「ルックバック」に込められた“譲れない信念”とは? 作品をより深く理解するためのポイントを紹介藤本タツキ氏を駆り立てた「消化できなかったもの」への想い

by サワディ大塚

【劇場アニメ「ルックバック」】

6月28日 全国公開予定

藤本タツキ氏の同名マンガを原作とした劇場アニメ「ルックバック」が、6月28日より全国の映画館で公開される。

本作は「チェンソーマン」や「ファイアパンチ」で知られる藤本氏が「少年ジャンプ+」で発表した全143ページの長編読み切り。公開からわずか1日で閲覧数が250万回を突破するほどの話題を呼び、後に単行本化された。

公開当初に漫画家や著名人から絶賛された作品だが、今回はそんな本作の劇場アニメ化に合わせて、作者である藤本氏の想いを汲み取りつつ、見どころや作品をより深く理解するためのポイントをまとめて紹介していきたい。

口コミで人気が広まった「ルックバック」

そもそも本作が発表されたタイミングは、2021年7月19日のこと。元々藤本氏は数多くの読み切り作品を発表してきたが、「週刊少年ジャンプ」連載の「チェンソーマン」の人気が高まり、さらに第1部が2020年12月14日に最終回を迎えた直後だったことから、注目度がとくに高まっている状況だった。

しかしSNSなどを通して口コミで作品の評判が広まった結果、「チェンソーマン」ファンのあいだにとどまらない人気を獲得することに。深夜の公開にもかかわらず関連ワードがトレンドインしたという理由で、この年の「Twitterトレンド大賞」の審議委員会特別賞に輝いているほか、「このマンガがすごい!2022」のオトコ編第1位にも選ばれている。

また発表当時、X上ではラッパーの呂布カルマ氏やテレビプロデューサーの佐久間宣行氏など、さまざまな界隈の著名人たちが絶賛の感想を呟いたことも話題を呼んだ。

さらに“マンガを描くこと”を題材としたストーリーだったこともあり、数多くの漫画家たちも反応を示し、「おやすみプンプン」(小学館)の浅野いにお氏や「ちはやふる」(講談社)の末次由紀氏、「BLACK LAGOON」(小学館)の広江礼威氏や「ブルーピリオド」(講談社)の山口つばさ氏、「ろくでなしBLUES」(集英社)の森田まさのり氏などがそれぞれの視点から賛辞を贈っていた。

創作活動の“業”を描いたストーリー

「ルックバック」の主人公は、マンガを描くことに絶対的な自信をもつ小学生の藤野と、引きこもりの少女・京本。藤野は学年新聞に4コママンガを連載し、周囲からチヤホヤされていたが、ある時京本が手掛けたマンガの画力に打ちのめされる。そして自信を取り戻すために一心不乱に絵の練習に打ち込むのだが、京本の画力には及ばず、絵を描くことをやめてしまう。

その後、小学校の卒業式があった日に藤野は卒業証書を渡すために京本の家を訪れる。そこで藤野は、京本が昔から自分を「天才」として崇拝していたという事実を知るのだった。そして運命の出会いを果たした2人は、マンガの世界に没頭していく……。

ネタバレを避けるためにできるだけ詳細は伏せておくが、物語はこの後急展開を迎え、2人は思いもよらない過酷な現実に直面することになる。きっかけとなるのは通り魔をめぐる事件で、藤野は「作品はときに他人の人生を一変させるほどの力をもつ」という創作者ならではの“業”と向き合っていくのだった。

なお、本作に関しては発表後に一部に修正が加えられたことも話題を呼んだ。それが通り魔犯人の動機に関する描写で、当初は被害妄想を抱えた人物の犯行として描かれていたが、修正後には「誰でもよかった」と供述する犯人による無差別的な犯行へと変わっている。

さらに単行本ではふたたび修正が行なわれ、動機は「ネットに公開した絵をパクられた」というものに、セリフも“俺のアイディアをパクるな”といったものに変えられている。

修正の理由について、「少年ジャンプ+」編集部のXでは読者から「不適切な表現がある」という指摘があったこと、「作中の描写が偏見や差別の助長につながることは避けたい」という判断があったことが説明されていた。

藤本タツキ氏が描こうとしたもの

ところで本作には、元ネタとして参照されている2つの作品がある。1つはロックバンド・オアシスの楽曲「Don't Look Back in Anger」、もう1つはクエンティン・タランティーノ監督の映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」だ。「ルックバック」原作の最終ページでは、床に散らばった物のなかにこの2つの題名が紛れ込んでいる。

「ルックバック」原作単行本の表紙

内容面でも、「ルックバック」とこれらの作品には共通点が見受けられる。「Don't Look Back in Anger」は元々1995年に発表された曲だが、2017年5月にイギリス・マンチェスターで数十名の死傷者を生むテロ事件が起きた際、追悼集会で歌われたことをきっかけに、反テロリズムのアンセムという位置付けとなっている。

