでは」とすぐに注文した。

しかし、せっかく購入したものの、それから長い間、キットはダンボールに入れられたまま開封されることなく、ずっと倉庫で眠ることに。オリジナルのものを組み立てて作ろうと思えば、まとまった時間が必要になるからだ。当時は本業の家具作りが忙しく、なかなか時間がとれなかった。

一昨年、会社の経営を息子の隆一さんに譲ったことで、ついに製作に向かい合う時間ができた。長年、倉庫に置いてあったダンボール箱を開けてみると、保管状態がよかったからか、サビやゴムの劣化などもなく、エアフィルターを変えただけで済んだ。

ボディの側面は10枚の板を積層し、外側と内側を精密に削って曲面に仕上げた

今年1月、古島さんは店の隣に簡易ガレージを作り、そこで組み立てを始めた。「弊社の理念は『丈夫で、使い勝手がよく、しかも美しい』家具づくり。せっかく作るこの車もそうでありたいと思いました。ボディは木目が切れたりしないよう心がけ、曲線美にこだわりました」

木材は不要になったサワラ、アスナロ材を再活用。「曲がり、節、ヤケなどが多数あったので木取りは腕の見せ所だった」と古島さん

木材は、倒木などの危険があるために伐採され、不要になった町内のサワラ材とアスナロ材を再利用した。ボディの側面はレンガを積み上げるように5センチ弱の厚さの板を10枚重ね、外側と内側を削るなどして曲面に。シャーシー(車台)に木を取り付ける鉄のブラケットを作るなど、苦労した点もあったというが、「長年の家具職人の技術や経験があるので、楽しみながら創意工夫し、作り上げることができた」という。

様々なパーツ。家具職人ならではの技が光る

こうして今年5月、「世界で一台しかない」オリジナルの木製カーが誕生した。1人乗りマイクロカー(ミニカー)は道路交通法では普通自動車、道路運送車両法では原動機付き自転車の扱い。公道で走るには普通自動車免許が必要となる。ブレーキ調整など安全点検を行なったのち、市町村に届けてナンバーを交付してもらい、自賠責保険にも加入。準備は整った。

空冷2サイクルエンジンで排気量は50CC。時速60キロまで加速できる

「ガソリンを入れ、初めてエンジンを始動したときは鳥肌がたちました。公道に出たときはちょうど燕の赤ちゃんが巣から青空へ向かって、初めてピューッと飛び立っていく感じ(笑)。ドキドキでした」

その後、近所や八代市内まで遠出するなどして現在までに80キロほど走行。交差点で停まっていると、やはり注目を浴びる。「知らない人が手を振ってくれたり、子供たちが寄ってきたり。かなり照れますけど、嬉しいですね」

少年時代から70年の月日を経て、ようやく叶えた夢。「公道で走れる車を木で作るなんて夢物語だと思っていましたが、やればできるんですね」。ちなみに役場で交付してもらったナンバープレートの番号は選ぶことができないそうだが、偶然にも「・70」だったという。

今後は、非売品として工房のショールームで展示する予定という。古島さんは「ぜひ見に来ていただいて、木工の楽しさや魅力、こんなものまでできるんだという可能性を肌で感じてもらえたら」と話している。

「木工房ひのかわ」https://www.hinokawa.jp
会長ブログ https://www.hinokawa.jp/blog/18738/

(まいどなニュース特約・西松 宏)

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