猪狩蒼弥インタビュー「俳優業への想い」映画『先生の白い嘘』

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

奈緒が主演を務める映画『先生の白い嘘』が7月5日(金)より全国公開される。

鳥飼茜の漫画の実写化となる本作は、主人公となる高校教師の美鈴(奈緒)が抱える性に対する複雑な感情や、男女間の性格差など、自分以外の誰かに明かすことを躊躇してしまうような出来事に真っ向から向き合い、描いた物語だ。

猪狩蒼弥が演じるのは、美鈴の生徒の一人、新妻祐希。人付き合いが上手く出来ずに、クラスでも浮いた存在の新妻は、自らの意志ではなく女性と性的な関係を持ってしまう。そして、そのことで美鈴の知られざる一面に触れ、新たな感情が芽生えていく。

HiHi Jetsのメンバーとしてアーティスト活動をし、バラエティ番組などでも活躍する猪狩のイメージとは全く異なる雰囲気を持った新妻というキャラクターに、どのように向き合っていったのか。改めて感じた芝居への意識なども含め、本作への想いを明かしてくれた。

【猪狩蒼弥】映画『先生の白い嘘』場面写真

意義のある作品の一端を担えることはうれしかった

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――出演が決まったときの印象を伺いたいのですが、センシティブな内容を扱っていることもあり、悩まれる部分もあったのではないでしょうか。

映画に出演できるのはうれしいことなので、最初にスケジュールの確認があって、映画が入るとなったときは、「やったー!」って喜びました。

そのあと、詳細が来て、『先生の白い嘘』というタイトルと、原作の表紙を見て「サスペンス系かな?」と思って読んでみて……「なるほど、こういう感じなんだ」と。

原作は自分が出演する作品のものなので、勉強というか、下見みたいな感覚で読み始めたんですけど、途中から読み物としてどんどん没頭していきました。話も複雑だったし、その部分をしっかりと理解してから作品に臨まないといけないというのもありつつ、結果、何度も読みました。

内容としては確かにセンシティブな部分も多くて、「俺はこう思うんだよね」みたいに軽く友達と話したり、ましてやメディアとかで話すことはないものを扱っていて。日々、楽しく生活をしていて波風を立てないようにするならば、避けてしまうような話題でもありますよね。

それをこんなふうに“作品”として昇華させて、誰かに伝えるということは、いろんな価値観がある今の世の中において、本当に意義があることだと思いました。なので、そんな意義のある作品の一端を担えることはうれしかったです。「自分も何か役に立ちたい」という想いもありました。

ただその反面、ポスターとかに“男女の性の不条理に切り込む衝撃作”と書いてありますけど、切り込んだことで自分が悪影響を及ぼしてしまう可能性もはらんでいるわけで。その責任を負うことには、生半可な気持ちではいられないと思いました。

自分のネームバリューを上げたいとか、そんな気持ちだけで出演していい映画ではないなと。本当に伝えたいと思う人たちに、伝えたいことを伝える責任を感じました。

――プレッシャーもありましたか。

僕はそもそも演技の経験が少ないので、今回のような作品でなかったとしても、プレッシャーは感じていたと思います。だから、お芝居をフルコミットでやる、しかも、周りを一流の俳優の方々に囲まれて、地方ロケも初めての経験でしたし、より緊張しました。

自分に対して「これ、やれんのか?」みたいな(笑)。どちらかと言うと、これまではバラエティ番組や、演技でも明るいコメディ作品が多かったので。

――普段の猪狩さんとは全く雰囲気が違っていましたが、新妻祐希という役をどのように捉えていきましたか。

振り返ってみると、いろんなことがプラスに働いたと思っていて。先ほども少し言いましたけど、今回、撮影場所が富山だったんです。撮影期間中はホテル暮らしをしていて、メンバーにも、家族にもしばらく会えない。

しかもまだコロナ禍の時期だったから、外で食事をするのも控えていたので、基本的にどこで何をしていても、寝ても覚めてもこの作品のことしか考えられない、没頭するしかない環境だったんです。

あとは、(原美鈴役の)奈緒さん、(早藤雅巳役の)風間(俊介)さん、(渕野美奈子役の)三吉(彩花)さんに、三木康一郎監督という一流の皆さんに囲まれて、そこに追いつかなきゃいけないという焦燥感もあり、それが新妻の行き場のない孤独な気持ちと、原因は違えども重なった気もします。

