父と兄は開業医、世帯年収2,050万円のコネ持ち・恵まれた30代夫婦…7,000万円のマイホーム購入をやめて、堅実に暮らし続ける「まさかの理由」【FPが解説】

(※画像はイメージです/PIXTA)

日本銀行がマイナス金利政策解除で17年ぶりの利上げをしたことは大きな話題を呼びました。これにより、今後悲惨な状況に陥る人と、数年後に恩恵を受けうる可能性のある人に、二極化するかもしれないそうで……。本記事ではDさん夫婦の事例とともに、住宅ローンの金利上昇がおよぼす各家計への影響について長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

金利上昇で現れる悲惨な状況

日本銀行は2024年3月19日に金融政策の枠組みを見直し、政策金利を無担保コール翌日物金利としたうえで、金融市場調節方針の誘導目標を「0~0.1%程度」で推移するとしました。「先行き、基調的な物価上昇率が見通しに沿って2%に向けて上昇していけば、政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していく」としていて、これからの追加利上げが注目されています。つまりマイナス金利が解除されたということであり、これによって無担保コール翌日物金利が強く影響している住宅ローンの変動金利がこれから上がっていく可能性が出てきました。

住宅ローンの変動金利が上昇する――このことは私たち消費者にとって、住宅購入や住宅ローン返済にどう影響をおよぼしていくのでしょうか。

住宅ローンの変動金利が多少上がっても、毎月の住宅ローン返済におよぼす影響はさほど急激ではありません。変動金利での返済には「125%ルール」「5年ルール」が存在し、すぐに債務不履行となるようなものではないからです。多くの会社員にとっては、多かれ少なかれ昇給はするでしょうし貯金も増えていくでしょう。繰上げ返済をして現金を早くに減らしていくようにすれば、大騒ぎするほどの事態にはならないと思われます。

しかしそれはあくまでも「平均的な所得層」の会社員の話です。多くの人はしっかりと返済計画を立てて住宅購入をしたでしょうから、あまり心配はありません。

ところが現在の日本の住宅業界では、リスクを無視して住宅を買った人たちが大勢いるのが現実です。わずかな変動金利の上昇によって家を失いかねない人たちが存在するのです。キーワードは3つです。

・ローコスト住宅
・低所得
・ペアローン

金融の専門家が誰も指摘していない、住宅ローンの金利上昇によって始まることが予想される、悲惨な状況について解説していきます。一方で、このことが、平均以上の所得層の人たちにとってはチャンスにもなりえます。

ローコスト住宅とは

2000年代の初頭から、「日本の住宅は高すぎる」というようなキャッチフレーズを掲げて、格安住宅の供給が流行しはじめました。坪単価は30万円前後と破格。1,000万円を切るような商品まで登場しました。これは「ローコスト住宅」と呼ばれ、業界の常識を揺るがす一大分野として成長しました。価格を安くするために規格化を進め、建築コストを抑えるのが特徴です。ただしローコスト住宅には明確な定義はなく、価格が安いだけの低クオリティの建物もあれば、長期的な耐久性と性能がある程度は備わったものまで存在します。

当時、ローコスト住宅は「住宅にはそんなにお金をかけたくない」という新しい価値観の層に受け入れられたように記憶しています。人気の高級住宅地に大きなお屋敷を構えるのをよしとする価値観から、消費財として割り切り住宅ローンに縛られない自由な生活にしたいという価値観の変化でした。当時は「意識高い系」の購買スタイルだったのです。

ところが、このローコスト住宅、2010年代からは特に地方の中小規模の工務店に大きなチャンスとなりました。会社の規模に対して建築価格が高く、それを売れる営業マンの人材も乏しい中小工務店に対して、仕入れや商品化を含めた総合的な支援システムを提供する企業が増え始めたのです。

中小工務店もローコスト住宅を販売することが可能になり、爆発的に着工棟数を伸ばす工務店が出始めました。数人だった営業マンを数十人規模に増やし、その地域で着工棟数が大手企業を抜くような工務店も出現。それまで年間数棟しか販売できなかったような企業が200棟販売するというような変化でした。

