『虎に翼』『ブギウギ』同時代を描いた2作品がコラボ “スンッ”としないりつ子の強い信念

寅子(伊藤沙莉)が所属する東京家庭裁判所は広報活動の一環として、「愛のコンサート」を開催することになった。“ライアン”こと久藤(沢村一樹)の交友関係を辿っていったところ、ある大物歌手が出演を快諾してくれる。

その大物歌手とは、菊地凛子演じる茨田りつ子だった。現在放送中のNHK連続テレビ小説『虎に翼』と、2023年度後期放送の『ブギウギ』。朝ドラの盛大なクロスオーバーにSNSが沸いている。だが、かねてより両作品のコラボを期待する声は挙がっていた。

というのも、寅子のモデルとなった三淵嘉子と、『ブギウギ』のヒロイン・スズ子(趣里)のモデルとなった笠置シヅ子はともに大正3年(1914年)生まれ。それもあってか、初回の放送にてお見合いを回避するために家出しようとした寅子が、スズ子の所属していた「梅丸少女歌劇団」に入るため、大阪に行こうとしたと言い訳をしたり、第53話において多岐川(滝藤賢一)が鼻歌でスズ子の代表作「東京ブギウギ」を披露したりと、たびたび“ブギウギネタ”が差し込まれてきた。

極め付けには、コンサートの出演歌手を探す寅子に多岐川が「彼女がいいんじゃないか、 東京ブギウギ~♪」と進言。ついには寅子が「福来スズ子なんて呼べるわけないでしょ」とスズ子の名前を出した。そのため、視聴者の間でスズ子がコンサートに出演するのではないかと期待が高まっていたのである。結果的にスズ子ではなく、りつ子の出演が決まった。しかし、よく考えてみれば、りつ子はこの作品のカラーに合ったキャラクターで、より適任と言えるかもしれない。

スズ子のライバルであり、同志でもあるりつ子は、実在のシャンソン歌手・淡谷のり子を彷彿させるキャラクターだ。作曲家・羽鳥善一(草彅剛)が手がけた「別れのブルース」が大ヒットし、“ブルースの女王”と呼ばれる存在となったりつ子に、スズ子も感銘を受ける。だが、そんなスズ子にりつ子は初対面で「素顔はおいもさんみたいなお顔じゃない?」と言い放ち、その後も会うたびに辛辣な言葉を投げかけた。

毒舌で思ったことをズバズバ伝える彼女は、権力にもおもねらない。太平洋戦争下、警察に派手な衣装やメイクを注意され、厳しい取り調べを受けても、決して従わなかった。そんなりつ子には子供がいて、仕事のために実家へ預けていることがのちに明かされる。自分は子供と離れ離れになっても、周りから“子供を捨てた親”と後ろ指を指されようとも、歌手でいることを選んだ。その後ろめたさや罪悪感も含め、自分の人生に責任を持つ。菊地凛子はりつ子の矜持を、まるで淡谷のり子が乗り移ったかのように全身全霊で体現した。

夫からも子供たちからも虐げられてきた梅子(平岩紙)が家族を捨てる覚悟を決めた回に、そんなりつ子のコンサート出演決定をぶつけてきたのは、梅子の選択を肯定する意味もあるのではないだろうか。また寅子も仕事が忙しく、娘である優未(金井晶)の面倒はほぼ花江(森田望智)が見ている状態だ。花江の負担を心配する声が挙がっている中、りつ子との出会いは寅子が仕事と家庭生活の兼ね合いについて改めて考えるきっかけになるかもしれない。

久しぶりの登場となったりつ子は、久藤に「その軽薄さ、相変わらず下品ね」と言い放つ。その毒舌っぷりも、凜とした佇まいも以前のままで嬉しくなった。普段は感情をあまり表に出さないりつ子だが、一度だけ泣き崩れたことがある。それは、慰問公演のために訪れた鹿児島の海軍基地で、隊員のリクエストに応えて「別れのブルース」を歌った時だ。隊員たちはりつ子の歌声にしみじみと耳を傾けた後、口々に「もう思い残すことはない」「いい死に土産になる」と礼を言う。人を生かすためだったはずの歌が、死にゆく覚悟を決めさせた。その出来事はりつ子の心に大きな傷を残した。そういう悔しさを経験したりつ子だからこそ、家裁のコンサートで歌う意味があるように感じる。戦争で親を亡くし、罪を犯さなければ生きていけなかった戦争孤児も含めた少年少女たちを導き、大庭家の遺産相続問題のような家庭内の問題を扱う家裁。りつ子の力強く愛のある歌が、悩みを抱えた人たちが一歩を踏み出すきっかけになることを願ってやまない。
(文=苫とり子)

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