こんなことなら…年金繰下げ中の70歳まで働き続けた堅実夫、肺炎こじらせパタリ。残された専業主婦妻が悔やむ「あまりに少ない遺族年金額」【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

人生100年時代、晩年におけるお金に不安を感じている人は少なくありません。老後の資金準備といえば、まず自助努力で行う貯蓄や投資がイメージされますが、必ず取り組みたいのは公的年金の準備でしょう。国民皆年金といわれ、終身年金が支給される公的年金制度ですが、内容は複雑です。あとから制度の詳細を知り、後悔するケースもあって……。本記事では、Yさんの事例とともに年金の繰下げ支給の注意点について、オフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。

2人でゆっくり過ごす老後も束の間…

Mさん夫婦はともに72歳、地方都市で暮らしています。夫のMさんは地元の中小企業に長年勤務し、定年を迎え、一度65歳で退職しましたが、培った技術を後進に引き継ぐべく以降も契約社員として勤務を続けていました。そんなMさんも70歳を迎えたことを機に引退しました。いつもMさんの健康を気遣いながら支えてくれていた専業主婦の妻のYさんと、一緒の時間を持ちたいと考えたからでした。

2人で静かに食事を楽しみながら、午後はお互いの趣味である木工作業やガーデニングに没頭する。時折外出して、綺麗な景色を共有する。そんな日常を繰り返し、2人は長い年月を一緒に歩んできた絆を深めながら、静かに充実した時間を過ごしていました。

ところが、Mさんが75歳のとき、肺炎をこじらせたことがきっかけで他界します。退職からわずか5年。「もっとこの充実した時間を一緒に過ごしたかった……」と早すぎる最愛の夫の急逝に泣き崩れるYさんでした。

年金事務所で判明した衝撃の事実

葬儀後、遠方にすむ娘の手助けを借りながら手続きがひと段落したあと、未支給年金と遺族年金の請求を行おうとYさんは年金事務所に相談に訪れました。年金事務所で遺族年金の見込み額を出してもらったYさんは、金額に驚きました。年金額がこれまでの約半分となることがわかったのです。

Yさんが受け取れる遺族年金の見込み額は以下のとおりでした。

遺族厚生年金 106万円×3/4=79万5,000円

遺族年金は非課税であるものの、月換算では約6万6,000円でした。こちらにYさん自身の基礎年金を加算した金額がYさんへ支給されます。しかし、両方をあわせても年金額は月に約12万円。これまで夫婦2人で受け取っていた年金額は2ヵ月ごとに約48万円、ひと月あたり約24万円でしたから、おおよそ半分となることがわかったそうです。

正直なところ「もっともらえるはずでは?」と思っていたYさんは納得できず、年金事務所の担当者に尋ねたそうです。

「夫は年金の受け取り時期を遅らせて繰下げ受給していました。その分は反映されないのでしょうか?」

年金事務所からの悲しい回答

実はMさんは年金を繰下げ受給しており、もともとの年金額から増額された年金を受け取っていたのです。公的年金の繰下げ支給は、原則65歳から支給される公的年金の受け取り時期を先延ばしする制度で、先延ばした期間に応じて増額された年金を受け取ることができるしくみです。Mさんは「引退して収入が減ったらYさんにも苦労をかけるから」と年金を繰下げ受給しており、70歳から増額された年金を受け取っていました。

すると、年金事務所の担当者から返ってきたのはこんな言葉でした。

「残念ながら遺族年金には繰下げは反映されません」

堅実でやさしかった夫の顔が思い起こされます。「こんなことなら、早くに受け取ればよかった……」Yさんはなんともやるせない気持ちになったのでした。

年金の繰下げと遺族年金

公的年金の繰下げ支給により増額されるのは以下の計算式で計算した金額です。

老齢基礎年金の額(振替加算額を除く)および老齢厚生年金の額×0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数

先延ばしした期間は1ヵ月ごとにカウントされ、1年繰り下げるごとに8.4%、最大で10年84%まで増額することができます。公的年金はご本人がご存命の限り支給される「終身年金」ですので、増額された年金はご本人が一生涯受け取ることができます。Mさんは年金の繰下げ支給制度を利用して、基礎年金・厚生年金ともに5年繰り下げ、年金額を42%増額していました。

一方、遺族年金は、公的年金の被保険者または被保険者であった人が亡くなったとき、その方に生計を維持されていた家族が受け取れる年金です。受給には亡くなった方と扶養されていた家族ともに一定の要件がありますが、原則として以下の計算式で計算した金額が遺族厚生年金として支給されます。

報酬比例の年金額×3/4

報酬比例の年金額とは、その名称のとおり、ご自身の報酬金額に応じて計算される年金額で、年金額の算出にあたっては以下のとおり厚生年金に加入していた期間も加味されます。

【報酬比例部分=A+B】

A:平成15年3月以前の加入期間

平均標準報酬月額×7.125/1,000×平成15年3月までの加入期間の月数

B:平成15年4月以降の加入期間

平均標準報酬額×5.481/1,000×平成15年4月以降の加入期間の月数

ご本人が亡くなった際には、ご本人が受け取れるはずだった老齢厚生年金は、一定の要件を満たしていることで遺族に振り替えられ、遺族厚生年金として受け取ることができますが、振り替えられるのはあくまで繰下げ前の年金額で本来の報酬比例部分のみです。したがって、繰下げ受給をしていても、遺族年金には反映されないのです。

年金はただ増やせばいいわけではない

専業主婦世帯の場合、世帯主の方が他界後は年金収入が大きく減り、生活が苦しくなってしまうというケースは少なくありません。公的年金は終身年金であり、老後生活設計においては基礎となりますが、制度は複雑です。そのため、受け取り方法やキャリアプランを見直して年金を増やすなど、ライフプランにもとづいた望ましい活用方法をできる限り早いうちからご自身のケースに当てはめながら比較し、検討することが大切です。

夫よりも妻が長生きすることが見込まれるのであれば、夫ではなく妻の年金を繰り下げることも一案です。妻の年金を繰下げしていれば、夫が万が一の際にも妻自身の年金収入を多く得られることが期待できるためです。

とはいえ、対策をとっても年金では心もとないといった場合もあります。そういった場合は支出内容の見直しだけではなく、資産形成や万が一を支える保険の活用などを踏まえながら総合的に対策をとっていく必要があります。なお、定年退職後、年金生活に入ると、支出見直しの一環として保険を解約される方もいらっしゃいますが、丁寧に検討されたほうがいいでしょう。もし残された配偶者の年金額が少ないことが見込まれるのであれば、死亡保険は残された配偶者の晩年における尊厳を守る支えとなることが期待されます。

内田 英子

FPオフィスツクル

代表

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