多くの人が新築住宅を手に入れられるという社会的使命は果たした側面はあるものの、一方で問題が顕在化しはじめました。

「家を買ってはいけない所得層」までが家を買う事態に

土地込みで2,000万円程度のローコスト住宅を、世帯年収400万円の家庭に販売するような光景が増えていったのです。当然ながらそれらはペアローンを利用しています。2010年代は住宅ローン金利が固定金利、変動金利ともに下がっていた時期という背景もあります。夫の年収230万円、妻の年収170万円、子供2人という家庭にまで新築住宅を販売することもめずらしくありませんでした。銀行が融資さえ認めてくれたら、貯金も0円の家庭だとしても販売したのです。

ローコスト住宅を販売する会社は非常に多くの棟数を売りさばくため、金融機関、建材メーカーともに依存していくように。金融機関は最長40年~50年という返済期間の住宅ローンを販売しはじめ、ますます所得の低い層が買いやすい環境が整っていきました。

営業マンの倫理観も少々問題が生じはじめました。当時、FPとして「その方は家を売ってはいけない家庭ではないか」と筆者が指摘したところ、「数年後に自己破産したとしても、数年間は家族で新築に住めた思い出が残るからいいだろう」と言い放った住宅メーカー支店長さえいたのが印象的です。もちろん真摯な態度でローコスト住宅を販売する営業マンもいましたが、数多く売るためにさまざまな部分が少々雑になるのは、どの業界にも共通する実情でしょう。

FPが目撃した「自己破産予備軍」の住宅購入

FPとして「買ってはいけない人達」に対峙すると、ひどく無力感を覚えたものです。

・世帯年収500万円以下
・貯蓄ゼロ
・ローコスト住宅なら買えると思った
・自動車は残価設定ローンで購入
・消費者金融からの借入あり
・妻は「扶養の範囲内」にこだわる
・メンテナンス費用などランニングコストは想像できない
・金利の仕組みがわからない
・金銭面の不安を感じていない
・子供は大学進学を前提としているが奨学金は借りさせたくない

このような状況のなかではFPとして役に立つことはなく、アドバイスも求められていないというのが現実でした。家を買ってしまうと家計のキャッシュフローはギリギリ。しかし生活の質はいまよりも相当落とさなければなりません。食費を月に3万円で抑え、自動車を手放し、子供にスマホを持たせることもできなくなるのですが、支出の改善など一切しないままローン返済に突入します。

このような家計の状態で今後住宅ローン金利が上昇したらどうなるでしょうか。毎月の返済が1万円上昇することで、もっと苦しくなります。建物のメンテナンスをする貯金はないので劣化が激しくなり、建物の寿命を縮めてしまうでしょう。

この人たちの家計が破綻するのは、金利が上昇をはじめて5年を過ぎたころからです。月に7万5,000円だった返済が9万円となるころから、メンテナンス費用や火災保険、固定資産税などを支払えなくなり、子供の大学資金に窮し、家を手放すことになるかもしれません。自己資金ゼロのフルローンであるため、残債を残してしまうオーバーローン状態となります。

また2006年から2020年の期間において、「非大卒女性の離婚経験率」は「大卒女性の離婚経験率」の2倍~3倍あったとする研究もあります。ペアローンを借りている夫婦が離婚すると、やはり多くは家を失うことに繋がることはご存じの方も多いでしょう。

しかし、皮肉なことにこの状況を迎えたあとはこれから住宅を買おうとする人にはチャンスにもなりえます。

2030年空き家問題とともに始まる中古住宅価格の下落

2030年は団塊の世代(1947年~1949年生まれ)が相続の時を迎える時期です。日本で最も人口ボリュームの大きなこの世代が次世代にバトンタッチすることによって、生まれるのが「空き家」です。

野村総合研究所によると2030年には空き家率が30%になると予想されています。2024年4月30日に総務省が発表した空き家率は13.8%なので、今後急激な増加に向かうことになります。このことにより、住宅は完全な供給過剰に陥り住宅価格が下がっていくという予測されています。

さらに前述したような「ローン破綻層」の家が大量に放出されたら、さらに中古住宅は下落します。これらのことによって、2030年から先の住宅購入者にとって価値観が大きく変わる転換期を迎えるかもしれません。

