「警察に聞かれたら『ウェブでみた』と答えて」被告の交際相手の男性が”口止め”証言 孤立出産で罪に問われる女性たち#2

交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄したとして起訴され被告人となった、20歳のベトナム人技能実習生の裁判。技能実習生はなぜ孤立出産にいたったのだろうか。

26日、交際相手の男性(技能実習生)が法廷に立ち、監理団体などから「『妊娠したら帰国させる』と繰り返し説明され、事件後は「監理団体から言われた、と言わないよう」口止めされた旨を証言した。

◆法廷に持ち込まれた小さな遺骨

26日、福岡地裁の法廷に、小さな遺骨が置かれた。2024年2月、ベトナム国籍の技能実習生グエン・テイ・グエット被告(20)が交際相手の男性の家で死産した男児のものだ。

弁護人らが、引き取ってきたばかりの遺骨を見せると、グエット被告の目からぽろぽろと涙が溢れた。長い髪を下ろし黒いTシャツ姿で目を赤くして泣く様子に、傍聴席にいた技能実習生の仲間たちも涙を流した。

◆20歳の実習生が問われた死体遺棄罪

起訴状によると、ベトナム国籍の技能実習生グエン・テイ・グエット被告(20)は2024年2月、福岡市にある交際相手の家で死産した男の赤ちゃんの遺体をビニール袋に入れ、ごみ箱に遺棄したとされている。

検察側は「誰にも知られずに男児の遺体をごみと一緒に処分しようと考え、キッチンばさみでへその緒を切断し、遺体をビニール袋に入れてごみ箱に捨て、さらにごみ箱を覗き込んでも遺体が見えないようにケーキが入っていた空き箱を被せた」と主張。

一方、グエット被告は「まったく違います。遺棄していません、無罪です」と起訴内容を否認、弁護側も無罪を主張している。

◆「血がいっぱい」「顔が真っ青」交際相手の証言

26日の公判では、交際相手の技能実習生が証言台に立ち、自宅に戻りグエット被告を発見した当時の様子を語った。

被告の交際相手の男性(技能実習生)「ドアを開けると血がいっぱいありました。グエットさんは部屋の中央に横たわって息が弱いように見えました。周りにも血がいっぱいあり、顔色も真っ青でした。何も考えられずに『とにかく病院に』と思いました。血は壁、床、トイレ、浴室、寝室にもついていました。」

そして、弁護人の質問は、妊娠をめぐる技能実習生の認識に及んだ。

弁護人 Q:日本に来る前、ベトナムの送り出し機関から「妊娠したら帰国させる」と言われましたか?

―聞いていました。

弁護人 Q:はっきり覚えているのはどうして?

―監理団体などが(現地に赴いて)何度も繰り返し言っていたから。

弁護人 Q:日本に来てからルールを教えてもらった?

―「異性の住んでいる所へ遊びに行ってはいけない、交際してはいけない」と(言われていました。)

弁護人 Q:勉強会で実習生同士の恋愛に注意を受けた?

―はい。

弁護人 Q:どんな注意でしたか?

-私とグエット被告、このまま(交際を)続けていたら経済的に1か月休むという罰を受けるかもと言われました。

弁護人 Q:監理団体から「『妊娠したら帰国させる』などと言われたと誰かに言ってはいけません」と言われましたか?

―はい。「警察か何かから聞かれたら『ウェブで検索して見た』というふうに答えてください」と(言われました。)

◆「妊娠したら帰国させる」と何度も繰り返し…

弁護側は、グエット被告が事件当日、経験したことのない陣痛に見舞われて死産に至り、羊水や血液が滴り落ちる遺体を裸のままにしておくことはできないとビニール袋に入れたと説明。監理団体から「妊娠したら帰国となる」旨を繰り返し説明されていたことから、グエット被告は帰国させられないようにするにはどうしたらいいか考えながらも、体力の限界を迎え、すぐそばにあったごみ箱の上に遺体をひとまず置いたと主張した。また、被告は「体力が回復すれば遺体をごみ箱から取り出そうと考えていたものの、入院しなければならなくなった」とも主張。「遺棄」はなく、死体遺棄の故意もあったともいえないとして、「グエット被告は無罪」とした。

