激しく損傷したウクライナの電力網、ロシアの戦術転換で過去最悪の危機に

カテリーナ・セルザンさんと娘のワリアちゃん。入浴は停電を避けて予定を組まなくてはならない/Daria Tarasova/CNN

キーウ(CNN) 毎日のように行われるウクライナの計画停電をしのぐ唯一の方法は、「つねに代替案を準備しておくこと」だとカテリーナ・セルザンさん(35)は語った。

元気な娘ワリアちゃん(3)とキーウの高層住宅で暮らすセルザンさんは、日々の生活で工夫を凝らさなければならなくなった。

外へ遊びに行くにも、体重17キログラムの娘を抱えて15階分の階段を上り下りしなければならない。最近は自転車ではなく、ボールを持参することが多いと冗談めかして語った。

電気がなければ水も出ないので、停電の時間を避けて娘を入浴させなければならない。だが時には予定外の時間に停電する場合もある。

幼い娘に毎日温かい食事を食べさせてやりたいという思いから(毎回食べてくれるとは限らないが)、台所にはキャンプ用コンロと電子レンジ用に小型バッテリーを設置した。

セルザンさんのたくましい姿は、ウクライナで深刻化する危機の裏返しだ。ロシアの全面侵攻が始まって以来、計画停電は今に始まったことではないが、エアコンのシーズンが本格化する前の春から初夏にかけて行われるのは初めてだ。例年この時期は電力需要が最も低い。電力供給の問題がいかに深刻かを物語っている。

20日未明、ロシアはウクライナのエネルギー施設を攻撃した。今年3月22日から数えて7度目の攻撃だ。国営送電会社「ウクルエネルゴ」の報告によると、この攻撃で4州で被害が報告された。職員7人が負傷し、当初予定されていた計画停電は延長された。

当局によると、22日には複数のエネルギー施設が「大規模な」ロシアのミサイル攻撃に遭い、大勢が停電生活を余儀なくされた。

ザポリージャ州のイワン・フェドロウ知事は、一晩で電力会社のエンジニア2人がけがを負い、エネルギー施設が破壊されたと明らかにした。

戦争が勃発して以来、ウクライナの電力送電網はロシアのミサイル攻撃の的にされてきた。だが今年に入ってロシア政府は発電施設を集中的に狙い始め、今では火力発電所や水力発電所、エネルギー貯蔵施設までもが標的だ。正確性に欠け、損傷しても修復が楽だった昨年の冬の攻撃から戦術を転換した形だ。専門家によれば、ロシアはより優れた兵器で、手薄なウクライナの防空態勢の隙をついているという。

ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領は6月中旬にベルリンで行われたウクライナ復興会議で、最初の6回の攻撃で負った被害状況を明らかにした。「ロシアのミサイルとドローン(無人機)攻撃で、9ギガワット相当の発電能力が損傷をきたした。昨年冬、ウクライナのエネルギー消費量のピークは18ギガワットだった。つまり、発電能力の半分が失われてしまった」

いまや当局や電力会社幹部も、この冬の停電は避けられないと認めている。今後の使命は停電の影響を最小限にとどめることに尽きる。

ウクライナ最大の民間電力会社「DTEK」でエグゼクティブディレクターを務めるドミトロ・サカルク氏は、「少なくとも数カ所で、損傷した既存発電所の修復や連系線の入力容量の増加、分散型発電装置の建設を行わなければ、電力使用は1日4時間未満に制限されるだろう」と語る。

「夏のシーズンが始まるまで残すところ120日だ」とサカルク氏は警鐘を鳴らす。「これまで通りというわけにはいかない」

ウクライナは様々な形で問題に対処しようとしている。時には廃炉になった欧州の発電所の部品を活用しながら、当局や電力会社はできるところから再建に当たっている他、冬のシーズンに必要付不可欠なインフラ整備に向けて、少しでも多くの発電装置やガスタービンの確保に努めている。また欧州の関連企業と協力して輸入電力量の増加を図っている。

2022年2月にロシアが全面侵攻するまで、ウクライナは電力の純輸出国だった。戦争の勃発後、一部輸出が再開されたが、今年3月にそれも途絶えた。

エネルギー省のスビトラーナ・グリンチュク次官はCNNとの取材で、「我々は最善を尽くしている」と語った。「エネルギーなしでは生き残りが非常に厳しくなることは、我々も十分理解している」

供給側の努力では対処しきれない以上、残された手段は需要を抑えることだ。それはすなわち、停電で疲弊したウクライナ国民にさらなる犠牲を求めることを意味する。「国民には状況を理解してもらう心構えと、ウクライナおよびエネルギー従事者への支援を要請した」とグリンチュク次官は述べた。「我々はエネルギーを第2の前線と呼んでいる」

ロシアの攻撃でキーウ州最大規模の発電所が破壊されてから数週間が経過した4月末、地元在住の警察官アンドリィ・ブゾフスキーさん(52)は、1400ドル(約22万3800円)を出して自宅のバルコニーに2台の太陽光パネルを設置した。

