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吉本興業に所属するピン芸人、おばあちゃん。2019年4月にデビューした芸歴5年の“若手芸人”だ。昨年のM-1王者令和ロマンは東京NSCの1期先輩にあたる。若手といっても年齢は77歳。昭和、平成を懸命に生き抜き、令和の時代に新人としてデビューを果たした後期高齢者なのだ。家族の生活のため中学卒業後に就職、働きながら通信制高校、短大、4年制大学を卒業。38歳の時にはステージ4の乳がんが発覚し、生死を彷徨う。そんな彼女の波乱万丈すぎる人生の「THE CHANGE」に迫る。
38歳で発覚した乳がんはすでにステージ4に達していた。
ステージ4は他臓器への遠隔転移がある状態で、昭和より格段に医学が進んだ現在でも5年相対生存率は4割を切る。決して生易しい状態ではない。
家族が覚悟を決める中、タツヨさんが受けた治療は左胸全摘という大手術だった。一応成功したものの術後の経過は思わしくなく、1年後には卵巣への転移が見つかる。その後も入退院を繰り返した。
さすがのタツヨさんも、今度ばかりは泣いてばかりの生活……を送るわけがなかった。闘病しながら仕事を続け、さらには通信制短大と放送大学への進学を果たしたのである。
「放送大学は生活と福祉コースを取りました。きちんと勉強して、自分の乳がん体験を役立てたいと考えたのです」
手術で取ってしまった左胸には人工乳房を付けているが、痛みや臭いは防ぎようがない上、汗がものすごく出る。汗取りパッドを使ってもかぶれてしまうほどだという。
「でも、それは私だけじゃないんですよ。困っている人は他にもたくさんいるだろうし、これからの日本は乳がん患者が増えてくる。だったら、私を実験台にしてデータを取って商品開発に活かしてもらえればと思ったので、製造メーカーに電話したんですよ。“同じように困っている人たちのための製品を一緒に開発しませんか”って。でも、けんもほろろに断られました(笑)。だったら他の方法を探そうと思い、大学で論文を書くことにしたんです」
世の中のために役立つようなことをしたい
いきなりメーカーに電話をする行動力もすごいが、あきらめずに次の一手を探すのはもっとすごい。
「同じ勉強するなら世の中のために役立つようなことをしたいですからね。そういう変な正義感みたいなものだけはあるんですよ。おかしなことに(笑)」
目標がはっきりしたので、達成のために計画も立てた。最後の一年は論文に集中できるよう、最初の三年間で卒業に必要な単位はすべて取ってしまおうというのだ。
「その時に決めていたんです。優秀な成績を目指さなくていい、赤点さえ取らなければいい、って。だって、卒業証書には『この人は及第ギリギリでした』なんて書かれないでしょう?(笑)。単位を取れれば十分。私は優秀な人間じゃないですから、4年目に研究に没頭できたらそれでよかったんです」
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タツヨさんの思いに担当教授も応えた。
「放送大学の酒井豊子教授と文化学園大学の田村照子教授の指導を受けて、自分を被験者にして人工胸をつけた状態での発汗のデータを取り、論文としてまとめることができました」
大学教授の方々も全面協力
まさに体を張った論文だった。
「胸の汗がどのくらい1日出るかを専用機器で測らなきゃいけないんですが、最初はなかなかうまくいかなくてね。でも、教授方が我慢強く指導し、献身的な協力をしてくださったおかげで、無事必要なデータを取ることができました。私は機器の取り扱いひとつからして何もわかりませんでしたから、教授方がいらっしゃらなかったら到底無理でした。私ね、最初は大学教授みたいなえらい人は、世の中の底辺を這いずって生きてきた私のような人間なんかと対等に話をしてくれるわけがないと勝手に思ってたんです。ところが、面接の時に卒論の内容に興味を持ってくださって、その後すごく面倒見てくださって。論文が間に合わないかもとなった時には、御自宅に泊めてくださいました」
一年かけてまとめあげた研究成果は、日本家政学会第50回大会で「乳ガン手術経験者の術後症状とブラジャー等の着用に関する実態調査」というタイトルで発表された。
15歳の春に進学の夢破れた少女が、36年の時間をかけ、人生が色濃く反映する学術成果を立てたのである。
もしドラマなら、このエピソードがクライマックスになったことだろう。
だが、タツヨさんの人生は違う。71歳お笑い芸人デビューという、さらにとんでもない展開が待ち受けていたのだ。
おばあちゃん
1947年2月12日生まれ、東京都出身。東京NSCに24期生として入学し、2019年4月に72歳でデビュー。2023年6月には「神保町よしもと漫才劇場」の過去最高齢となる76歳で劇場所属メンバーとなる。2024年3月には『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』 を上梓した。