声優の声の権利保護、無断なAIカバー対策に 音声AI学習データを追跡できるシステム構築で社団法人設立

音声のAI学習用データを管理し、追跡を可能にする世界初のフェアトレードシステムの構築を目的とした、一般社団法人「日本音声AI学習データ認証サービス機構(AILAS:アイラス)」の設立が、6月25日に発表された。現在は登記手続き中で、7月初旬に予定されている登記完了をもって正式に設立される。

昨今、人気声優や歌手などの著名人の声を生成AIに学習させ、歌を歌わせたりセリフを喋らせたりする、いわゆる“AIカバー”と呼ばれるものがSNSなどに投稿されている。こうした行為が無断で行われている状況に対して、声優らが「声の権利」を侵害していると声を挙げている。こうしたなかでAILASでは、人と音声AIが共存できるフェアトレードシステムを作り、健全な音声AIの発展と流通を促進することを狙いとしているという。

同日に記者会見を実施。設立時に代表理事に就任予定の倉田宜典氏がその背景や仕組みについて説明を行った。倉田氏は、東芝デジタルソリューションズ フェローとして音声合成ツール「Voice Track Maker(ボイストラックメーカー)」を開発。かつてはソニーに在籍し、アニメのキャラクターの音声AIを活用した「めざましマネージャーアスナ」や、バーチャルアナウンサー「沢村碧」を手がけるなど、長年音声合成に関わる開発者として従事している経歴を持っている。

あわせて、監事に就任予定で弁護士の田邉幸太郎氏や、協同組合日本俳優連合(日俳連)代表理事で「機動警察パトレイバー」の太田功役やNHK「クローズアップ現代」のナレーションなどを務めている声優の池水通洋氏、「TIGER&BUNNY」のアニエス・ ジュベール役など声優として活躍している甲斐田裕子氏、リアルタイムAIボイチェン「Paravo」などを手がけるParakeet代表取締役CEOの中村泰貴氏も同席し、それぞれの立場からの現状とAILASに対してどのように感じているかが語られた。

人と音声AIの共存共栄を可能にするフェアトレードシステムを目指す

AILASは、音声AIのフェアトレードを行うためのルールを作成し、システムの構築、認定証を発行することを目指す社団法人。音声AIの課題に詳しい有識者で議論をするなかで「日本で培われ進化をしてきた独自のコンテンツ産業の文化的価値が、AIの無秩序な開発、活用により棄損することを防ぎ、数多のクリエーターとAIの共存共栄を実現するためにはフェアトレードシステムが必要である」という結論に達したことから、設立に至ったという。

設立の背景として「AI関連技術の進化によって音声AI開発の敷居が低くなり、容易にカスタム音声AIが作れるようになったこと」「AIの急激な進化によって知的財産、著作権関連の法制度に課題が出てきたこと」「SNSで話題になることが収益につながる仕組み(アテンション・エコノミー)の一般化」の3つをあげ、著名な実演家(声優や俳優など)、政治家、キャラクターなどの声をAIに学習させ、無断使用する事例が頻発している状況を指摘する。

なお、現行法においても著名な実演家、政治家などの声と容易に判断できる音声AIを無断で使用し、顧客吸引力を活用して収益を得ることは、パブリシティ権の侵害に当たる可能性が高いこともあわせて説明。倉田氏によれば、パブリシティ権の侵害について確度が高く侵害を証明できる状況にあることから、AILASとしてそこに対応できる仕組み作りを行う、という考えのものでアクションを開始したという。