その気持ちを利用しようと思っていたわけではないんですけど、自然とわかるようになっていました。新妻が抱えていたものよりは、僕の規模は小さいけれど、なんとなく「こういうことなんだろうな」って。のめり込んでやらないといけないっていう気持ちだったことを覚えています。

――こんなに自信がなさそうな猪狩さんの表情は、これまであまり見る機会がなかったと感じました。

実際、撮影期間中は自信がなかったんです。僕がこれまでやってきたことって、全部地続きだったというか。

例えば、1回目のライブでやったことは、2回目のライブに活かされるし、ライブのMCがバラエティ番組で活かされるとか、バラエティで培ったことがライブに還元されるとか、全部つながっていたんですけど、この現場においてはそれが一つも通用しない感覚がありました。

通用しないというか、土俵が違い過ぎる。そう感じたとき、この仕事を始めたばかりのころの初心を思い出しました。

奈緒さんに半分、身を預けるような感覚でお芝居をした

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――演じる上で意識していたことは?

三木監督には、HiHi Jetsの5人で出演したドラマ『全力!クリーナーズ』(2022年4月期放送)でも監督をされていて。

そのとき、たまたま昼休憩で僕が牛丼屋に居たら、監督もあとから来て、2人で一緒にごはんを食べたことがあったんです。もうその時点で、次にこの作品でご一緒することが決まっていたから、「今の現場はどう?」みたいな話から、新妻役についても話をしてくれました。

『全力~』はコメディだったから、わりと現場の空気を大事にしていて、セリフもしっかりそのまま言うというよりは、アドリブも入れて、パワフルさを出していこうみたいな感じだったんです。けど、「次はこうはいかないからね。今と一緒じゃ全然ダメだぞ」みたいなことをおっしゃって。

新妻がなぜその言葉を言ったのか。例えば、「コップを取る」という動きだったとしても、単に取るだけでなく、なぜ取ったのか。そういうことを全て計算し尽くせと。現場に入る前に計算し尽くして、現場に入ったらそれを1回、全部忘れろと。

そのぐらい叩き込んでおけば、現場で相手の方が、僕が何かをするための要因を起こしてくれるから、それに対して新鮮にリアクションをすればいいと言われました。

意味がわからないとは思いましたけど(笑)、言わんとしてることはわかるし、意図もわかったので、まずはそれを第一に頑張りました。そういうテクニックを一つ教えていただけたので、あとは気持ちだなと。それに関しては原作を読むしかないと思っていました。

僕はお芝居のスキルがないから、「こういうパターンはこうすればいい」というような回路が自分の中では出来上がっていない状態だったんです。

だからとにかく回数をこなす。原作を読んで、新妻を見て、自分が演じてるところを想像する。自分と新妻との共通点を探す。どうやったら新妻になれるのかを考え続けました。

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――最初に現場でお芝居をしたときはどうでしたか。

僕のクランクインが、確か、新妻が先生に呼び出されるというシーンだったんですけど、もうわからないことまみれで。

同じ映像作品ですけど、ドラマと映画の現場って違う部分も多くて。ドラマはわりとテンポ良く進んでいくけど、映画は一球入魂みたいなところがあったり。その空気感の中で、「僕、ここに居たら邪魔ですか?」みたいな、自分が居ていい場所もわからないような感じでした。

初めに奈緒さんお一人のシーンを撮って、そのあとに僕も一緒のシーンを撮るという流れだったので、少し自分の出番の時間よりも早めに入って、現場を見学したり、スタッフさんとかに挨拶をさせていただいたりして。それでいざ奈緒さんと対峙してみたら全然うまくいかなくて、何回もNGを出しました。

そのときに、奈緒さんが泣くお芝居をする場面があったんですけど、正直、僕はそれまでお芝居で泣ける人ってテクニックで泣いていると思っていたんですよ。けど、奈緒さんは涙を流すべきではないところでも泣いて、監督から「涙を止めて」って言われるようなこともあって。それがすごいなって。

きっと奈緒さんの中で先生の気持ちになったときに、その瞬間も泣けてしまったんだと思うんです。そのぐらい先生になっているんだろうなと。

僕はそういう奈緒さんにいい意味で飲まれて、奈緒さんに半分、身を預けるような感覚でお芝居をしたらOKをもらえました。僕を飲み込んでくださったことに感謝しています。

――大変だったことは?

