“隠れた報復”進むヨルダン川西岸占領地 聖地で探ったユダヤ人入植者の本音、なぜ土地に固執、過激化するのか?

外出禁止令が度々出され人影がまばらなヨルダン川西岸ヘブロンH2地区

イスラエル軍の掃討作戦が続くガザ地区での悲劇に世界の注目が集まる中、パレスチナ人に対する“隠れた報復”が、ガザから東へ40キロほど離れたもう一つの占領地、ヨルダン川西岸で進行している。
 昨年10月に起きたイスラム組織ハマスによる越境攻撃以来、入植者による暴力が急増し、4月上旬までに700件を超えた。犯人が罰せられることはまれで、西岸は無法地帯化しつつある。
 ガザを拠点とするハマスは、1200人ものイスラエル市民らを虐殺した。イスラエル側の衝撃と怒りは想像も同情もできる。しかし入植者はなぜこの土地にかくも固執し、過激化するのか?現地で本音を探った。(共同通信=半沢隆実)

 ▽厳戒の聖地

 記者が入ったのは、西岸のヘブロン市。ここには、アラブ、ユダヤ両民族の始祖アブラハムらの墓所とされるイスラム教、ユダヤ教共通の聖地「マクペラの洞くつ」がある。
 ヘブロン市は二つの区域に分断される。面積の8割を占めるのが、パレスチナ自治政府が行政、治安両面で権限を持つ「H(ヘブロン)1」地区で、パレスチナ人約11万5000人が住む。H1は商店や飲食店が軒を連ねてそれなりの活気が漂う。
 もう一つが、残り約2割を占める、パレスチナ人約3万5000人と、500人ほどのユダヤ人入植者が住む「H2」地区。イスラエルが治安権限を握り“自治区”は名ばかりのエリアだ。
 聖地や歴史的に重要な旧市街はH2側にあり、イスラエル治安部隊が厳重な警備を敷くことで知られる。
 現地では検問所でパスポートを見せ、手荷物検査を受けた。比較的自由が残るH1から鉄条網と高い塀で隔離されたH2に入ると、生活感が失われた風景が広がっていた。ハマスの攻撃以降頻繁に出される外出禁止令のせいか人影はまばらで、緑の軍服に身を包み、黒光りする自動小銃を抱えたイスラエル兵士の姿ばかりが目立つ。
 パレスチナ人民家の窓は、ほぼすべてが太い鉄柵で囲われていた。住民らによれば「侵入や投石から自宅を守るため」だ。50~100メートルごとに兵士の歩哨詰所があり、ここが占領地(1967年の第3次中東戦争でイスラエルが西岸を占領下に置いた)であることを実感する。
 占領地への入植は国際法違反だが、ヘブロンを含め西岸には約70万人のユダヤ人が住んでいる。イスラエルの法律にも違反するのを承知で、勝手に家屋を建ててしまう確信犯も少なくない。

イスラム教、ユダヤ教共通の聖地「マクペラの洞くつ」

 ▽歴史的正義

 そんなヘブロンの旧市街でインタビューに応じたのが、「ヘブロン入植者協会」の幹部で国際広報担当、イシャイ・フレイジャーだ。年齢は40代後半で「ヘブロン・ユダヤ人協会」の幹部、広報担当も務める。イスラエル北部ハイファ出身で米国育ちのフレイジャーは、流ちょうな英語でユダヤ側の心情を語った。

