仏バスケ界躍進の象徴「パリ・バスケットボール」が来季からユーロリーグに参戦!仕掛け人は、かつて“カリーを逃した”元NBA幹部<DUNKSHOOT>

フランスバスケット界の発展が目覚ましい。NBAでは昨年ドラフト1位のヴィクター・ウェンバンヤマが新人王を受賞すると、先日のドラフトでは全体1位と2位指名を同国の選手が独占。さらに国内でもパリを拠点とするチーム「パリ・バスケットボール」が、来シーズンより欧州最高峰のユーロリーグに初参戦することが決まった。

ユーロリーグのアンダーカテゴリーにあたるユーロカップに優勝したことで出場権を手にしたのだが、ユーロカップではプレーオフも含めた全23試合中22勝。わずか1敗のみという、歴代記録での大勝だった。

それに加えてすごいのが、これが創設からわずか6年の“スピード昇格”であることだ。

2018-19シーズンに、フランスの2部リーグからスタートしたパリ・バスケットボールは、コロナ禍に巻き込まれながらも3シーズン後にトップリーグProAの仲間入り。そこからわずか3シーズンでファイナルに到達し、3勝1敗でモナコに敗れて準優勝に終わるも、先述の通りユーロカップでは記録的な優勝と、目を見張る成果を収めたのだった。

チームの球団社長を務めるのは、かつてNBAのインディアナ・ペイサーズやミネソタ・ティンバーウルブズのフロントを務めた、デイビッド・カーンだ。

オレゴン州ポートランド生まれのカーンは、当初はポートランド・トレイルブレイザーズの番記者として活躍した後、1995年にペイサーズのフロント入り。2004年までの9年間、主にビジネス面を担当した。
09年にはケビン・マクヘイルの後任としてウルブズのバスケットボール部門社長に迎えられ、13年まで在籍。記者時代も含めて30年近い年月をNBAで過ごした経験を経て、「パリにバスケットボールを!」を旗印にアンヌ・イダルゴ市長の肝入りで立ち上がったこのプロジェクトを先導している。

パリには、かつてパリ・バスケット・ラシンというクラブがあったが、07年にウェンバンヤマが昨季プレーしていたメトロポリタンズ92(当時ルヴァロワ・スポルティングクラブ)と統合。しかし、16年にパリ市がメトロポリタンズ92の運営から撤退することになり、以降は同地を拠点とするクラブがない状態となっていた。

そういった経緯のなか、パリにあった複数のアマチュアクラブが統合したクラブを母体に、カーンと、同じくアメリカ人でニューヨークを拠点とする個人投資家のエリック・シュワルツ氏が共同オーナーとなってパリ・バスケットボールが誕生。ちょうど財政難でリーグからの撤退を希望していた球団から権利を買い取る形で、2部リーグへの参戦権を得た。

その頃、パリ五輪のために建設する予定になっていたパリ北部ラ・シャペル地区のアディダス・アリーナ(8000人収容)が本拠地となることも決まった。

工事の遅れもあって今年の2月に開業したばかりだが、こけら落としのリーグ戦、対サン・カンタン戦は満員御礼。以降も世界的サッカークラブ、パリ・サンジェルマンの選手たちが観戦に足を運ぶなど、盛り上がりを見せている。 カーンが創立当初から掲げてきたスローガンが、「アップテンポでハイスピード、常に攻撃を仕掛ける“ショータイム”時代のレイカーズのようなゲームをすること」だ。

実際、パリ・バスケットボールの試合はスピーディーで躍動感にあふれている。ProAでは、首位のモナコ(平均85.7点)をも上回る攻撃力(同86.8点)を誇り、リーグ最多の平均16.3点をマークしたアメリカ出身のガード、TJ・ショーツはリーグのMVPに輝いた。

アリーナの雰囲気も、他のクラブが“町の体育館”的であるのに比べてエンターテインメント性があり、照明やMCなど、NBAのような空気感を作り出している。ユーロリーグ出場ともなれば、今季チャンピオンのパナシナイコスやレアル・マドリーなど、欧州の強豪がパリにやってくるから、これまで以上に盛り上がりを見せることだろう。

そこで気になる選手補強だが、巷では、カーンの人脈を駆使してNBAから有名選手を引っ張ってくるのではないかと話題になっている。しかし先日、ラジオのインタビューでカーン自身がNBA選手のリクルートが難しい理由を明かしていた。

いわく、現在のNBAでは、シーズン中はほとんど練習をしないというのだ。

「これを聴いている方は、私がクレイジーだと思うかもしれないが、これが現実です。NBAでは、シーズン中は3週間に1回くらいしかトレーニングをしないのです。そのリズムに慣れた彼らがヨーロッパに来ると、こちらのシステムに衝撃を受けてしまう。我々もそうですが、欧州のクラブではシーズン中でも2部練習をすることはザラですから。彼らはそれに身体がついていかないのです」
そのため、NBA経験者をリクルートするのであれば、欧州出身者が望ましいと考えているのだそうだ。

2022-23シーズンに日本のBリーグ(シーホース三河、三遠ネオフェニックス)でもプレーした元NBAのビッグマン、カイル・オクインは、その前年の21-22シーズンにパリ・バスケットボールに在籍し、平均10.5点、6.1リバウンドと活躍したが、その彼の順応の様子が、NBA選手のリクルートについて考えるきっかけになったともカーンは話している。

カーンといえば、ウルブズ時代の09年のドラフトで、ステフィン・カリーというのちの大スターがいながら、リッキー・ルビオとジョニー・フリンを5位と6位で指名し「見る目なし」の烙印を押された人物でもある。

それでも、今回のこのパリ・バスケットボールの成長ぶりに関しては、彼の手腕が大きく寄与していることは間違いない。カーン自身は、「パリにアメリカ人が運営するアメリカのクラブを作るのではない。パリジャン的なフランスのクラブを作るのだ」と強調している。

NBAには数多くの選手を輩出しながらも、クラブレベルではいまひとつ活性化していなかったフランスのバスケ界だが、モナコの躍進、そしてパリ・バスケットボールの誕生と、徐々に加速してきた感がある。

パリ・バスケットボールの次の目標は、ユーロリーグに定着できるライセンスの取得だ。バスケ界での経験をフルに注入するカーンが、この新興クラブをどう導いていくのか、お手並み拝見といったところだ。

文●小川由紀子

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