逆「ケタ違い」!? 『ブラック・ジャック』手術の請求額が百円以下だったエピソード

手塚治虫漫画全集『ブラック・ジャック』第5巻(講談社)

6月30日に実写ドラマの放送も控えている手塚治虫さんの名作『ブラック・ジャック』。本作の主人公で天才的な腕前を誇る外科医ブラック・ジャックは、患者やその家族に法外な治療費を請求することでも知られている。

しかし実はそれとは逆に、ブラック・ジャックがありえないほど安い金額で働いた例もある。根が優しく情に厚い彼は、なんだかんだタダ同然の報酬で良しとしてしまうことも少なくないのだ。

請求をチャラにしたり、お金以外のものでOKとしたり、タダ働きだったり……とさまざまなパターンがあるが、今回はその中から「百円以下の請求」があったエピソードを厳選して紹介していこう。

※記事内に出てくる巻数は秋田文庫版のものを指す。

■ブラック・ジャックの粋なはからい…「すりかえ」

8巻に収録されている「すりかえ」は、過去に赤ん坊のすりかえに手を出してしまった女性・平林エリ子のエピソードだ。3年前男の子を出産したエリ子は、偶然耳にした医師と看護師の会話からその子が難病にかかっていると知る。「たぶん一年ともたない」との言葉にショックを受けた彼女は、自分の赤ちゃんと他人の赤ちゃんをこっそりすりかえ、その子を息子として育ててきたのだった。

そんなある日、エリ子の所業を目撃していた看護師が、彼女に脅迫の電話をかけてくる。口止め料一千万円を要求されるも支払えないエリ子は、その看護師に訴えられて裁判に引っ張り出されることに……。

しかしそんな中、当時エリ子の分娩手術を担当したブラック・ジャックが現れ、衝撃の事実を明かす。なんと実は彼はエリ子のすりかえを目撃したあと、もう一度すりかえをおこない(つまり元に戻し)、そればかりか彼女の子の病を治すため手術までしていた。

要するに、エリ子が今まで大切に育ててきたのは、本来であれば一年も生きられないはずだった、れっきとした自分の息子だったのである。

そこまでの奇跡を起こしておいて、「なんて…お礼を申してよいやら」と言うエリ子にブラック・ジャックが請求したのは、「三年前のことだし」という理由で「百円ぐらい」。

あまりにも安すぎるが、そもそも裁判沙汰にまでならなければ、こうして請求したかどうかすらわからない。裁判に颯爽と現れる姿といい、明かされた真相といい、ブラック・ジャックの粋なところがよく表れたエピソードだった。

■四千万円が百円に!? 「ハローCQ」

11巻収録の「ハローCQ」で登場するのは、下半身の麻痺により車椅子生活を送る少年・ジュン。

彼は無線でニュージーランドに住む友人・トムと会話することだけを日々の楽しみにしていた。ふたりは実際に会ったことも顔を見たこともなく、そのためジュンは自分が才能あふれる野球少年のように振る舞っていた。せめて空想の中でくらい、足が悪いのを忘れたいというのだ。

そんなある日、トムが日本にやってくることに。ぜひ一度会いたいと言われ、このままでは嘘がバレてしまうと焦ったジュンは、母親の依頼を受けてやってきたブラック・ジャックに望みを託そうとする。だが四千万円という大金を請求され、泣く泣く諦めるしかなかった。

しかし、それからしばらく経ったあるとき、ブラック・ジャックが唐突に手術代を百円にまけると連絡してくる。信じがたい申し出に「おっそろしいインチキ医者だっ」と呆れるジュンの言葉には思わず笑ってしまう。

この大幅値下げの裏にはある人物が手術代の肩代わりをしたという背景があるので、最終的にブラック・ジャックが受け取る金額には変わりはないと思われる。とはいえ、あえて百円だけ請求するところが彼らしい……。

本エピソードにはこのあと素敵な展開が待っているのだが、ぜひその詳細は本編を読んで確かめていただきたいところだ。

■三人を手術して三十円!?「がめつい同士」

同じく11巻に収録されている「がめつい同士」は、ブラック・ジャックが治療費五千万を払おうとしない男・合羽を追い回すところから始まる。高利貸しである合羽は、今からひと仕事をして金を取り立てるのに成功したらきちんと支払いをすると約束した。

その後、合羽(と彼に付きまとうブラック・ジャック)が向かったのは、経営難に苦しむ工場主のところだ。あと三カ月待ってほしいと土下座する彼から、合羽は工場と家の権利書を奪い取る。ブラック・ジャックは、そのうち五千万円相当の工場の権利書を受け取った。

しかしその後、将来に絶望した工場主とその妻子がトラックに飛び込み心中を図る。偶然その現場に居合わせたブラック・ジャックは、自分も無関係ではないとの思いもあったのだろう、すぐさま応急処置に乗り出した。そして三人の手術をある程度済ませると、あとは病院に運ぶよう言い残して颯爽と去っていく。

やがて一家が運ばれた病院の人間がブラック・ジャックを見つけ出し、「診察費を請求していただきたい」と言っても、彼は「五十円」「高すぎるかね それじゃあまけて三十円」と驚きの金額を提示。驚く相手に「あんなもの 金をもらうほどの仕事じゃない」と言い残すと、またもクールにその場を立ち去った。

しかも去り際、ブラック・ジャックは自分が受け取った土地の権利書を「予防薬」として患者に渡すようはからい、ついでに合羽を言いくるめて家の権利書までおまけでつけている。結果として彼は何ひとつ受け取れていないどころか、損をしてさえいるのだ。

物語の展開が見ごたえたっぷりなだけでなく、ブラック・ジャックと合羽のやりとりや最後のオチにもニヤリとさせられる、実に秀逸なエピソードである。

今回紹介したもの以外にも、ブラック・ジャックが信じられない低報酬で働いたエピソードは数多い。場合によってはむしろ損をしているのでは……と思ってしまうケースもあるほどだ。自身の信念に従い多くの患者を救うブラック・ジャックの物語、請求額に注目しつつ読んでみるのも面白いかもしれない。

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