ヘブロンの旧市街でインタビューに応じる「ヘブロン入植者協会」の幹部で国際広報担当、イシャイ・フレイジャー

 彼はまずユダヤ人が抱く「恐怖」を強調した。
 「イスラエルは、20を超えるアラブ国家の4億人超のアラブ人に囲まれ、おびえて生きている。これがわれわれの世界観だ。そして彼らはユダヤ人がイスラエルという国家を持つ権利すら否定、この土地から追い出そうとしている」。
 イスラエルの人口は900万人程度で、40倍以上の人口を持つアラブ側にはイスラエルを敵視する勢力が少なくない。さらにホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)という悲劇の歴史や、計4回にわたるアラブ諸国などとの戦争を振り返れば、フレイジャーの言う恐怖心は、決して被害妄想ではない。
 一方で、西岸のパレスチナ人(もちろんガザでも)は保健衛生から就業、土地の所有まで人生のあらゆる面で差別されて生きている。人権団体からは「アパルトヘイト(人種隔離)」と批判される状況が続いているのだ。人権団体の調査では、暴力事件急増の裏で立件されるのは、わずか6%だ。
 こうした現実を前提に記者が「入植は国際法違反とされている」と指摘すると、フレイジャーは口角を少しばかり上げて鼻で笑った。
 「そんな話は、ユダヤ人の立場を悪くするための冗談に過ぎない。ユダヤ人は(ユダヤ人の郷土建設をうたった)バルフォア宣言や国際連盟のパレスチナ委任統治に基づきここにいる」と話す。
 さらに遠い歴史も重要だと言う。
 「ユダヤ人は古代からこの地に住み、ヘブロンにも3000年以上前から住んできた。われわれはここに戻って、本来われわれの物(土地)を取り戻しただけなのだ。この地に住むのは歴史的正義なのだ」
 今日のパレスチナ問題の元凶である大英帝国の二枚舌、三枚舌外交が絡む近代史を根拠にする部分は傾聴に値する。だが、旧約聖書を持ち出して入植を正当化する理屈には、到底納得できない。
 これを認めてしまうと、時計の歴史の針を千年単位で巻き戻し現代の法的な“土地所有”を決めることになる。世界地図を破り捨てるがごとき、乱暴な理屈だ。

 ▽垣間見た本音

聖地「マクペラの洞くつ」を警備するイスラエル軍兵士

 こうした歴史観に支えられた入植者の行動で目立つのが、パレスチナ人の生活の糧を標的にしていることだ。例えば農家のオリーブ畑や家畜、かんがい施設。これらを失えば生活はたちまち立ち行かなくなる。なぜそこまでするのか?
 ガザでは昨年10月の戦闘開始から半年ほどで建築物の約50%が被害を受けている。ネタニヤフ政権は、ハマス壊滅や人質の全員解放を戦闘の目的とするが、それが達成された後、200万人を超える人々の生活をどう再建するつもりなのか―という問いには、一切答えていない。
 フレイジャーら極右の人々に耳を傾けるうちに“本音”が見えた気がした。
 そもそも再建する(させる)つもりが、ないのではないだろうか。
 「ハマスを支持する住民たちはハマスと同じだ。ガザから追放し、隣国エジプトが受け入れればいい」。フレイジャーは自信に満ちた声で言い放った。「もっと激しくやっていい。水も食料もガザにやる必要はない。連中を飢え死にさせていい」
 パレスチナの生存権の否定と言ってもいい。イスラエルの極右閣僚アミハイ・エリヤフ(エルサレム問題・遺産相)は、ガザでの核兵器使用すら「選択肢だ」と発言する。
 いわゆる国際社会は、米国のバイデン政権を筆頭に、相変わらずイスラエルとパレスチナの「2国家共存」が和平の道だと唱える。しかし現場にあるのは、そうした理想論がうつろに響くほどの相互の憎悪と不信だ。
 共存について、別のヘブロン入植者は「平和を守るならパレスチナ人と共存できる。しかしむこう側は、学校やモスクでユダヤ人を殺せと教えている」と疑心暗鬼を募らせていた。
 フレイジャーも「もちろん平和を好み、法律を守るアラブ人とは共存できる。だが、できないのであればどこか他所へ行くべきだ」と語った。
 共通するのは、イスラエル政府が押しつける差別的な監視社会を受け入れるのならば、という条件付きだ。それはハマスのテロを生み出した抑圧的な平穏を前提とした、偽りの共存に過ぎない。

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