『GEMNIBUS vol.1』栢木琢也プロデューサー 東宝が新人クリエイターを育成する意義とは【Director’s Interview Vol.418】

東宝が新たに手掛ける才能支援プロジェクト「GEMSTONE Creative Label」。フォーマット、メディア、そして実績の有無を問わず、クリエイターが自由に才能を発揮できる場を提供するという目的で、東宝の若手社員が立ち上げたプロジェクトだ。そして、本レーベル初の劇場公開作品として、4人の新進気鋭の監督たちによって創り出された短編オムニバス映画『GEMNIBUS vol.1』が、6月28日より公開される。

東宝はなぜ新人クリエイターの育成に力を注ぎ始めたのか、その意義とは? 本プロジェクトの統括であり、『GEMNIBUS vol.1』内の『ゴジラVSメガロ』『フレイル』の2作のプロデュースを手がけた、東宝の栢木琢也氏に話を伺った。

『ゴジラVSメガロ』

全世界1,070万回再生を超える『ゴジラVSガイガンレクス』待望の続編として昨年YouTubeで公開され、早くも470万回再生を超えたショートフィルム『ゴジラVSメガロ』。現代に蘇った守護神メガロが、〈シネマティック・バージョン〉としてより精緻かつ迫真の映像となってスクリーンに登場する!

『フレイル』

VR空間で青春を追体験する老人・明。しかし、何者かによってゾンビウイルスがVR空間に放出され、死の淵に追いやられることに。生きる意味を失っていた明が、生死を彷徨った末に、見出した生きることの本質とは――。

東宝が新人クリエイターを育成する意義


Q:GEMSTONEプロジェクト立ち上げの経緯を教えてください。

栢木:2019年に、住友商事さんの子会社であるALPHABOATと共同で、YouTubeをきっかけに若いクリエイターを探す「GEMSTONE クリエイターズオーディション」を立ち上げました。計6回のオーディションをやって色んな才能と出会えたのですが、出会えただけで終わってしまい、なかなかその次の作品に繋げることが出来ませんでした。

その後、GEMSTONEを継続するかどうかという議論もありましたが、このGEMSTONEをきっかけとした東宝の才能支援は業界で注目されていたこともあり、そのまま畳んでしまうのはもったいないなと。それで形を変えて、「GEMSTONE」という看板は残したまま、中身は全く違う「GEMSTONE Creative Label」という形で東宝単独のプロジェクトとして立ち上げ直しました。それまでは新たな才能を探すことに主眼を置いていましたが、ここからはその才能と新しいものを作っていくことが目的となりました。

Q:本プロジェクトにおけるKPIのようなものは設定されているのでしょうか。本作の興行収入なども目安になっていますか。

栢木:この興行での目標値というよりも、東宝製作の実写やアニメなどで今後活躍してくれるクリエイターを見つけることが、このプロジェクトの目標になっています。

Q:若手から中堅、ベテランまで日本映画界には数多くの映画監督がいますが、いま東宝が新人を育成する意義は何でしょうか。

栢木:商業映画界のリーディングカンパニーである東宝が才能支援をしていくことは、映画業界にとっても重要なことです。そして、新しい才能を見つけるとともに、そのクリエイターとの絆を強くしていく必要がある。大手配信プラットフォームの台頭など、今、クリエイターの獲得競争は激化しています。そういう状況下で、若いプロデューサーと新人クリエイターが早い段階で絆を作ることは、とても大事だと考えています。

Q:プロデューサー自身も、新人監督との出会いを求めているのでしょうか。

栢木:プロデューサーは皆求めていると思います。東宝の全国300〜400館という公開規模の映画を新人の監督が撮るには、すごくジャンプアップが必要なのですが、その間のステップとして、この企画の存在があります。

YouTube/TikTok から映画の世界へ


Q:個人で映像を作れて発表できる時代に、映画会社が人材育成をする意義はどこにあると思いますか。

栢木:この時代だからこそ、YouTubeやTikTokなどで新しい才能を見つけやすくなりました。見つけやすくなったからこそ、育成する意義がある。先ほどの話にもつながりますが、そのクリエイターとプロデューサーの絆作りを早い段階から始める意味もあります。

Q:これまでTikTokで活躍されていた方も今回の監督に入っていますが、そういった方も映画を撮りたいという希望を持たれていたのでしょうか。

栢木:まさに『フレイル』の本木真武太監督などは、映画を撮ることが夢だったようです。YouTubeやTikTokが発展している今の時代でも、映画というものに夢をもっていただけている。それはとても嬉しいことですね。だからこそ、こういう機会を作ることが大事だなと。

『GEMNIBUS vol.1』Ⓒ2024 TOHO CO., LTD.

