週末に飲むサイゼリヤの100円ワインに思いを馳せて ホン・サンス『WALK UP』にほろ酔い

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週はサイゼリヤで仕事のためにMacを開いたら、隣席の女子高生から「サイゼでカッコつけてる(笑)」という陰口が聞こえてきてショックだった石井が『WALK UP』をプッシュします。

『WALK UP』

年齢を重ねれば重ねるほど、週末(金曜の夜から日曜の午前中)がとても輝いています。そんな週末の輝きを増してくれるのが、みんな大好きイタリア料理チェーン「サイゼリヤ」。物価高上昇の苦しい昨今の中でも、相変わらずの低価格の美味しさ。グラスワインに関しては赤も白も1杯100円です。そして、決して安酒の味ではなく、ちゃんと美味しい。玉ねぎのズッパを100円の赤ワインとあわせるのが大人のたしなみ。二人で飲み食いしても3000円程度という驚愕のコスパ……週末の癒やし空間です。

そんなサイゼリヤの100円ワインと“合わせたい”と思わず感じたのが、ホン・サンス監督の最新作『WALK UP』。これは決してこの映画も安いというネガティヴな意味をはらんだものではなく、“背伸びをせずに楽しめる”という部分でピッタリなのです。そして、本作に限った話ではないですが、これまでのホン・サンス監督作品同様に、とにかく喋る、そして飲んで食べる。監督本人も記者会見などで語っていましたが、本作は酔いながら観たくなる、観ながら夢見心地になる、そんな一作なのです。

主人公はまたホン・サンス監督自身の分身とも言えるようなクォン・ヘヒョが演じる映画監督のビョンス。ホン・サンス映画はどの作品でも映画監督が出てくるので、どれがどれだったかわからなくなってしまうところもあるのですが、それもまたほろ酔い気分を加速させます。

これまでの作品同様に、本作も決して大きなことは起きないし、登場人物は10人もいません。場所も4階建てのアパートのみ。カット数も極端に少なく、映像もモノクロ。これだけ最小限なのにやっぱり面白いのだからホン・サンスは本当にすごい。

ダメ男ビョンスがアパートで女性たちと会話をしていくというだけの物語なのですが、ふとした瞬間に人間のどうしようもなさと愛しさが香りたちます。ビョンスがアパートの各階で行っていく会話劇は、同じ世界線で起きていることを順番に観ているのか、それとも“ビョンスの有り得たかもしれない人生”をそれぞれ観ているのか、あるいはビョンスの夢を観ているのか……どれも正解ではないし、間違いでもない、そんな答えが分からない時間が展開されていきます。

これってまさにほろ酔い気分のあの感覚です。お酒をたしなむ(特にビールなどではなくワインの酔い方)方にはなんとなく伝わると思うのですが、浮遊感がありながらも意識ははっきりしている部分もあり、夢を観ているほど極端ではないが妙な全能感もあるあの感じ。ひとりマルチバースです。

普段、映画を観るときは飲食しない派の人間ですが、本作に限ってはビョンスたちの会話に参加するようにお酒と一緒に観るのが最高なように思います。そしていつの日か配信で観られる日が来たら、サイゼリヤでMacを広げて100円ワインと合わせてみたいです。まずはモノクロの美しさを堪能するためにも、映画館での鑑賞をオススメします。

(文=石井達也)

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