エミネム新曲「Houdini/フーディーニ」完全解説

2024年5月31日にリリースされたエミネムの新曲「Houdini」。自身の過去を歌詞や楽曲、MVでサンプリングしたこの楽曲は、2013年に全米1位になった「Monster feat. Rihanna」以来の好成績となる全米2位、客演なしだと2010年の全米1位「Not Afraid」以来となる実績となっている。

この楽曲について、楽曲対訳も担当したライター/翻訳家の池城美菜子さんによる解説を掲載。

<YouTube: 【和訳】エミネム - Houdini / Eminem>

切れ味が鋭すぎる新曲

エミネムがまたやってくれた。より正確には、やらかしてくれた。今夏に出す通算12枚目のアルバムの先行シングル、「Houdini」の内容とミュージック・ビデオの切れ味が鋭すぎるのだ。新しいアルバムのタイトル『THE DEATH OF SLIM SHADY (COUP DE GRÂCE)』を訳すと、「スリム・シェイディの死(最後の一撃)」となる。

「スリム・シェイディ」は90年代半ば、ファースト・アルバム『Infinite』が不発に終わったときに怒りから生まれたエミネムのオルター・エゴ(別人格)。ブルーネット(黒~茶系)の髪を金髪に染めてスリム・シェイディとなり、苦労した生い立ちや呪い、悪口を詰め込んだ1999年の『The Slim Shady LP』でインタースコープ・レコードからメジャーデビューした。

白人であるため冷遇されていたのを、師匠ドクター・ドレーに才能を見出され、彼のアフターマス・エンターテイメント所属のラッパーとして、ヒップホップのみならず世界的な問題児/スーパースターとなったのは広く知られる。それから、四半世紀。ラップ・ゴッドとなったエミネムはいま、化身でもあるスリム・シェイディを葬ろうとしているのだろうか?

 

フーディーニとはだれか?

本稿では、「Houdini」のリリックとミュージック・ビデオを解説する。まず、タイトルのハリー・フーディーニについて。19世紀末から20世紀初頭まで活躍した、ハンガリーのブダペストから幼少期にアメリカに移住したユダヤ系の奇術師である。

何重にも巻かれた手錠を外して脱獄したり、中国の水責めの拷問機から脱出したりと、けた外れの奇術を見せて「脱出王」と異名を取った。生前から話題作りも得意で、死後も知名度が高いまま。アメリカのポップ・カルチャーにおいて、「フーディーニ」は「跡形もなく消える」とほぼ同意義だ。

じつは、エミネムと近い時期にデュア・リパも同タイトルのシングルを出した。こちらでは、男性に「目の前からパッと消えるかも」と歌いかける。フーディーニはヒップホップのリリックにも頻出し、スペルちがいのフーディーニ(Whodini)というニューヨークのグループも1980年代から活躍している。

ちなみに、彼らの1984年のヒット「Friends」はNasとローリン・ヒルの1996年の名曲「If I Ruled the World (Imagine That)」に大々的にサンプリングされている。

奇術師フーディーニとエミネムの共通点は何か。1926年10月22日、フーディーニは「腹部を強く殴られても耐える」芸を見せたのが原因で、1週間後にミシガン州デトロイトで逝去した。享年52。エミネムはデトロイトを代表するラッパーであり、現在52歳。そこに引っかけた曲なのだ。

さらに、フーディーニは、19世紀に大流行りした心霊術を見破るサイキック・ハンターでもあった。自身は人間離れした技を見せつつ、他人のトリック(エミネムの場合は虚勢)を見破る点も、よく似ている。

 

2002年「Without Me」のセルフパロディ

エミネムの「Houdini」は、4作目『The Eminem Show』(2002)のリード・シングル「Without Me」のセルフパロディである。ひとつ前の3作目『The Marshall Mathers LP』(2000)は「The Real Slim Shady」や「Stan」など代表曲が収められ、最終的にダイヤモンド・セールス(1,000万枚)を記録したモンスター・アルバムとなった。

その続編として期待とプレッシャーがかかっていた『The Eminem Show』は、成功を手にしたエミネムに寄せられる嫉妬と批判に応える内容が目立った。サウンドは、よりロックに寄ってヘヴィーに。『The Marshall Mathers LP』よりポップでないのは、2001年9月11日の同時多発テロ事件を受けて暗くなっていた世相を反映したからだろう。