Q:本木監督が作られた『フレイル』には、いろいろな映画のオマージュが見られました。TikTokなど新しいことをやっている方は、映画には興味がないのかなと勝手に思っていましたが、決してそうではないんですね。

栢木:私が所属する開発チームでは「TikTok TOHO Film Festival」というものをやっていますが、応募してくださる方は、映画業界に行きたい人が多い。本木監督もその中から出てきた方です。今は多くの人が触れる映像がTikTokなので、そこで映像を作ってはいるけれど、いずれは映画監督になりたい。そんな思いを強く持たれていました。

Q:プロデューサーとして監督たちと接してみていかがでしたか。

栢木:皆さん熱量がすごかったですね。こういった場があったからこそ、チャンスと捉えて全力を尽くしてくれました。興味深かったのは、普段は個人で制作することが多いためか、集団での制作に慣れていない方が多く、そこの難しさに直面していたこと。「一人でカメラを回していたときの方がうまくいっていたのに…」と悩みつつも、多くのスタッフがいるからこそ出来ることも実感していた。皆さん、ぶつかりながらも勉強されていたように思います。

Q:そういった監督たちに対して、プロデューサーの皆さんがアドバイスをされていたのでしょうか。

栢木:プロデューサーも若手なので、プロデューサーが強い意見を言うのではなく、一緒に学びながら新しいものを目指していくような形でした。

Q:栢木さん自身も現場で学ばれながら進めた部分があったのでしょうか。

栢木:そうですね。GEMSTONE立ち上げ時は、経営企画部の新規事業担当だったので、映画製作の現場経験はありませんでした。いくつかの短編映画をプロデュースした経験はありましたので、本木監督と共に試行錯誤しながら作品を形にしていきました。

Q:では社内の先輩プロデューサーなどに相談された部分もあったのでしょうか。

栢木:はい。映画企画部や、TOHO animationのプロデューサーに意見を聞いたのはもちろん、今いるチームは配信向け実写シリーズ企画をプロデュースしている部署でもあるので、そういったところからも意見を集約してすすめました。

Q:実際にプロデュース業務をやってみていかがでしたか。

栢木:『ゴジラVSメガロ』は白組さんが中心になって進めているので、それほど難しさは無かったのですが、『フレイル』の方はアメリカにベースがあるVirgin Earthさんという映画制作の経験がほぼ無いプロダクションだったので、一つ一つ一緒に確認しながらやっていきました。

今回は海外スタッフも多く、スタッフのほとんどが英語を話していたため、言語の壁もありました。例えば、ホースで水を撒くシーンがあったのですが、脚本に「ホース」と書いてあったものが英語で「馬」と訳されていた(笑)。海外のカメラマンから「馬を出す予算があるのか?」と言われてしまったこともありました。そういった細かいすれ違いもあったので、一つ一つ丁寧にビジュアルのすり合わせを行いました。

また、海外との混合チームだからこそ、ハリウッドでの主流な制作体制をテスト的に導入するといったチャレンジを、抵抗なく受け入れてもらえました。そこは大きかったです。

商業映画として導くこと


Q:企画は全て監督からの提案でしょうか。それとも、方向性などはプロデューサーからリクエストした部分もあったのでしょうか。

栢木:そこはディスカッションの中で作り上げていきました。『フレイル』に関しては僕から「ゾンビものはどうですか」と話をしたところ、監督も「やりたかったんです!」となった。ただし、普通のゾンビものをやるのではなく、新しいアプローチで社会的テーマを内包したものにしたかったので、そこは皆で議論しました。「フレイル」という題材自体は監督が出してくれたものです。各作品、皆でディスカッションしながら辿り着いた題材になっています。

Q:『フレイル』はゾンビ映画でしたが、今回の4本はカテゴリーについて分け方を意識されたのでしょうか。

栢木:まったく意識していないですね。どのクリエイターとやるかを一番大事にしていたので、そのクリエイターの魅力がいちばん発揮できるジャンルということで、結果的にこうなっています。

Q:4作品それぞれ尺もバラバラですが、その辺は特にルールは設けなかったのでしょうか。

栢木:今回に関しては尺についての規制は特に設けませんでした。第2弾に向けて、そこはまさに議論しているところです。

Q:制作に際して、監督に具体的なリクエストは出しましたか。

栢木:脚本段階から撮影に至るまで、いろんなパートで出しています。やはり東宝が作る短編なので、商業映画に繋がる道筋を作らなければならない。監督が自由に作る芸術作品にならないように、各プロデューサーから観客視点の調整が入っています。

『GEMNIBUS vol.1』Ⓒ2024 TOHO CO., LTD.

