「大物になりたい」くじかれた自尊心 京アニ事件・青葉被告、全身全霊の小説は誰にも読まれず

青葉被告が小学校の卒業文集に書いた将来の夢。「大金持ち」と記した(一部加工しています)

 京都地裁の大法廷で、検察官が一編のSF小説を朗読し始めた。傍聴者が聞き耳を立てる。「主人公のムラカミ・ユウキは自宅でアンドロイドの3人と出会い―」。著者の青葉真司被告(45)は「リアリスティックウェポン」が読み上げられた約15分の間、車いすに深く座ったまま一点を見つめていた。

 10年の歳月を要して書き上げた「金字塔」だった。才能を認められ、大物になることを夢見た青葉被告。なぜ、社会での栄達を追い求めたのか。

 「幸せに満ちたとは対極の生活」(第13回公判、精神鑑定人の発言)

 6畳一間の室内に散乱する衣服、ごみ袋、カップ麺の空容器…。「ひと言で言えば、ごみ屋敷」。青葉被告の小学校時代の同級生だった男性(45)=さいたま市緑区=が取材に応じた。低学年の時、被告のアパートに招かれ、思わず息をのんだ。足の踏み場もないほど荒れた部屋は、異様な雰囲気だった。

 「体が大きく、人気漫画『北斗の拳』の登場人物のラオウと青葉をかけた『バオウ』というあだ名で呼ばれていた」。学校では活発な少年だったが、家庭は悲惨だった。両親は9歳で離婚し、兄と妹も養育する父は持病で無職に。家計は苦しく、食事に困る生活を送った。幼少期の困窮は被告の心に影を落とす。小学校の卒業文集に「大金持ち」と書き、将来を空想した。

 中学で不登校になったが、定時制高校に入学すると、後れを取り返すように勉学に励んだ。「荒れていたクラスで、真面目に授業に臨んでいた。強い思いがあったのだろう」。さいたま市に住む60代の男性教師は、教え子である被告の印象を打ち明けてくれた。昼間にアルバイトをしながら、4年間1日も休まず登校した。

 「自分は努力し成功した、自分はやればできるとの考えを抱いた」(初公判、検察側冒頭陳述)

 高校の皆勤は不遇な家庭環境の中で大きな成功体験となった。10代で培った自負と、「大物になりたい」という願望を抱え続けた被告は31歳のとき、小説家に希望を見いだすことになる。

 「自分でも書けるかもしれない」。ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズを読破した被告は、ひそかに自信を感じた。「孫子」や吉川英治の「三国志」を読み、軍略を取り入れた小説のアイデアを膨らませた。

 「24時間365日、小説のことを考えていた。一つの小説に5年かけるのはあり得ない。それくらいのことをした」(第7回公判、被告の言葉)

 肥大化していく自尊心。2016年、刑務所を出所する際のアンケートには「1年後に作家デビュー、10年後は大御所になる」と書いた。しかし、17年、京都アニメーションが公募するコンクールに落選する。同年5月、国内最大級の小説投稿サイトに自作を送るも、「傑作」と確信した小説は誰にも読まれることはなかった。自ら約3カ月でサイトから消去した。

 「もし50人、いや、20人が見てくれていたら、事件を起こさなかったと思っている」(第13回公判、精神鑑定での被告の言葉)

 青葉被告は小説の中に不登校時代の恩師のことやアルバイトでの知識、会話などで得たアイデアを詰め込んでいた。その作品は被告の分身だったのかもしれない。社会から評価されない現実に直面し、アパートで一人、妄想の海に沈んでいく。

法廷の青葉被告
青葉被告が小学校卒業の際に書いた将来の夢。「大金持ち」と記した
青葉被告の自宅アパートの家宅捜索の際に見えた玄関付近。捜査関係者によると、室内は乱雑だったという(2019年7月26日、さいたま市)

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