AILASとして提案するのは、登録したAI学習用音声をトラッキングする仕組みを構築ならびに運用し、音声AIの健全なビジネス利用を促すフェアトレードシステムを、すべてのステークホルダーに向けて提供することを目指すというもの。このシステムは、例えとして「国産牛が産まれてから店舗に並ぶまで追跡ができる仕組み(個体追跡システム)のようなもの」とイメージを説明する。この場合、学習用音声データセットが最上流にあたり、子牛の状態にあたるもの。認証されたデータにはラベルを付与し、それをもとに音声AIを開発。事業者もサービス提供する上で認証されたデータを活用し提供。ユーザーにあたる一般利用者は、認証ラベルを実演化やコンテンツ権利者の許諾を正しく得たものという証明として、サービス利用の際に参考にできるという。

AILASの基盤となるシステムに、実演家やコンテンツ権利保有者などが学習データIDや各種必要情報を登録すると登録認証ラベルが発行され、音声AI開発者や事業者もIDを取得する形で、データの認証や追跡が行えようにすることを考えているという。また、学習用音声データの提供者における「こういう用途では使用してOK」「こういう用途は使用NG」といった、利用用途に関する情報も付与することができる。音声AIへの活用は完全にNGといった場合でも、その意思表示として登録することもできる。倉田氏は「利用用途における条件をデータベース化し、意思表示を預かることがAILASにおけるフェアトレードシステムの役目」と語る。

なおAILASは、ビジネスにおける契約や実際のデータそのものは管理せず、あくまで音声データがどのように開発、活用されていったかを追うための情報のみを預かる形となる。倉田氏は、AILASの目指す音声AIフェアトレードシステムに賛同するすべての方に、ユーザー会員になってもらい、AILAS登録認証ラベルの発行と利用を促進したいとし、多くの方が利用できるよう敷居を下げるためでもあるという。またオンラインシステム化によって、健全な音声AIの利活用のハードルも下げていくこと、学習音声データを提供したユーザーへの利益を還元することについても付け加えた。このデータベースを活用すれば、容易に還元できる仕組み作りも可能とし、AILASとしてはその基盤となるものを提供する形と説明する。

そして、音声AIを使用した製品やサービス、コンテンツを利用する一般ユーザー対して、AIに関連する知的財産を守ることの大切さを認証ラベルを通じて伝え、音声AIフェアトレードシステムに対する共感を拡大させることも、AILASの活動目的としてあることも語った。

田邉氏からはAILASの活動について、2024年5月に内閣府知的財産戦略推進事務局から提示された「AI時代の知的財産権検討会中間とりまとめ」のなかで示された「生成AIと知的財産権との望ましい関係の在り方」に対して賛同し、AILASによって各主体に期待される取組み事項に対して、声の適正利用に向けたサポートが行えるものと考えているという。

具体的には、AI開発者やAI提供者にたいして法的ルールを踏まえたデータの適正な収集や学習、トレーサビリティの向上など、またデータ提供者(実演家など)は、AI学習に対する意思をプラットフォームへ情報を掲載して示すことで、提供先以外によるデータ取得を回避するための工夫にもつながるとしている。田邉氏は「AILASの認証ラベルがあれば安心、と言ってもらえるように育てていきたい」と語った。

人気声優の声を無断で学習させて公開し、販売もされているのは明らかにやりすぎ

池水氏と甲斐田氏からも、実演家(声優)としての観点から音声AIやAILASの活動について語った。

池水氏は音声AIの登場、そして人気声優の声を無断でAIに学習させ、その声を使って喋らせたり歌ったりするパフォーマンスをSNSで公開されている現状に強い危機感があることを示し、日俳連としても「NOMORE無断生成AI」のメッセージを発信したこともあるという。

その折りに、池水氏は日俳連の理事とともに倉田氏からAILASに関する説明を受けたことを振り返り「現況においては実演家の許諾がなくてもAIに学習させることは可能で、法律上止めることはできないが、声の世界においては、誰がその役柄を演じたのかということに特別な価値があるため、その価値を正しく認めてもらうための仕組みを作りたい」と話されたという。

