小説家・柚月裕子「初恋はブルース・リー」幼少期に影響を受けた“成敗モノ”が数々の受賞作への架け橋に

柚月裕子 撮影/冨田望

小説『孤狼の血』(KADOKAWA)、『最後の証人』(宝島社)をはじめとした佐方貞人シリーズ、『合理的にあり得ない』(講談社)といった作品がベストセラーの、作家・柚月裕子さん。ミステリーとしての面白さはもちろん、登場人物たちの生々しい生きざまや苦悩は、多くの読者を魅了してやまない。柚月さんが作家として体験した“THE CHANGE”について聞いてみた。【第2回/全4回】

柚月裕子さんの作品というと、すぐに思い浮かぶのが『孤狼の血』(KADOKAWA)である。舞台は、暴力団対策法成立直前の‘88年、広島の架空都市。金融会社社員の失踪事件を担当する刑事と、事件に絡む暴力団組織の抗争を描いた警察小説だ。’18年には役所広司、松坂桃李らの出演で映画化し、その生々し過ぎるバイオレンス描写が話題を集めた。これ以外にも『臨床真理』『検事の本懐』(ともに宝島社)、『盤上の向日葵』(中央公論新社)など、物語のシチュエーションに違いこそあれど、ジャンルは”ミステリー“だ。

「最初のころは、自分でも何のジャンルを書いているのかすら、わからない状態だったんですね。だから、最初の作品『臨床真理』もジャンルで区分けするとしたら、どこに入るのか全くわからなかったんです。ただ昔から、時代モノ、恋愛モノ……どんな物語にも謎はあるなと思っていて。例えば恋愛モノだったら、このふたりはどうなっていくのか……とか。だから、“こういうものを書こう”と思った作品が、結果的に“ミステリー”になったのだと思います」

『臨床真理』は第7回「このミステリーがすごい!」(以下、このミス)大賞で見事、大賞を受賞した。

「応募するにあたっても、やっぱり自分が書いた作品のジャンルがわからなくて、どこに応募して良いのかもわからなかったんです。そんな中で『このミス』を選んだのは、当時いろいろなジャンルの作品を受け止めているなって思ったからです」

つまりは、最初からミステリーにする気持ちでは全くなかったということだ。一方で、柚月さんは、その温和な雰囲気からは全く想像できないが『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』といった、東映実録路線作品の大ファン。これらの映画が『孤狼の血』を書くうえで、大きな影響を与えているのは想像に難くない。

影響を与えた作品は悪を成敗する『必殺仕事人』

そもそも任侠モノを見るきっかけは、と尋ねると、

「幼いころから好きだったのは、テレビドラマだと『必殺仕事人』(テレ朝系)とか古谷一行さんの『金田一耕助シリーズ』(TBS系)だったんですね。女の子が好きそうな『コメットさん』(TBS系)とかファンタジーものじゃなかったんですよ(笑)。
なぜかというと、自分でもうまくは言えないんですけど、当時から、いわゆる“成敗もの”が好きだったんじゃないかと思うんです。例えば、時代劇の『桃太郎侍』(日テレ系・テレ朝系)とかもそうですけど、結果的に世の中の不条理や自分のままならないものに対してキチっとカタをつけるというのが、きっと好きだったんだと思います。登場人物が覚悟を決めて何かに挑む……そういう姿は、自分の中のヒーロー像のひとつだったと思います」

そのヒーロー像を具体化したのが、ブルース・リーだという。柚月さんが初めてブルース・リーを見たのは、テレビで放映された映画『ドラゴンへの道』だった。イタリア・ローマを舞台に地元の地上げ屋(ギャング)の執拗(しつよう)な嫌がらせに、中華レストランの店主の従兄、タイ・ロンが敢然と立ち向かう物語。

ブルース・リーは主演のタイ・ロンを演じただけでなく、監督、脚本、製作、音楽監修、武術指導の6役を務めた作品だ。クライマックスのコロッセオでの、アメリカ人武道家・ゴードンとの一対一の死闘はカンフー・アクション映画史、屈指の出来でいまも語り草になっているほどだ。

「たまたまでしたが、テレビで放送していたのを見たんです。ブルース・リーが勇気を持って立ち向かっていく姿が、子ども心にも好きだったんでしょうね。特に、ラストでブルース・リーが去っていくシーンのシルエット姿が“うわっ、カッコいい。もうたまらん!”みたいな感じ(笑)」

ブルース・リーの話になると、テンションが一段と高くなった柚月さん。ちなみに柚月さんにとってブルース・リーは「初恋の人」だったそうだ。

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ、岩手県出身。‘08年『臨床真理』(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』(宝島社)で第15回大藪春彦賞、‘16年には『孤狼の血』(KADOKAWA)で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編賞部門受賞)。同年には『慈雨』で「本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10」で第1位を獲得した。他の著書に『盤上の向日葵』(中央公論新社)、『合理的にあり得ない』(講談社)、『月下のサクラ』(徳間書店)、『教誨』(小学館)、『ミカエルの鼓動』(文藝春秋)、『風に立つ』(中央公論新社)などがある。

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