ここで住宅購入を見送ったある夫婦の価値観の変化を紹介します。

30代、そろそろ家を買おうか…

<事例>

夫Dさん 33歳 会社員 年収1,700万円
妻Eさん 31歳 自営業 年収350万円
子供1人
預貯金3,100万円

DさんとEさんの夫婦は首都圏近郊に住んでいます。夫Dさんは外資系金融機関に勤務しています。妻Eさんは自宅を使って日中にネイルサロンを営む自営業です。

Dさんは年収1,700万円と高所得ですが、半分以上を占めるのがインセンティブ給です。基本給自体は多くはなく、営業成績によって収入が乱高下する仕組みです。妻Eさんのネイルサロンは固定客が多く売り上げは安定していますが、コロナ禍の初期に休業を余儀なくされ、コロナ前の売り上げまで回復できていません。

最近、夫婦で持ち家を買おうかという話題になることが増えました。現在は賃貸マンションに暮らしていますが、決して広くはなく、ネイルサロンと生活空間が同じであることなどから不便を感じています。できることなら、近隣で戸建ての家を買い、サロン用の部屋と専用の玄関を設置したいと考えています。ただし固定客がいる都合であまり遠くに移動はできません。徒歩で5分以内の場所で物件を探したいと思っていますが、駅近であるため、いい物件は7,000万円以上と高く、勇気が出ません。

一方、夫のDさんは自分の給料は長く続かないものと考えています。自分の父親と兄が開業医であり、そのツテを頼って営業活動をし成績を作っています。いわゆるコネ営業であるため、自分の実力とはいえないと冷静に判断しています。いずれ売れなくなるときも来るかもしれず、年収に対してあまり大きな気持ちにはなれません。堅実な考え方の持ち主です。

世帯年収は2,050万円です。不自由がない暮らしができていると自覚していますが、裕福とはいえないというのが夫婦で共通する感覚です。

自分たちにとって適正な住宅予算を知ろうと、FP事務所を訪れました。現状をFPに伝えたところ、FPからは予想外の質問が。

FPからの意外な問いかけ

「いま、急いで家を手に入れる合理的な理由ってありますか?」

そう言われると、ネイルサロンの問題と、あとは「そろそろ持ち家にすべきかな」というなんとなく持っている願望しかありません。

「住宅営業マンから、これから建材価格がもっと上がるし、いまが買い時ですと言われましたが本当なのでしょうか」と夫Dさんが言います。

「相場の問題は誰も予想がつかないはずです。確かに世界的な物価高ですから今後もコストが上がっていく可能性はあります。都心のマンションほどではありませんが、戸建て住宅も値上がりしているのは確かです。Dさんがお住まいの近隣では7,000万円から1億円弱というのが新築の相場のようですね」とFP。

「確かに、合理的な理由がなければそんな相場の買い物をするべきではありませんね」と妻Eさんが言います。

自動車のローンやフリーローンなどを借りていない夫婦なので、ペアローンであれば7,000万円以上の住宅ローンは融資されるでしょう。返済もおそらく問題はありません。子供を医学部に進学させたいという希望をもっていますが、この学費も難なく支払えるはずです。問題は巨額の借金をする合理的な理由や強い願望があるのかという点です。

「そう言われると価値観としては、この買い物は優先順位が低いです」

詳しく聞いていくと、妻Eさんにとってネイルサロンは集中力や視力の点から一生できる仕事とはいえず、40歳程度で終わりにするかもしれないとのこと。それであれば、子供が大学に進学したころにはいまの場所にこだわらず郊外に転居してもいいということです。

10年以上が過ぎたころに、郊外には安い中古住宅が沢山販売されていると予想できます。かつてのローコスト住宅も売却されている可能性があります。ローコストとはいえ性能面や耐久性で問題が少ない物件も多いので、それを現金で購入しリノベーションを施して住むことも選択肢のひとつです。団塊世代が住んでいて空き家になった物件であれば、築古ですが延床面積が比較的大きい場合もあるでしょう。
現金購入であれば金利は無関係です。

いまはあえて高い相場を追いかけず、子供の教育費に集中したほうがいいかもしれません。ネイルサロンは近隣に小さな貸店舗があるため、借りるという方法もあります。

「新築住宅を」「いま」どうしても買わなければならないというのは、もしかするとこれまでの日本の慣習的な思考かもしれません。新築住宅=得、というのも現在の日本の住宅価格ではそうとは言い切れません。価値観を少し幅広くしてみると、中古でも賃貸でも悪くないはずです。そして住宅マーケットを俯瞰してみるといずれ住宅価格が下がっていく要素の方が多いのです。新築住宅への信仰も急激に薄れていくかもしれません。

住宅購入をもっと多様な価値観で捉えるべき時期に来ています。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

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