「Without Me」は頭から「guess who’s back? (誰が戻ってきたと思う?)」とスリム・シェイディの帰還を宣言。パンチラインは「’Cause we need a little controversy/’Cause it feels so empty without me (ちょっとした論争が欲しいよね/俺がいないと空っぽで物足りないくせに)」である。これがコミック調のミュージック・ビデオとともに大ウケ。

当時、高視聴率を誇っていたつかみ合いのケンカが売りのトーク・ショーを模し、よく引き合いに出されたエルヴィス・プレスリーをコケにした描写から、ユダヤ教の宗教指導者ラバイからローマ法皇、日本の力士まで登場させる。

その一方、最初の芸名B-ラビットを模したうさぎの着ぐるみを出し、自身もまぬけなスーパー・ヒーロー、ラップ・ボーイに扮してドクター・ドレーが運転するスポーツカーに乗り込む。この頃から、自虐が上手なラッパーだったのだ。クライマックスでは、オサマ・ビン・ラディンとエミネムの地元の仲間のユニット、D12の面々が一緒に踊るありさま。

リリックでの口撃も容赦ない。ボーイバンドのイン・シンクのクリス・カークパトリックから、ラップ・ロックのリンプ・ビズキット、ダンス・ミュージックのモービーまで槍玉にあげる。全員、エミネムと揉めた相手だ。カークパトリックは以前、エミネムがイン・シンクをリリックに入れたときに言い返したため、元は仲が良かったリンプ・ビズケットは敵対していたエヴァーラストのエミネムへのディスソングに参加する噂を聞いたため、モービーもエミネムのリリックの子供への悪影響についてインタビューで触れたため。とくに、モービーへの反撃では剃髪とセクシャリティについて言及したため、ひんしゅくを買った。

 

2024年の敵はポリコレ

22年が経ち、ポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)が浸透して、特定の人々を攻撃するリリックは減った。ヒップホップにおけるミソジニーは、女性全体ではなく身持ちの悪いタイプなら貶めても大丈夫との条件付きになっただけで、あいかわらずだ。

そこに、なんでもコケにする悪ガキ、スリム・シェイディが出て来たらどうなるか。彼がタイムトラベルで20年後の世界にやってきて、いまのエミネムと対面するミュージック・ビデオのコンセプトが秀逸だ。表現の自由とポリコレの風潮を都合良く使い分ける、現在のダブル・スタンダードの危うさを風刺しつつ、自分自身や周りの人までディスって笑いを取る。

 

楽曲完全解説

ミュージック・ビデオの流れに添いつつ、リリックと聴きどころを解説しよう。

まず、イントロ。これまでもたびたび曲に出てきた、エミネムの敏腕ビジネス・マネージャー、ポール・ローゼンバーグが「アルバムを聴いたよ、せいぜいがんばるんだな。もう面倒見きれない」と突き放すシーンから始まる。12作目となる新作『THE DEATH OF SLIM SHADY (COUP DE GRÂCE)』のリリックが問題だらけで炎上必至、尻拭いはできないぞ、と言っているのだ。かなりひねった煽り方だ。

次のシーンでは、ドクター・ドレーがCNNならぬENNの昔のスリム・シェイデイ(エミネム)が徘徊しているニュースを伝える。アルファベットの「E」の反転も、昔からスリム・シェイディの目印だ。

シェイディはなぜか「手造りこんにゃく」と「居酒屋 ケンカ」との日本語の看板がある所に降り立つ。マンハッタンのイーストヴィレッジに同じ名前の居酒屋があるので、おそらくニューヨークだ。そこで、自撮りをしている昔のパリス・ヒルトン似の女性やVRを楽しんでいる男性を目にして驚く。

「guess who’s back, guess who’s back (戻ってきたのは誰 戻ってきたのは?)」との「Without Me」と同じコーラスに合わせ、22年前同様、ユダヤ教の宗教的指導者ラバイや法皇とともに、スヌープや50セント、D12のミスター・ポーター、ロイス・ダ・5-9など仲間がカメオ出演し、シェイディはブレイク・ダンスを、エミネムはTikTok風のダンスをやって見せるが、どちらも下手だ。

 

ファースト・ヴァースのポイント

still a white jerk
pullin’ up in a Chrysler to the cypher
with the vic’s, percs and a Bud Light shirt
いまだに厄介者の白人
クライスラーでサイファーに乗りつける
オピオイド系の鎮痛薬とバド・ライトのTシャツでね

ファースト・ヴァースでは自分は悪魔の子どもだと宣言。昔の自分と変わらず、ラリったままビール会社が配るTシャツを着てアメリカの大衆車、クライスラー製の車で輪になってフリースタイルを披露し合うサイファーに乗りつける、とラップ。徹底的に韻を踏むスタイルもあいかわらず。

仲間のカメオ出演も続き、エミネムのシェイディ・レコーズと契約しているイーズ・ミルとレジェンド・プロデューサーのアルケミストが登場。エミネムの交友関係を押さえているファンには嬉しい人選だ。

if I was to ask for Megan Thee Stallion if she would collab with me
would I really have a shot at a feat?
もしミーガン・ザ・スタリオンにコラボを頼んだら
俺は足元を狙ったりするかな?

