『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』エース監督が再登板 クレア・キルナーが描く社会の閉塞

深夜、赤の王城をジェヘアリーズ王子暗殺の報せが駆け巡り、下手人を捕らえるべくキングズガードが召使たちを上階から階下、さらには薄暗い地下へと追い立てていく。人物の立ち位置や移動といったミザンスの演出で力関係と心理、そして社会構造を描写するクレア・キルナー監督の再登板だ。『ゲーム・オブ・スローンズ』から始まるシリーズの評価を決定づけた監督ミゲル・サポチニクが離脱した今、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』のエース監督は彼女と言っていいだろう。登場人物ほぼ全員が社会の上部階層に位置する本作において、庶民を交錯させてきた演出家である。シーズン1第9話では、王都の市民が追いやられるままエイゴン(トム・グリン=カーニー)の戴冠式へと集められ、翠装派のクーデターに歓呼の声を上げる衆愚が描かれていた。

シーズン2第2話でもまた民衆は踊らされている。幼子が命を奪われる凄惨極まりない出来事に王室が憔悴する中、王の手オットー・ハイタワー(リス・エヴァンス)はレイニラ(エマ・ダーシー)ら黒装派の正当性を弱めるべく、ジェヘアリーズ王子の国葬を行い、悲劇の母ヘレイナ(フィア・サバン)とアリセント(オリヴィア・クック)に葬列へ加わるよう進言する。果たして国葬の政治利用は黒装派の残忍性を世に知らしめ、沿道には怨嗟の声が上がる。ここでもカメラは王族の馬車から民衆を見下ろし続けるが、神経衰弱に陥ったヘレイナには王都に舞う哀悼の花びらが灰に見えている。シーズン2第1話でも「ネズミが怖い」と後の惨劇を予見するかのような発言をしていたヘレイナは、ターガリエン家に現れる予知者の血筋なのだろうか? 原作では王位継承者であるジェヘアリーズを守るため、次男を下手人に差し出す選択を行った末、正気を失ってしまっている。

分裂した王家が互いに年若い王子を殺めるという凄惨な事件によって、社会はその規範を喪失していく。捕縛された元王都の守人である暗殺者は拷問をチラつかされるや忠義をかなぐり捨て、あっさりと首謀者デイモン・ターガリエン(マット・スミス)の名を口にする。レイニラは夫の独断専行を断じるが、デイモンは悪びれるそぶりも見せない。シーズン2は全米脚本家組合のストライキ直前に脚本が書き上げられ、撮影が行われた。プロットを進める以上の役割を得ていない会話が散見される中、キルナーは俳優の芝居をじっくり撮ることでかろうじて緊張感を維持している(マット・スミスの瞬発力あふれる演技が素晴らしい)。

翠装派では、驚くべきことにクリストン・コール(ファビアン・フランケル)が権力中枢に深く入り込み始める。かつてレイニラに弄ばれ、騎士の誇りを汚されたと思い込んでいる彼は憐れな権威主義者と成り下がり、アリセントとの情事に溺れ、浅慮なエイゴンにへつらっている。キングズガード総帥の権力を使ってサー・アリック(ルーク・ティッテンソー)を脅迫すると、黒装派へと下った双子エリック(エリオット・ティッテンソー)に成りすまし、ドラゴンストーン島へ潜入、レイニラを暗殺せよと命令を下すのだ。騎士道に反する行いにアリックは苦悶するが、そのやり取りを見咎める同胞の姿はない。クレア・キルナー監督はあえて謀議を開けた場所で行わせ、次々と周辺人物を退場させることで、アリックの孤立と、権力者に逆らうことのできない社会の閉塞を描出している。

あくまで政治的解決を試みるオットーは、いよいよ開戦につながりかねないこの計画に怒りを禁じ得ない。狡猾な王位簒奪者に見える彼もまた歴代3人の王に仕え、王土の安定と平和を願う理想主義者であり、その志はターガリエン王朝で最も長い平和を築いた先々代ジェヘアリーズ王に仕えた故なのかもしれない。エイゴンは文官である祖父を放逐するや、いわば軍属であるクリストンを王の手に任命。世継ぎを産み、夫を看取ったアリセントはもはやお飾りに過ぎず、クリストンとの肉欲に抗うこともできない(人知れず涙を流す我が子に言葉をかけることすらしない)。キルナーは第2話において、権力者と平民というモチーフを何度も対比している。暗殺の標的が自分であることを悟ったエイモンド・ターガリエン(ユアン・ミッチェル)は年重の娼婦の胸に癒やしを求めるが、「王子が理性を失うと、別のところに火の粉が飛ぶ」という名もない彼女の言葉こそが、最も的を射ている。

かくしてサー・アリックはレイニラ暗殺の密命を帯び、ドラゴンストーン城へと潜入する。前回記事でも触れたが、『ゲーム・オブ・スローンズ』に比べ脇役を膨らませられていない本作では視聴者がアリックとエリックを見分けることはおろか、どちらがどの派閥に属するかも判然としない。しかしクレア・キルナーは迷路のような城内に2人を歩かせ、激しい剣戟で何度も立ち位置を入れ替えさせると、もはやレイニラにも把握できない状況を作り出す。一方が倒れるや、残った者は懺悔の言葉を口にし、自害する。後には権力に翻弄され、愛する兄弟を手にかけた無念しかないのだ。

レイニラの危機を知ることもなく、不和を抱えたままデイモンはどこへ向かったのか? 彼がドラゴンを向けたのはハレンの巨城。ターガリエン家がウェスタロスを征服する以前、“暗黒王”と呼ばれた暴君ハレンが自らの威容を誇るために建造した城である。大陸のほぼ中央に位置する七王国最大の要衝であり、ハレンは征服王エイゴン1世にも怯むことなく籠城したが、ドラゴンによって一夜にして一族郎党と共に焼き殺され、後には巨大な城郭だけが残ったとされる。ここを占拠することで黒装派は戦略上の優位を得ることができるのだ。陰惨な暗殺劇の応酬によって、ついに“双竜の舞踏”の戦端が開かれようとしている。

(文=長内那由多(Nayuta Osanai))

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