「スタートに立つと動悸が収まらない」 1500m大独走でもピリピリした女王・田中希実の号砲直前【陸上日本選手権】

日本選手権初日、女子1500メートル予選に出場した田中希実【写真:奥井隆史】

陸上日本選手権

今夏のパリ五輪代表選考会を兼ねた陸上・トラック&フィールド種目の日本選手権初日が27日、新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた。女子1500メートル予選では、24歳の田中希実(New Balance)が4分08秒16の2組1着で決勝進出。参加標準記録4分02秒50を突破した上での優勝なら5000メートルに続く2種目めの代表内定となる。1組では初出場の16歳・ドルーリー朱瑛里(岡山・津山高2年)が4分16秒69で組6着、決勝に進出した。

走りに意志を宿し、1500メートルを駆け抜けた。1周目。田中は後方で待機した。バックストレートで集団を一気にかわし、先頭へ。以降はじわじわと差を広げ、残り400メートルからさらにペースを上げた。一人だけ異次元の走りを展開。予選からぶっちぎり、2着以下に大差をつける大独走だった。

「後半に前に出た時も『先頭を走っている自分』ではなく、自分で自分の背中を追いかけていくような走りはできたんじゃないかなと思います。練習自体は凄くよくできているんですけど、逆に練習の質も量も高すぎて、ちょっとここに来て疲れが来たり。ピーキングを久しぶりにしてきたので、逆に体がビックリしてしまっている状態なのかなと思います」

勝てば1500メートルは5連覇、5000メートルは3年連続4度目の優勝。だが、世界で戦う選手になっても日本選手権は特別な舞台だった。「予選でも落ちるかもしれない」。そう思ってしまうほど緊張が体を包んだ。「決勝のつもりでいった」。5000メートルより短い分、展開が目まぐるしく変わる可能性がある1500メートル。「絶対女王」と見られるからこそ難しさがあった。

「気持ちの持っていき方は、日本選手権は特に難しい。かなり神経質に、慎重に準備はした。だからこそ、タイムが良かったのかなと。リラックスしているつもりがスタートラインに立った時に、動悸が収まらなかったり、無意識に緊張しちゃっていたり、無意識に緊張を抑え込んでいたり。そういう作業が入ってしまっていた。まっすぐ走りに向かっていけない部分があった。ちょっとピリピリしていましたね。

レースが始まったら自分のレーンだけを見て、他の選手の背中を見て、みんなとしっかりレースをしていることであったりとか、走っている自分もすごく意識できた。それが結果的に自分にとっては一番のリラックスかなと思います」

走りに意志を宿し、1500メートルを駆け抜けた田中【写真:奥井隆史】

ドルーリー朱瑛里、久保凛ら高校生たちと競演へ

今年5月の世界最高峰ダイヤモンドリーグ(DL)・ユージーン大会5000メートルで14分47秒69をマーク。参加標準14分52秒00を突破し、昨夏のブダペスト世界陸上で8位入賞しているため、五輪代表に内定した。21年東京五輪で8位入賞した1500メートルは五輪準決勝で出した3分59秒19が日本記録のまま。今大会で参加標準記録4分02秒50を突破した上で優勝すれば五輪内定となる。

日本記録を持つ両種目に加え、今大会は2年ぶりに800メートルにもエントリーした。同種目ではグランプリシリーズで3連勝を飾った16歳・久保凛(東大阪大敬愛高2年)らとの競演にも注目が集まる。27日に1500メートル決勝には、ドルーリーも進出。否が応でも周囲には比べられる場面になる。

ただ、五輪と世界陸上で入賞歴のある“先輩”は落ち着いて自分の走りだけを見据えた。

「今日は予選で落ちるかもしれないという覚悟を持って、明日が当たり前のようにあるとは思わず、今日に全力を注ぎ込めたと思う。だからこそ、明日(28日)は尻すぼみにならないように、自分の中でしっかりその種を大事に育てて開花させていくような、じっくりと過ごす4日間にしていきたい。当たり前に権利が取れるとは思わず、権利を落としてもいいぐらいの覚悟で攻めのレースをする。それが結果的に8月にも繋がってくる」

汗だくで応じた取材。「自分の中で陸上と真摯に向き合えたなと思える時間にしたい」と付け加えた。言葉にも、走りにも生気が宿るランナー。タイトルは守るのではなく、再び奪うものだ。

THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada

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