新紙幣がキャッシュレス化後押し 肖像見納め?で「イチ万円札」は幻か

日銀は23年12月12日に新紙幣の発行開始日を発表(写真:時事通信)

20年ぶりの新紙幣の発行が7月3日に迫る。肖像は1万円札が渋沢栄一、5千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎に一新される。偽造防止が狙いで、国家予算の半分(60兆円)ともされるタンス預金の掘り起こしも期待されている。

「諭吉1枚」と数えられるように、まさに通貨の「顔」である肖像。だれが、どう選んでいるのか。

渋沢栄一は61年越し“復活当選”

製造元の国立印刷所によると、財務省、発行元の日本銀行とともに協議し、財務大臣が最終的に決める。品格や認知度が考慮されるほか、偽造防止に役立つ精密な写真を入手できる人物が適任。肖像入りの紙幣が初めて発行された1881年以降、明治以降の偉人を中心に18人が採用された。

ちなみに、渋沢栄一は61年越しの復活当選だ。1963年の千円札改刷で最終候補に残ったが、伊藤博文に敗れた。当落を分けたのは、ひげ。当時の技術で偽造されにくい複雑な顔立ちが妥当と判断されたようだ。

現行の福沢諭吉もひげはなく、新旧5千円札の津田梅子と樋口一葉は女性。偽造防止技術の向上とともに、肖像の選択肢は広がっている。ほぼ20年おきに刷新される紙幣。次代の「顔」にふさわしいのは、だれか。

LINEリサーチが「1万円札になってほしいと思う有名人」を尋ねたオンライン調査(2021年)によると、坂本龍馬がトップ。存命の有名人として、トップ10にイチロー(6位)と明石家さんま(9位)がランクインした。年代別で長嶋茂雄、北野武、タモリも名を連ねる。イチローは、過去の民間調査でも人気だ。

「デジタル円」構想で最後の刷新?

ただ、紙幣の刷新は「これで最後になる」(エコノミスト)との指摘も。なぜなら、ほかでもない新紙幣が、キャッシュレス化を後押しているからだ。

レジ、ATM、自動販売機といった機器は改修・交換が不可欠で、コストは1兆円規模と見込まれている。1台あたり数百万円にもなり、対応を見送って電子マネーやコード決済に完全移行する事業者も目立つ。

財務省の調査によると、発行までに新紙幣対応の機器に更新される割合は、飲食店の券売機や駐車場の精算機が5割、飲料の自販機が2~3割にとどまる。流通量自体も縮小し、3年間で製造する紙幣の枚数は20年前と比べて3割近く減る見込みだ。

「デジタル円」も現実味を帯び始めている。日銀は実用化を見据え、「従来以上に懸命に検討を続ける」(植田和男総裁)つもり。米欧の中央銀行や民間銀行とともにデジタル通貨(CBDC)による国際決済の実証実験にも参加する。

20年後を想像すれば、現金が出回る未来はパッとしない。とはいえ、肖像のない通貨も素っ気ない。イチローの肖像画を採用した「イチ万円札」は幻か。

(文:笹川 賢一)

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