“俳優”松村北斗に寄せる絶大な信頼感 『ディア・ファミリー』で徹した“寄り添う”演技

この人が出ている映画は絶対に観たいーーそう思える俳優というのが誰にとっても何人かはいるものだ。私にとってはそのひとりが松村北斗(SixTONES)である。これに対して激しく同意してくださる方は少なくないのではないだろうか。彼はさまざまなジャンルの作品に柔軟に適応してみせ、出演作ごとに自らのポジションをまっとうし、着実に飛躍を重ねている。そんな松村の出演作『ディア・ファミリー』が現在公開中である。

本作は、心臓疾患を抱えた娘を救うべく医療器具の開発に心血を注ぐ男・坪井宣政(大泉洋)と、その家族の愛の物語を描いたもの。松村が演じているのは、坪井が訪れる医大の研究医であり、のちに医師として坪井に手を差し伸べることになる富岡進だ。このキャラクターは寡黙でどこか冷めた性格の持ち主。医療に携わったことのない坪井が「人工心臓」をつくろうと奮闘する姿に対してドライな態度で距離を取るが、やがてはその執念に胸を打たれて協力することになる。この物語を描くうえで重要なキャラクターである。

とはいうものの、松村の出番は決して多くはない。初登場シーンでは主人公と絡むこともほとんどなく、ただ画面の中に存在しているだけ。いくらか言葉を発したかと思えば、坪井の物語(=人生)から早々に退場し、姿を見せなくなる。具体的な役どころを知らずに観たものだから、ちょっと驚いてしまった。冒頭に記しているように、本作を鑑賞する動機のひとつが「松村北斗を観たい」ということでもあったからである。

2024年は上白石萌音とダブル主演を務めた『夜明けのすべて』が公開され、国内外で賞賛を浴びているところ。この社会でうまく呼吸ができずにいる人々の姿を描こうというテーマ設定も素晴らしいが、そのひとつの側面を体現する松村の控えめな演技が絶品だ。2023年は岩井俊二監督の最新作『キリエのうた』が公開され、震災で行方不明となった婚約者を探し続ける青年・潮見夏彦を演じた。あまりにも大きな喪失感を抱え、立っているのもやっとであろう彼が言葉を絞り出す姿は、思い出すだけで涙と震えが同時に込み上げてくる。

松村は感情的な演技に走ることをしなかった。夏彦の全身から静かに溢れ出す悲しみは、やがて安全な観客席に座る私たちの胸にまで浸透。彼の内面の動きを情報として知るのではなく、まさしく“体感”させられたのだ。そんなことができる俳優は、いったいどれくらいいるだろうか。『夜明けのすべて』以前に上白石と夫婦役で共演した朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期/NHK総合)の雉真稔の演技にも近いものがあった気がする。

こういった演技者としての彼の稀有な才能に触れるために劇場へと足を運ぶわけだが、『ディア・ファミリー』の松村はここまでに挙げてきた作品たちとは異なる演技に徹している。この作品は坪井の人生だけを描いたものではない。彼とその家族の愛の物語を描いたものだ。坪井の医療器具の開発には、多くの人の支えがなくてはならない。彼の活動は、周りの一人ひとりの存在によって成り立つもの。この“支え”のうちのひとつが、松村が演じる富岡の存在なのだ。

本作でも松村は分かりやすい演技をしていない。出番が多くはないのだから、人によっては少しでも自分が出演した証を残そうと、工夫を凝らした演技を展開するかもしれない。もちろん、それだってありだ。そうした演技への取り組み、現場への参加の仕方によって、より作品全体が盛り上がることだってあるだろう。しかし、松村はそれをしていない。あくまでも坪井を支える人間のひとりとして、自然体で存在しているだけ。主演の大泉の演技に対し、寄り添うことに徹しているように思うのだ。

劇中に見られるのと同じように、これは俳優同士の、ひいては現場全体の信頼関係が前提としてあってこそ成立するものである。お芝居は相手がいるからこそ生まれる。他者を信じることーーそこから物語ははじまる。本作は俳優・松村北斗のキャリアにおいて、重要な一作だといえると思う。7月から放送が開始される『西園寺さんは家事をしない』(TBS系)はジャンルとしてはラブコメらしいが、果たしてどのような演技で魅せてくれるのだろうか。
(文=折田侑駿)

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