「電気がなくても家族が不自由な思いをしないよう設置した」とブゾフスキーさんはCNNに語った。「この先どうなるか分からない」

政府もこうした流れを望んでいる。ウクライナのデニス・シュミハリ首相は先日、集合住宅での太陽光パネルやヒートポンプ導入推進対策として補助金制度の新設を発表した。ウクライナの中央銀行も融資を通じ、一般世帯や企業がエネルギー関連機器を購入しやすくしようと動いている。

キーウの高層住宅に暮らすセルザンさんは別の形でエネルギーの自給を検討している。今年の冬も寒さに震えることになることを恐れ、キーウ郊外にまきストーブのついた小さな家を借りるつもりだ。

「まるで19世紀だ」と本人も認めた。

企業努力も行われている。ウクライナ鉄道は郊外を走る74本(全体の約7%)の運行スケジュールを改訂し、一部で一時運休することにした。また管理棟ではエアコンの使用を停止し、屋外照明を消灯しているとCNNに語った。

スーパーマーケット・チェーン店「オーシャン・ウクライナ」のチーフエグゼクティブ、マルタ・トラッシュ氏はCNNの取材に答え、すでに全店舗に発電機を導入済みで、省エネのために冷蔵ケースの近代化や、足の早い商品ラインアップの縮小などを行っていると語った。そうした対策の一部はコスト上昇の軽減に一役買っている。

「全店舗をディーゼル発電機で運営すると、中央送電網から給電するよりもコストは約3倍になる」とトラッシュ氏。「売り場の電力消費削減として、照明を落としたり一時的に冷蔵ケースの利用を制限したりしているが、やむを得ない対策に消費者はどこまで理解してくれるだろうか」

キーウ経済大学の研究者イゴール・ピドゥブヌイ氏は、停電が明らかに物価上昇を招いていると語る。「企業はどうにかして予備電源を確保しなければならず、ディーゼル発電機や太陽光パネルなどを購入している。それに伴い生産コストも上昇する」と同氏はCNNに語った。ウクライナの電力輸出がままならないために、貿易収支にも影響がおよび、インフレにつながっているという。

ウクライナ国立銀行は5月、今年の経済成長率が23年の5.3%から3%に鈍化するとの予想を発表した。主な要因はエネルギー分野での損害だ。インフレ率は8.2%とやや上昇する見込みだ。

ピドゥブヌイ氏によると、ロシアの労働市場は軍需で活況を呈し、失業率が過去最低を記録した一方、ウクライナ企業は停電の影響で従業員の解雇を余儀なくされていることがデータにも表れている。中央銀行は今年の失業率が低下すると予測しているものの、現在の15%から14%に下がるに過ぎない。

状況は非常に厳しいとビドゥブヌイ氏は語る。「ウクライナは多くを失った。だが同時に、ロシアが今も石油とガスの輸出で多額の利益を得ていることが問題だ」

キーウ経済大学が先月発表した推計によると、損傷を受けたウクライナのエネルギーインフラの再建費用は、さらなる攻撃に耐えうる改修費用も考慮に入れると505億ドル(約8兆円)にのぼる。苦労の末にようやく承認された、ロシアの凍結資産の利子を活用したウクライナ支援の総額とほぼ同じだ。だが支援金がウクライナに届くまで数カ月かかると見られている。主要7カ国(G7)はウクライナのエネルギー分野への支援としてこれまでに30億ドルを拠出したが、今月さらに10億ドルの追加支援を発表した。

攻撃が続く中、正確な復興費用を算出するのは不可能だとピドゥブヌイ氏は指摘する。「今後ロシアによって破壊される発電所の数は、はっきり分からない」

ウクライナのエネルギー省によると、すでに一部のエネルギー施設では攻撃対策としてコンクリート製の防護壁が建設中だ。だがすべての発電所を保護して再建費用の高騰を防ぐ唯一の手段は最新の防空システムだ。

20日の攻撃の後、ウクライナ政府の精力的な働きかけはついに報われたようだ。数カ月にわたって検討を重ねた結果、ルーマニアはウクライナへの防空システム「パトリオット」の供与を承認した。ホワイトハウス幹部がCNNに語ったところでは、米国はウクライナに優先的に最新防衛装備を輸出するという。装備の輸出は今年夏から順次スタートする予定だ。

今月20日、エネルギー施設を狙った7度目の攻撃が行われる前にCNNの取材に応じたシャカルク氏は、エネルギー施設に特化した防空軍需品の供与を要望した。

最大の課題は従業員の士気を上げることだと同氏も認めた。「エネルギー施設を修復しては、ロシアに修復箇所が見つかり、再び破壊される。従業員はこうした繰り返しに陥っている」

「場合によっては、こうした繰り返しが3~4度続いたこともあった」

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