同床異夢の露朝新条約、危険な金正恩の「誤信」(上)

朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・6月19日、北朝鮮で「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」が締結。

・今回条約は「同盟条約」とはされていない。

・ロシアが定める最高位の「同盟条約」ではなくワンランク下の条約となっている。

ロシアのプーチン大統領は6月19日午前3時前、北朝鮮に到着した。24年ぶりの訪朝だ。金正恩国務委員長(総書記)が多くの幹部たちを帯同せず一人空港で出迎えた。

18―19日訪朝予定が、プーチンのいつもの遅刻戦術で19日当日のみの訪朝となった。金正恩を焦らせ主導権を取るためのプーチン流の作戦だった可能性がある。プーチンは、金正恩との首脳会談で「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」を締結し、すべての歓迎行事を終えて19日午後12時頃、金正恩が見送る中で次の訪問国ベトナムに飛び立った。

「朝ロ包括的戦略パートナーシップ条約」締結の背景

英国のテレグラフ紙は6月14日、プーチン訪朝の背景について、プーチンのウクライナ侵略がいかに窮地に陥ってぃるかを示すものだと報道した。

プーチンがウクライナで戦争を繰り広げているが、ロシア海軍は、全世界はおろか、自国の東部海域でも米国に挑戦することはおぼつかない状態だと指摘し、十分な海軍を持たないウクライナにすら深刻な打撃を被ったと皮肉った。

また核使用をちらつかせてレッドラインを云々したが、いまやロシア本土が攻撃され、間もなく欧米が支援するF16戦闘機がロシアの上空を飛ぶ状況にまでなっているが、その時にどう対応するかが見ものだと主張した。

続けて、結局プーチンは、たびたびレッドラインを口にして武力での解決に出たが、今やレッドラインの脅迫は崩れ、プーチンに残ったカードはほとんどなくなったと分析した。

事実、プーチンはいま、核で脅迫すること以外は手段がなくなり窮地に陥っている。6月13日にイタリア南部プーリア州ファサーノで開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)では、米国のバイデン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領が「安全保障協力協定」を締結した。期限は10年間。安定的な武器供与を図り、共同訓練や防衛産業強化といった支援を実施するが、これはウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を念頭に置いたものだ。

そればかりか、ウクライナと安保協力に関する2国間協定を結んでいる他の国々(17カ国)も続々と莫大な軍事支援に乗り出した。NATO加盟国は毎年400億ドルのを支援を決定した。G7国家も500億ドルの借款をウクライナに与えることを決定したが、この支援財源として、凍結したロシア資産(4400億ドル)の運用利子を当てることも決定された。議会を通過した米国の610億ドルを含めると1510億ドルの支援が確保されたのである。

こうした軍事支援のもとで、ウクライナ軍の武力は飛躍的に強化されつつある。ウクライナ空軍は、F16戦闘機をはじめとした先端戦闘機150機(4機種)を確保し、いまやロシア本土への攻撃機会を伺っている。

一方、プーチンとの首脳会談に臨む金正恩も体制発足以来の危機を迎えている。一向に改善しない食糧危機とチャンマダン世代(MZ世代)の思想意識変化が危機を加速させているのだ。金正恩除去を掲げる反体制組織の動きも明らかになった。

この危機からの突破口を自身の権威向上に求め、金日成・金正日の遺訓である「統一路線」を放棄し、韓国民を同一民族でないと宣言した。そして金日成を「太陽」の座から降ろし自身が「太陽」の座に座り、金日成・金正日の肖像画の横に自身の写真を掲げた。そしてロシアとの軍事協定締結を「金日成・金正日超え」の業績にしようとしている。

「朝ロ包括的戦略パートナーシップ条約」は「同盟条約」?

金正恩国務委員長とプーチン大統領は、金日成広場で開かれた公式歓迎式典に出席した後、6月19日午後、錦繍金山迎賓館で首脳会談を行い、全23条からなる「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。この条約の注目点は、両国が旧ソ連時代に締結した「同盟条約」と同等かどうかにある。ほぼ同じとの解釈が一般的であるが、よく吟味すると微妙に異なる点がある。

まず、条約の名称である。今回条約は「包括的戦略パートナーシップ条約」とされ「同盟条約」とはされていない。ロシアが定める最高位の「同盟条約」ではなくワンランク下の条約となっている。(ロシアが「包括的戦略パートナー関係」を結んでいる国には、ベトナム、エジプト、モンゴル、南アフリカ共和国などがある)。

次にその文面である。1961年に締結された「朝ソ友好協定および相互援助条約」の第1条では「いずれか一方の締約国がいずれかの一国又は同盟国家群から武力攻撃を受け、戦争状態に入つたときは、他方の締約国は、直ちにその有するすべての手段をもつて軍事的及び他の援助を供与するものとする」とされているが、今回条約の4条では「双方のうちいずれか一方が個別の国家または複数の国々から武力侵攻を受けて戦争状態に陥った場合、他方は国連憲章第51条と朝鮮民主主義人民共和国とロシア連邦の法に基づいて遅滞なく自己が保有しているすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」となっている。軍事介入の条件として「国連憲章第51条と朝鮮民主主義人民共和国とロシア連邦の法に基づいて」が追加され、軍事支援が「直ちに」から「遅滞なく」に変化した。

こうした名称と文面の違いを勘案すれば、今回の条約が1961年の同盟条約と同等かそれ以上だとは言えない面がある。この微妙な温度差は、金正恩とプーチン発言で示された。

金正恩は今回の条約に対して、「完全に同盟関係に戻っただけでなく過去の条約を越えた最高の条約だ」とし、共同記者会見で「朝露関係は同盟関係となりこれまでの条約で最も強固な関係となり新たな全盛期を迎えた」とした。

しかしプーチンは「どちらかの国が攻撃を受けた際にもう一方の国が支援することを規定している」と述べ、第三国からの攻撃があった場合には、相互に支援を行うことが盛り込まれているとしたが、「同盟」とは言わなかった。

こうした違いがあってか、北朝鮮ではすぐさま条約全文が公表されたが、ロシアではまだ公表されていない。

(下につづく)

トップ写真:プーチン氏と金正恩氏が露朝包括的戦略パートナーシップ条約を結んだ時の様子(平壌、2024年6月19日)

出典:Photo by Kristina Kormilitsyna (”Rossiya Segodnya“)/President of Russia

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