【6月29日付社説】裁判員制度15年/経験共有し参加機運醸成を

 多くの国民が参加の必要性を理解することで、司法に幅広い視点を取り入れる仕組みをさらに根付かせていくことが重要だ。

 殺人や強盗致傷などの事件の裁判で、くじで選ばれた裁判員が審理に参加する制度の開始から15年となった。この制度は、立法、行政、司法の三権のうち最も国民参画の度合いが薄い司法に一般の国民の視点や感覚を取り入れるために設けられた。

 裁判員裁判では、性犯罪が絡む事件の量刑がそれまでの同種事件より重くなった、介護問題と関わる事件では執行猶予が付くことが増えた―などの傾向が指摘されている。これは制度の狙い通り、国民の感覚が司法に反映された表れとみることができるだろう。

 最高裁によると、今年2月末までに裁判員と補充裁判員を務めた人は延べ約12万4千人に上っている。福島地裁(郡山支部を含む)でもこれまでに約1500人が裁判員などに選ばれている。多くの人たちが裁判に参加した意義は極めて大きい。

 課題は、裁判員の選任を辞退する人の割合が6割を超えていることだ。裁判員の辞退は学生や70歳以上の高齢者のほか、重い病気の場合や家族の世話をしなければならないなどの理由がない限り原則として認められないものの、実際にはさまざまな理由で辞退が許可されている。選任手続きを無断で欠席するケースもある。

 辞退や欠席が増えれば、裁判に参加したいと考える人が選ばれやすくなる。選ばれた裁判員が意欲的に審理に参加するのは歓迎されるべきだが、選ばれる人の資質や考え方に偏りが生じる恐れは否定できない。制度の多様な人の見識を取り入れるとの趣旨を満たすとはいえなくなるのではないか。

 辞退が6割を超えるのは、辞退できないとの原則が機能していないとみるべきだ。最高裁などは、候補者の辞退が減るよう、社会の機運醸成と並行して、制度の見直しも視野に入れる必要がある。

 国民の裁判員制度への参加意欲が低い背景には、裁判員について「大変そう」「面倒なのではないか」とのイメージばかりが広まっているとの指摘がある。裁判員には判決後も、裁判官と裁判員のみで行う量刑などの協議の内容などについては守秘義務が壁となって、裁判員の経験や感想が国民の間でほとんど共有されていないのは事実だ。

 被告や事件の被害者の人権に配慮しつつ、裁判員の経験をより具体的に知ってもらうための方策も考える段階に来ている。

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