◆弁護側「勇気のいる証言」

公判終了後の会見で、弁護側は、交際相手の証言は2点において重要な意味があると説明している。

(1)「日本に来る前から『妊娠したら帰国させられる』という話を何回も聞いていた」とする証言

(2)事件後、交際相手が監理団体から、「質問されたら『妊娠したら帰国させる』などといった内容は監理団体から言われたのではなくインターネットで検索したというふうに説明してくれと言われた」とする証言

グエット被告の弁護人 島翔吾弁護士「ベトナム現地の送り出し機関だけではなく、日本の監理団体がベトナムに赴いてそういう説明を繰り返ししていたと。”口止め”のようなことを言っていたという事実が法廷で明らかになったのは非常に大きな意義があった。非常に勇気のいる証言だと思う。今まさに技能実習生として働いている交際相手の発言ですから、監理団体、勤務先から不利益な取り扱いを受けるおそれもあるわけです。そういった危険を顧みずに勇気をもって証言してくださった交際相手の方には心から感謝したい。この証言が裁判を一歩前に進ませてくれたと考えています」

グエット被告の主任弁護人 池上遊弁護士「死産のお子さんをつくってしまったのは私たち日本人の責任だと思います。こうした技能実習制度をここまで温存したことが、彼女の孤立死産を生み出したということでもあります。この死産した男児の遺骨、魂に報いるためにも頑張っていかなければならない」

◆死産した子の扱い 2023年最高裁の判断

技能実習生をめぐっては、2020年、ベトナム人技能実習生(当時24歳)が、死産した双子の遺体を段ボール箱にいれるなどして遺棄したとして死体遺棄罪に問われた。1審2審とも有罪判決を言い渡したが、2023年3月、最高裁判所は1審2審判決を破棄し、無罪を言い渡している。

予期せぬ妊娠と出産ののち、罪に問われる女性があとをたたない。グエット被告はなぜ孤立出産にいたったのか。家族を支えようと日本へやってきた若い女性をこうなる前に救うことはできなかったのか。法廷で流した涙の裏には、どのような思いがあったのか。今後も、法廷で語られる言葉を記録し、伝えていく。

RKB毎日放送 記者 原口佳歩

【参考】検察側が説明した事件の経緯と状況

検察側は事件の経緯や状況を次のように説明した。

【2023年7月】
グエット被告が食品製造会社で技能実習生として働き始める。

【2023年12月】
グエット被告は自分が妊娠していることに気付いた。勤務先に相談するとベトナムに帰国させられるかもしれないと思い、妊娠したことを周囲に相談できなかった。

【2024年2月2日】
グエット被告は博多区の勤務先に出勤したが、勤務中に腹痛に耐えられず午前10時ごろ早退。交際相手の家に帰宅した。その後、トイレで男児を出産した。死産だった。夕方、交際相手が帰宅すると、グエット被告がリビングの床に横たわっていた。服や床は血で汚れていた。交際相手は知人とともにグエット被告を病院へ連れて行った。その後、被告は別の病院へ緊急搬送された。グエット被告は病院を訪れた技能実習生を支援する組合の職員や警察官に、男児をごみ箱に捨てた旨申告した。警察官がその後、交際相手の家のごみ箱内から男児の遺体を発見した。

◆今後の裁判

弁護側は無罪を立証するため、専門家による3つの意見書の提出を予定している。

(1)産婦人科医の意見書
死産を迎えた被告の精神状態や体の状態はどうだったのか立証する

(2)刑法学者の意見書
「死体遺棄」はどういうものなのか、刑法の解釈について

(3)ベトナムの弁護士の意見書
ベトナムでの亡くなった方の弔い、埋葬、習俗慣習に関するもの

裁判は、次回7月1日に追加の証人尋問(監理団体の通訳者・同僚の技能実習生)、8日のグエット被告の被告人質問を経て、判決が言い渡される予定。

シリーズ:孤立出産で罪に問われる女性

交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄したとして起訴され被告人となった、20歳のベトナム人技能実習生の裁判。技能実習生はなぜ孤立出産にいたったのだろうか。

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