新妻はぼそぼそしゃべるので、それをやっていたら「声が小さい」って怒られました(笑)。「音が拾えないからもう少し声を張ってもらえるかな?」って。確かに、声が拾えてなかったり、潰れてしまっていたりして、あとからアフレコで録り直ししたところがめっちゃ多かったです。

自分の声を聴きながら入れていくんですけど、自分でも「声小さっ」みたいなこともありました。それは少し大変でした(笑)。

風間俊介からの思いやり

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――風間俊介さんとの共演はどうでしたか。

風間さんが僕にしてくれたことがあって。早藤と新妻が一瞬、お互いを見合って、新妻がそこで何か嫌な予感を覚えるというシーンがあるんですけど、その時に早藤が先生に電話をかけて嫌な言葉を言っているんですね。

それは新妻には聞こえていないから、僕は知らなくていいところなんですけど、その見合うシーンが終わったあと、風間さんが監督に「電話をするシーンをもう一回、新妻の前でやってもいいですか?」って言って。

最初、僕はわけがわからなくて、何かが変わって、「このシーンも使うのかな?」って思ったんですけど、そういうことではなくて、新妻の早藤に対する気持ちを引き出すためにやってくださったんです。

僕は風間さんから5mくらい先の場所に立たされて、そしたら、現場のスタッフさんも風間さんの意図を察したのか、本番のようにスタンバイしてくださったんです。だから僕は余計に「えっ? 何のシーン撮るの?」みたいに混乱したんですけど(笑)、そのときの風間さんが本当に劇中に出てくるくらいの温度感でお芝居をしてくださって。

そのおかげで、僕は「マジで早藤、嫌な奴だな。許せない」という気持ちになれました。やっぱり、僕の意識の中でどこかに早藤ではなくて、風間さんと思っていた部分があったんですけど、そこで100%の早藤と思わせてくださいました。

その後のシーンは、より自分が新妻に近づけた感覚でいられて、早藤や先生に対する熱を引き出してもらえました。すごくありがたかったです。

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――風間さんとは空き時間などに何か会話をされましたか。

風間さんは現場ではすごくドライでした。挨拶をしても頷くくらいで、距離を取られていることを感じていました。会話も全くないですし、僕には風間さんがピリピリしているように見えていたんです。「僕、嫌われているのかな?」と。

そしたら、撮影が全部終わった瞬間からいつもの風間さんになって、夢の国の話とか、飛行機のマイルの話とかをしてました(笑)。僕が風間くんを早藤だと思えるように、いろんな気遣いをしてくださっていたんですよね。

そのおかげで、僕はずっと緊張感を持っていられましたし、新妻が早藤に対して抱いているような、抵抗感や不信感を、僕自身にも植え付けてくださいました。

カットがかかった途端、普通にお話をしてくれるようになったことも含めて、優しさを感じました。裏で仲良くみたいなことはなかったけど、それゆえに感じた優しさでした。

――このあと、舞台挨拶などのイベントでお会いする機会もあると思いますが、何か聞いてみたいことはありますか。

「あれって何だったんですか?」って聞きたいこともあるけど、さっき言ったように自分で気付けたので。それを訊くのは野暮じゃないですか(笑)。

なので、聞きたいことというより、風間さんに一方的にしゃべってほしいです。「演技とは?」みたいな、講演会を開いてほしいです。今回の共演のあと、風間さんと奈緒さんが出演されていた舞台(『恭しき娼婦』)も観させていただいたんですけど、お二方とも本当にすごいなって。

どうやったらそんな演技ができるのか、4時間くらいかけて聞いてみたいです。一問一答とかではなく、いちからじっくり聞きたいです。

周囲の反応は?

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――本作に対してHiHi Jetsのメンバーはどのような反応をしてくれましたか。

撮影が2年前で、僕は富山にいたので、メンバーに「こういうことがあって」みたいに話すこともできていなかったから、今のところ反応はないです(笑)。けど、これから観てもらってどう感じてもらえるかは楽しみです。みんなのほうが俳優としては先輩になるので、どんな見方をしてくれるのかな?と。

――予告編が公開されて、周囲から反応はありましたか。

「映画おめでとう!」みたいな連絡はいただきました。佐藤龍我くん、(岩﨑)大昇や後輩からも来ました。ただ撮影が2年前だったから、撮影後に事務所に入所した人とかもいて、「いつ撮ってたんですか? いつ髪の毛黒くしていたんですか?」とかって言われたり(笑)。

あとは、お世話になったスタッフさんとかからも連絡をもらいましたし、親からは「そう言えば、まだ公開してなかったんだ」って言われました。

――予告だけでもとても引き込まれるので、皆さん、公開を楽しみにしていると思います。

僕自身、撮影中は自分が関わっているシーンしか見ていないから、試写で一つの作品としてつながったものを観たとき、全然違う印象になるんだなって思いました。すごく面白かったです。

