「お帰り…」亡き夫そっくりの人形を妻は抱きしめた 作家が布人形に込める”魂”

柔らかな表情を見せる人形。実在する人に似せた”そっくり人形”。亡くなった人の思い出を大切にしたい依頼者の気持ちに寄り添う、人形作家の女性を取材しました。

かわいらしい仕草「ほのぼの布人形」

男:1本三十円にまけんかい!女:うんにゃー、そがんまけられん、四十円ばい!」

女:爺さんの分まで、あと少しだけ長生きさせて…」

男:飲んだとは良かばってん、母ちゃんのえすか(こわい)顔のチラチラすっばい!!女:あらそがんね、また来てね」

柔らかな表情やかわいらしい仕草で、今にも動き出しそうな人形たちに添えられた言葉です。福岡県久留米市で開かれている「ほのぼの布人形展」には、昭和の懐かしさを感じさせる45体の人形が展示されています。

「いいですね、最高です。懐かしい思い出がよみがえってくる」「すごいリアルですね。私たちが小さい時の親の思い出が。こんな風に、かまどで火をたいて、じいちゃんばあちゃんがへそくりをしていたな、と」

「大切な人にそっくり」な人形に触りたい

この人形たちを作ったのは佐賀市の人形作家、江口美千代さん(76歳)です。

ほのぼの創作布人形工房 江口美千代さん「昭和の懐かしい記憶の中の風景がテーマ。顔の表情は『人形らしく』ではなく、見ると誰かに似ているひょうきんな顔とか、おじちゃんに似てるおばあちゃんに似てるような顔を主に作っています」

人の写真と一緒に飾られている人形は、その人をまねて作られた”そっくり人形”です。「亡くなったおばあちゃんにいつまでも隣にいてほしい」という家族の依頼で作りました。

”そっくり人形”を作り始めたのは25年前。知人に「結婚で家を出る娘のウェディングドレス姿を人形にしてほしい」とお願いされたのがきっかけでした。これまでに約400体を制作してきました。

江口美千代さん「大切なご家族だから、パターンはいろいろあります。ご両親、お子様、おじいちゃん、おばあちゃん。写真でなくて、こういう立体的なお人形にしてちょっと触ったりしたいということで」

人形に声をかけながらの制作

1つ作るのに10日ほどかかります。亡くなった人をしのぶ人形の依頼が多いこともあり、写真や手紙を元に、魂を込めるように丁寧に作り上げていきます。

江口美千代さん「真剣勝負でね、時には顔ができる前に、『話したい』気持ち。『お父さん、頑張ったね』とか、小さい子供だと『まだお母さんの側にいたかっただろうにね』とか自然に声をかけます。『人形には魂が入る』と言うじゃないですか。そうなるともう、ただの人形ではないですよね」

人形に着せる服は、本人が着ていた服を切り出して作られたものです。

江口美千代さん「その辺にある生地を着せても、なんかちょっとそれはあんまり嫌だなと思って。着物でも洋服でも全部解いてしますけど、かえって手間が要りますよ。だけど、そっちの方が思い出としては絶対いいじゃないですか」

亡き父の人形に「行ってきます」

福岡市早良区に住む北原さん親子も、江口さんに作ってもらいました。

依頼者の北原さゆりさん「主人です。一体一体江口さんにわがまま言って作っていただきました」

夫の廣幸さんは脳腫瘍で5年間闘病し、4年前に59歳の若さで亡くなりました。

北原さゆりさん「愛情込めて皆さんに、という思いが私にも分かる。触ってみるとふかふかしたり、なんか伝わってくる。本当にそっくりだったので、会った日には『お帰り』って抱きしめました」

生前、仕事熱心だったという廣幸さん。スーツ姿とお気に入りのシャツ姿の2体の人形を依頼しました。両手のお決まりのポーズもそのまま再現されています。

北原さゆりさん「この時計をしていて、ここにずっとはめている。彼にとってはこの時計は外せなくて、江口さんはそこを見ててくれた」

娘の北原梨沙さん「仕事人間だったので、自分も仕事で気合を入れる時は『行ってきます』と語りかけて出ていきます」

”そっくり人形”注文が殺到

江口さんの元には、全国から依頼が殺到しています。完成まで4か月待ちの状態です。

江口さんは76歳。これからも大切な人を思う依頼者のために”そっくり人形”を作り続けます。

江口美千代さん「いろんな人生があります。人生ドラマが。そっくり人形も難しいんですけど、気持ちを考えると、手の動く限り作ってあげなきゃいけないな、と思って頑張っています」

「ほのぼの布人形展」は、久留米市の一番街多目的ギャラリーで6月30日(日)まで開かれています。

© RKB毎日放送株式会社