また「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、1969年にハリウッドで起きた人気女優シャロン・テートの殺害事件を題材としており、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピット演じる主人公コンビが偶然の成り行きで彼女を救うストーリー。すなわち“もしあの悲劇を防ぐことができたなら……”というifの世界に想いを馳せる物語なので、明らかに「ルックバック」と通じる部分があるだろう。

ではなぜ藤本氏は、2つの悲惨な事件を背景とした楽曲と映画を参照したのか。そこには“祈り”に近いテーマ性が関わっている。というのも、本作は2019年7月18日に起きた京都アニメーション放火事件への鎮魂として描かれている側面があるからだ。

物語内の出来事が現実と重なっていることだけでなく、藤野と京本という主人公たちの名前は、PNの「藤本タツキ」と「京都アニメーション」の2つを組み合わせたものとなっている。(藤野は藤本タツキの“藤”、京本は京都の“京”と藤本の“本”の組み合わせ)そもそも藤本氏はデビューした頃から京都アニメーション作品のファンであることを公言しており、とくに「涼宮ハルヒの憂鬱」(KADOKAWA)からの強い影響を語っていた。

だからこそ藤本氏は事件に大きな衝撃を受け、その現実に作家として向き合うために「ルックバック」という作品を生み出したのではないかと思われる。実際にアニメ化にあたって公開されたコメントにて、「自分の中にある消化できなかったものを、無理やり消化する為にできた作品です」と執筆の経緯を明かしていた。

そうした背景を踏まえると、本作のストーリーがより深く、大きなテーマ性と結びついていることに気づかされるだろう。

また、通り魔の描写が二度にわたって修正されなくてはならなかった理由についても、作品のテーマ性から理解できる。一度目の修正では通り魔の事件がたんなる理不尽な悲劇に見えるように変えられていたが、単行本収録時の再修正によって、現実の事件を連想せざるを得ない描き方へと変わっているからだ。そこには藤本氏にとって譲れない信念があったのではないだろうか。

スタッフとキャストの“情熱”に期待

劇場アニメ「ルックバック」は、原作再現度の高さやアニメならではの生き生きとしたキャラクターの表現などが見どころとなりそうだ。

監督・脚本・キャラクターデザインを手掛けるのは、スタジオジブリの「風立ちぬ」や「君たちはどう生きるか」などにも参加した実力派アニメーターの押山清高氏。藤本氏が“ながやまこはる”名義のXで投稿したポストによると、本作は押山氏が「ほぼ一人で全部描いているらしい」とのことで、全編にわたってクオリティの高い作画となることが期待できる。

実際に予告映像を見ると、登場人物たちの感情をダイナミックな作画で表現していることが伝わってくる。また無造作に飛び跳ねた髪の毛やわずかにふくらんだまぶたなど、キャラクターの描写に関して藤本氏の画風をかなり忠実に再現していることもわかるだろう。

そしてメインキャラクターのキャストとしては、藤野役を2024年1月から放送されたTBS系ドラマ「不適切にもほどがある!」で一躍ブレイクした河合優実さん、京本役を映画「あつい胸さわぎ」などの出演作をもつ吉田美月喜さんが演じる。2人とも本職は俳優で声優初挑戦となるが、たしかな演技力をもつ実力派だ。予告映像の時点で、素朴なリアリティと豊かな感情表現を感じさせる演技を披露している。

「ルックバック」はマンガという表現手段を選んだ主人公の物語ではあるが、作品のテーマは創作活動全般に通じるところがある。アニメーターや俳優にとっても本気で向き合える内容となるはずなので、やはり「どこまで作り手の情熱が作品に反映されるのか」が大きな注目ポイントではないだろうか。

ぜひ劇場まで足を運んで、観る者の心を揺さぶってくる“物語の奇跡”を体験してほしい。

【劇場アニメ「ルックバック」あらすじ】

学年新聞で4コママンガを連載している小学4年生の藤野。クラスメートから絶賛され、自分の画力に絶対の自信を持つ藤野だったが、ある日の学年新聞に初めて掲載された不登校の同級生・京本の4コママンガを目にし、その画力の高さに驚愕する。以来、脇目も降らず、ひたすらマンガを描き続けた藤野だったが、一向に縮まらない京本との画力差に打ちひしがれ、マンガを描くことを諦めてしまう。

しかし、小学校卒業の日、教師に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は、そこで初めて対面した京本から「ずっとファンだった」と告げられる。

マンガを描くことを諦めるきっかけとなった京本と、今度は一緒にマンガを描き始めた藤野。二人の少女をつないだのは、マンガへのひたむきな思いだった。しかしある日、すべてを打ち砕く事件が起きる……。

(C) 藤本タツキ/集英社 (C) 2024「ルックバック」製作委員会

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