Q:監督の芸術性やクリエイティブを観客が観るものに導いていくことが、プロデューサーの仕事ということでしょうか。

栢木:まさにそうだと思います。特に東宝のプロデューサーにはそれが重要だと考えています。今回の目的は、ゆくゆくは東宝の商業映画の本線に繋げることなので、観客の視点が抜けている短編を作っても意味がない。プロデューサーとして、そこをしっかり握ることは意識していました。

Q:商業映画として監督にどこまで自由度を与えて引っ張っていくのか、その辺のバランスはいかがでしたか。

栢木:これは難しいですね。本当に各プロデューサーすごく悩んでいると思います。今回は東宝の作品作りからすると、企画や尺など含めて“自由度”は高めだったとは思います。ただし商業性という部分では、最低限担保できるものにはしないといけない。そこのバランスが本当に難しかったですね。

Q:監督と議論になった局面はありましたか。

栢木:今回はどのクリエイターにも商業性の部分に共感してもらった上でこのプロジェクトに参加してもらっています。商業映画の監督になりたい人でないと、このプロジェクトには興味が無いと思うんです。脚本作りの細部で議論になったことはありますが、商業的なことに関して、表現との兼ね合いで議論になることは無かったですね。

Q:編集段階ではいかがでしたか。

栢木:やっぱり、監督には思い入れがある分どうしても長くなってしまうんです。観客の視点ではスッキリしていて無駄がないほうが観やすいので、そこの議論はありました。

オリジナルストーリーの難しさ


Q:既に実績がある監督に頼むと、ある程度カタチは見えやすいですが、若手は未知数なだけにプロデューサーとしては難しい部分がありそうですね。

栢木:人の才能を見抜くことはそんなに簡単じゃないし、「この人は才能あるね。この人は才能無いね。」と全員が一致するものでもありません。一人のプロデューサーが「この人とは絶対やった方がいい。実績は無いけどここが光る」と熱意を持って言えるのであればやるべきだし、実際そういう企画の選び方をしています。

ただ、「この人、絶対に良いと思うんです!」と言って「じゃあ一緒に開発してみよう」と進めた結果、「やっぱり無理でした…」となることもたくさんあります。最後まで完成させること自体がすごく難しいこと。でもそれを繰り返していけば、そのプロデューサーが納得いく才能に自然と出会えると思います。

Q:どういったときに「無理でした…」となってしまうのでしょうか。

栢木:GEMNIBUSはオリジナル作品に絞っていて、原作ものや脚本家を入れることはしていません。今後は、監督自身でストーリーメイクできる能力の重要性が増してくると考えていますが、皆オリジナルストーリーを作るところで苦戦します。「監督やりたいです!」と言っても「お話は作れません!」という人は意外と多い。まさに今の映画業界に足りていないものは、ストーリーをゼロから作れる人だと思います。映画業界が、オリジナル作品に挑戦できる機会を、あまりつくってこなかったために、人材がどんどん漫画や小説など出版業界に流れてしまっていることもあると思いますね。

監督だけではなく、それを一緒に作るプロデューサーも同じです。オリジナルのストーリーを作るためのプロデュース力をつけていくことは大事ですが、そこが一番苦戦するところでもあり、一番手応えを感じるところでもあります。

Q:インディーズ出身の監督はアートハウス系の映画に進むイメージがあり、最初から商業エンタメ系に行こうとする監督は日本では少ない気もします。

栢木:商業映画の監督になる道筋の見えづらさもあって、そこの可能性を自ら無くしてしまっている方が多いのかなと思います。自分の作品を作るという意味でも、インディーズの芸術的な方に行かれているのかなと。この企画が商業映画監督への道筋となって、可能性を感じてもらえるといいですね。

Q:今後のプロジェクトの展望について教えてください。

栢木:続けていくことが大事だと思うので、タイトルにvol.1とあるように、vol.2、vol.3と続けていきたいですね。今後は、よりクリエイターの魅力や個性が伝わる企画にして、尺の部分ももう少し精査していきます。また今回は、あまり意識していなかったのですが、次回は海外映画祭も視野に入れていきたいです。それは大衆性を失うということではなく、海外の人にも観てもらう土壌を作りたいから。加えて、あわよくば、この『GEMNIBUS』で、短編集という楽しみ方を観客に知ってもらいたい。今回はジャンルがバラバラでしたが、観客が4つの作品を通して楽しんでもらえる方法を研究していきたい。これらの改善点を通して、また新たな才能と出会い、その方と将来大きな作品を作りたいと思います。

Q:オムニバス作品をヒットさせるのは難しいと聞きます。

栢木:まぁ、これまで売れた作品はあまりないと言われていますね(笑)。商業でオムニバスをやるのは難しいのですが、だからこそ挑戦です。時代的に短編コンテンツは市場として大きくなっていますし、中国ではショートドラマが爆発的にヒットしています。昔よりは可能性があると思いますね。

プロデューサー:栢木琢也

2018年東宝株式会社に入社。映画調整部、経営企画部を経て現在は、開発チームにて広くエンタテインメントコンテンツのプロデュースに従事。2023年にGEMSTONE Creative Labelを立ち上げ、プロジェクト統括として若いクリエイターへの才能支援に取り組む。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『GEMNIBUS vol.1』

6月28日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷、TOHOシネマズ 梅田にて2週間限定公開

配給:TOHO NEXT

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