撮影から期間が空いていたこともあって、「ここはこうだったな」とか、思い出すこともありつつ、新鮮に楽しめました。そこは三木監督のすごいところなのかなと思います。

性の加虐性や、トラブルを扱っている作品ではあるけど、そこだけをひたすら2時間かけて描いているわけではなく、もっと幅広い人間の様相を描いていて。性的なことだけではない女性観とか、友人との関係とか、早藤と美奈子の恋人関係とか、みんなが目をそらしたくなるようなことに斬り込んでいました。

観終わったあとはすごく感動して。主題歌のyamaさんの「独白」もすごく素敵だったし。「面白い」と表現していいことなのかは迷いますけど、とてもいいものを観させていただいたなという気持ちになりました。

俳優業にしっかりと臨んでいけたら

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――本作を経て、お芝居に対する印象に変化はありましたか。

この作品に臨むまでは、普段はグループ活動をしていて、他の4人がお芝居をメインにしていることもあって、「僕はバラエティを頑張ろう」と思っていたんです。

もちろん、今でもその気持ちもあるし、バラエティももっとやりたいんですけど、この作品を撮り終えてからは、「あれで良かったのかな?」とか、お芝居についてずっといろいろと考えるようになって。

それで、先日、完成作を観たときに、自分が取り組んできたことが形になったことに喜びを感じて、「これがもう少ししたら世に出て、大きなスクリーンで見られちゃうんだ」って思ったら、ものすごくうれしくなりました。

一方で、自分の演技に対しては「これはもっとこうしたほうが良かったんじゃないか」「ここはちょっと伝わりづらかったかも」とか、無限に反省点も出てきて、真剣にやればやるほど、こういう作業も楽しいんだろうなと。今まで向き合って来なかったからこそ、僕も俳優業にしっかりと臨んでいけたらいいなと思いました。

――大きな話題となるだろう作品ですしね。

猪狩蒼弥として、この作品に出演できたことはすごく光栄なことだったと思っています。まずこのキャストのラインナップの中に自分がいることがとてもありがたいです。僕の初の映画単独出演作がこれになると思うと、本当に素晴らしい機会をいただけたと感じます。

©2024「先生の白い嘘」製作委員会 ©鳥飼茜/講談社

――猪狩さんはご自身の弱さにはどのように向き合っていますか。

僕は理屈っぽいので(苦笑)、自分の中で分析して、理論立てて考えていきます。自分の弱さとか、嫌な所をとかを理解して、「じゃあ、こうしよう」と。なので、あまり自分の弱さを感じること自体がなくて、そこは新妻とは違うと感じるポイントですね。

自分の醜さは出したくないんですよ、絶対に。それこそ、こうやって表に出る仕事をさせてもらっているので、醜さを出すことは美徳だとは思えないです。

自分の「ここがダメ」とかがわかっているならば、あとは直せばいいだけだから。直すためにはどうしたらいいんだろう?ということを考えて、自分の中で解決していくことが多いです。

そもそも僕はポジティブだし、自己肯定感も高いので(笑)、「俺、ダメだ」みたいに感じることが少ないとは思います。

――それで言うと、本作の現場で感じたようなことは珍しいことだったんですね。

はい。なのでこの撮影をしていた時期は、自分の中の価値観とか、いろいろ変わっていきました。何となく自分の中で「俺はやれる」って思っていた部分があったけど、一歩、自分が知らない世界に入ってしまったら、井の中の蛙だったんだなと。

でもそれを知れて良かったと思うんです。知れたということは、以前の自分よりもパワーアップしていることは確実だから。というように変換していきます(笑)。

ただ、まだ映画が公開にはなっていないので、世に出たときに「いいね!」と言っていただけたら、「良かったな」って思えるけど、「猪狩、微妙だったんじゃないか?」ってなったら、それはへこむと思います(笑)。


センセーショナルなシーンもある本作ですが、猪狩さんが言うように「幅広い人間の様相」を描いていて、観ながら自分の倫理観についても考えさせられるような、決して他人事ではない物語になっています。

そんな中で猪狩さんが演じた「新妻祐希」は、思春期特有の“揺れ”がある人物で、その揺れがとても繊細に表現されていました。万人が心から楽しめる作品だとは言えませんが、新妻が灯す希望を糧としながら、観ていただけたらと思います。

作品紹介

映画『先生の白い嘘』
2024年7月5日(金)より全国公開

(Medery./ 瀧本 幸恵)

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