近年急増の「不動産M&A」…「不動産売買」との決定的な違い【不動産鑑定士が解説】

「M&A」というと、企業の合併や買収の際に使われるイメージがありますが、実は法人所有の不動産におけるさまざまな問題を解決するひとつの手段として「不動産M&A」が注目を集めています。では、単なる「不動産売買」と比較し、どのような違いがあるのでしょうか。本稿では、フジ総合グループ・株式会社フジ総合鑑定の大阪事務所所長、住江悠不動産鑑定士が解説します。

「不動産M&A」とは?

「M&A」とは「Mergers and Acquisitions」の略称で、 「合併と買収」を意味します。2つ以上の会社が統合、または1つの会社がほかの会社を買収して、会社や事業を譲渡する取引のことをいいます。「不動産M&A」は、広義においては不動産を所有する会社を対象にしたM&Aのことを指します。なお、本稿では、不動産のみを所有する資産管理会社(不動産賃貸業)のM&Aに範囲を絞って解説していきます。

不動産M&Aは、不動産の所有権を売買するのではなく、株式譲渡の形で不動産を所有する会社ごと譲渡します。いま、この「不動産M&A」が不動産売買において、さまざまな問題を解決するひとつの方法として注目されています。まずは、不動産M&Aと一般的なM&Aの違いをみていきましょう。

「不動産M&A」と「一般的なM&A」 の違い

一般的なM&Aの目的は、「会社または事業全体の譲渡」です。一方で、今回のテーマである不動産M&Aは「不動産の譲渡」を目的としています。

不動産の譲渡と聞くと、不動産会社が売主と買主のあいだに入って仲介する不動産売買を思い浮かべますが、「不動産M&A」と「不動産売買」 には、どのような違いがあるのでしょうか。

「不動産M&A」と「不動産売買」の違い

不動産M&Aも不動産売買も「不動産の譲渡」を目的にしている点は同じです。しかし、不動産売買は、譲渡の対象が「不動産」であるのに対し、不動産M&Aは「不動産を所有している会社の株式」を対象としています。つまり 、不動産売買は「現物売買」によって不動産を譲渡し、不動産M&Aは「株式譲渡」によって不動産ごと法人を譲渡するのです。

ここで買い手が気を付けなければならないのは、不動産M&Aは不動産だけではなく、会社の資産や負債も同時に引き継ぐ可能性があることです。専門家に依頼して、簿外債務や訴訟リスクの有無などを調査し、取得にふさわしい会社かどうかを検討する必要があります。

ただし、不動産のみを所有する会社は、一般的に不動産業以外の事業を展開しておらず、従業員は親族であることが多いため、不動産以外のリスクを取得する可能性は極めて小さいでしょう。

また、売り手にとって売買に関する課税対象も両者では異なります。不動産売買は課税の対象が不動産の売却益になるのに対し、不動産M&Aは株式の譲渡益が対象です。 不動産M&Aでは、この課税対象の違いを活用することで、税務面においてメリットを期待することができます。

不動産M&Aのメリット

不動産M&Aを行う最も大きなメリットのひとつは、「税負担の軽減」です。不動産を所有する売り手の法人が不動産を売却して会社を解散する方法と、株式譲渡によって不動産M&Aを行う方法では、後者である不動産M&Aのほうが税引き後の手残り金額が多くなるケースがあります。

所有している不動産を現物売却して会社を解散する場合、売却した不動産の含み益に対して約35%の法人税が課税され、その後、ほかの資産なども換金または処分し、債務を弁済して残った財産がプラスの場合は、その現金を配当として株主に分配することになります。その際、株主には所得税が課せられます。総合課税である配当所得は、残額が大きいほど所得税の負担が増えます(最高税率約55%)。一方、不動産M&Aは株式の譲渡益に対して、申告分離課税の約20%の負担であることから、不動産M&Aのほうがより多く手元に残る可能性が高くなります

では、買い手側の税負担はどうなるでしょうか。不動産M&Aでは、所有権が移転するのはあくまで「株式」であり、不動産の所有権は売り手である 法人のままなので、買い手には不動産の取得に要する不動産取得税や登録免許税がかかりません。さらに一定の要件を満たせば、購入した株式の取得価額の一部を損金算入できる「経営資源集約化税制」という税制特例を活用することができるため、買い手側にも大きなメリットがあります。

売り手と買い手がWIN-WINの不動産M&A

不動産M&Aは、「不動産の譲渡」を目的としたM&Aです。会社の株式を譲渡の対象とするため、とくに税金面において売り手と買い手の双方に大きなメリットがあります。

また、M&Aに関する税制優遇措置が受けられる場合があるため、不動産M&Aは不動産オーナーが抱えるさまざまな悩みを解決する新しい手法のひとつとして、広がりをみせています。

不動産売買とM&Aの要素をあわせ持った「不動産M&A」は、通常のM&Aに必要とされる高度な知識や交渉力、適切な手続きに加え、不動産・税務に関する高い専門性が求められます。適正な不動産評価や株価の算定をするためには、税理士と不動産鑑定士による多面的な視点が必要です。不動産の売却をご検討されている方は、不動産M&Aの実施も視野に入れ、専門家に相談することをおすすめします。

住江 悠

フジ総合グループ 大阪事務所 所長

不動産鑑定士

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