また、声の仕事においても、散発的にAIを用いた仕事が始まっているなか、大きな枠組みが何も決まっていないなか、個別に事業が行われていることに対して不安も感じているという。この状況を踏まえ、AILASが営利を目的とせず、適正の枠組みを作って推進することが大事だという考えに至り、共感したと語る。

池水氏は「AIを利用しないということは今や考えられない。だからこそ適正なAI利用の規範が求められている」とし、日俳連の理事たちとともにAILASの仕組み作りの参加に賛成したという。また「音声AIを利用し、人気声優の声を勝手に作って、その声で歌わせ、パフォーマンスをさせ、販売さえしていることは明らかにやりすぎであり、そのような行為に対して、世の中に正しい規範を示す必要も感じている」ということも付け加え、健全なAI利用についての方向性を示していくとした。

甲斐田氏も、声優の声を無断で学習した音声AIが作られ、公開されている現状に悲しさを感じているとともに、携わった作品の音声が無断学習され、まったく知らないところで活用されている状況は、自身としてAI技術全体のイメージを悪いものにしたと、率直な心境を語る。そして倉田氏から実演家の課題を理解し、このフェアトレードシステムを提案してくれたことには「正直驚いた」と振り返る。

甲斐田氏自身としては、仮にAILASの活動があっても声をAIに学習させるつもりはないとしつつ、「適切な契約ができるのであれば、自分の声をもとにした音声AIを作ってもかまわないと考えている声優も多くいる」とし、AILASの提案は、多彩な考え方を持つ実演家の異なる意思を登録し伝えることができる、多様性を尊重する仕組みであると評価する。

音声AIの利活用を否定することができない状況にあり、進化し続ける音声AIに対して、いかにしてフェアで多くの人に共感できる仕組み作りが、急務で逃れられない問題としてあり、これを否定することは、逆に対立や分断が加速し、状況がさらに悪くなってしうという危機感もあるという。このことを踏まえ、異なる価値観を持ったステークホルダーの立場を尊重しながら、フェアトレードの仕組みを作ろうとしているAILASの取り組みには賛同すると語った。

話しをした全ての企業は設立趣旨に「イエス」というほど賛同

中村氏は、自身が東京大学で音声AIを研究しながら、2022年に音声AI事業を行う会社としてParakeetを立ち上げたこと、同社で活用している音声AIの学習には契約に基づき、正規に入手した商用利用可能な音声データを利用していることを説明。そうしたなかで、昨今の無断音声AIが氾濫している状況から、Parakeetとしてもスタートアップであり信用が得られず、信用を得るための実績作りの機会も乏しいため、著名な声優のキャスティングが難しい状況にあるという。こうした課題を抱えているなかで、倉田氏からAILASのフェアトレードの話しを聞き、課題解決につながるものとして即座に賛同を決めたことを語った。

倉田氏によれば、こうしたスタートアップ以外にも、国内大手企業をはじめとしてさまざまな企業とも話を進め、相当な時間をかけて事前説明や協議をしてきたという。そのなかで、設立趣旨に関しては「全ての企業においてイエス」というほど、賛同は得られていることを話す。一方で、実際に参画されるかどうかは別の話であるとし、設立前の段階では参画しにくく、さらにこの先状況が悪くなっていく方向に進んでいくことを考えると、先に団体設立を発表し、そこに参画していただくほうがいいと判断したという。

なにより“本当に普及するのか”というところがポイントであるとし、全てのステークスホルダーに対して趣旨の理解と参画を呼びかけるとともに、実演家に対しては登録しやすい環境を用意したいという意向を示し、登録料や維持費に関するサポートも検討中という。また、海外の企業が日本の実演家の声を利用する際に、AILASの活用を求めていくことなども語っていた。

なお今後について、現在はAILASにおけるシステムなどの開発資金を調達中という段階になっており、システム開発にはおよそ1年程度の期間を見込み、実際のサービスは2025年からを予定。それまでに、会員受付や先行認証、活動報告会なども行っていく予定としている。

「AILAS」公式サイト

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