まず、最初の「言い過ぎ」ライン。2020年、ミーガン・ザ・スタリオンはトリー・レーンズに足を撃たれた件でニュースになった。事件が発生した1ヶ月後に名前を公表したため、信憑性を疑うラッパーもいるが、レーンズは10年の実刑判決を受けた。

エミネムとミーガンはこれまでもお互いのフローをまねたり、名前を出したりしてきた間柄。レーンズに加勢したドレイクたちとはちがい、エミネムは「フィーチャリング(feat.)」と「足(feet)」を引っかけているだけで、ミーガンを貶す内容ではない。

 

サンプリングが効果的なコーラス

Abra-abracadabra
(and for my last trick) I’m bout to reach in my bag, bruh
アブラアブラカダブラ
(最後のトリック)俺は懐に手を伸ばす

コーラスは1966年に結成されたスティーヴ・ミラー・バンドのヒット曲「Abracadabra」(1982)をサンプリング。「アブラカダブラ」は英語圏では有名な魔術のおまじないだ。ロックの殿堂入りをしているブルース・ロックの長寿バンドのフロントマン、スティーヴ・ミラーは今回のエミネムによる起用に好意的だ。よく知られている曲をコーラスに使うことで、耳なじみが良くなっている。

 

クズっぷりを宣言するセカンド・ヴァース

My shit may not be age appropri
Ate but I will hit an eight year old
in the face with a participation trophy
俺の曲は年相応ではないかも
参加賞のトロフィーで8歳児を殴るかもよ

ふたつめのヴァースの頭では薬物中毒で、参加賞のトロフィーで子どもを殴るようなクズに戻った、とラップする。ここは文字通りではなく、昔の自分のメンタリティに戻って作った曲という意味だ。中年に入り、「もっとも売れた、偉大なラッパー」と称賛されがちなエミネムは、自分は本質的にクズなんだけど、と混ぜっ返しているのだ。

when you debate who the best but ops
I’m white chalkin’ when
I step up to that mic cock it then
“oh my god its him…not again”
史上最高のラッパーが誰か揉めてる間 残念でした 
白チョークで死体を囲むため
俺はブースのマイクに向かってる
「何てこった また奴かよ 勘弁してよ」

アメリカ人は「史上最高のラッパー」のランク付けが大好きだ。近年はメディアだけでなく、有名ラッパー自身が選んでSNSに投稿して盛り上がった。エミネムはその流行りよりも、自分はほかのラッパーを言葉で殺すために曲を作っている、とラップする。

「白チョーク」を動詞にしているのがポイントで、彼がマイクを握ることはほかのラッパーの死体の位置を示すための白線を引くのと同じ、という意味になる。と言いつつ、エミネムはこの質問を受けると毎回、きちんと答えるので好きなトピックなのだろう。

ちなみに、レッドマンやビッグ・ダディ・ケーン、アンドレ3000、LLクール・J、ジェイ・Zあたりは外さず、最近、聞かれた際は加えてケンドリック・ラマー、J・コール、ビギー、2パック、リル・ウェイン、それから自身を挙げていた。

 

本音満載のブリッジ

Sometimes I wonder what the old me’d say
(if what) if he could see the way shit is today
(look at this shit man) he’d probably say that everything is gay
(like happy) what’s my name, what’s my name?
時々思うんだ 昔の俺ならなんて言うかなって
(もしもさ)いまの世の中を見たら
(ひどい有様)全部ゲイっぽいって言うだろうね
(大喜びでさ)俺の名前は? 俺の名前は?

ブリッジは本音満載。Say, today, gayで韻を踏みながら、配慮が行き過ぎたいまの世の中を昔の自分に戻って「言い過ぎ」ワードを投入している。最後の「what’s my name?」は、大ヒットした出世作「My Name Is」へのオマージュ。

 

もっとも過激なサード・ヴァース

bumpin’ R. Kelly’s favorite group the black guy pee’s
in my Air Max 90’s/ white t’s walkin’ parental advisory
my transgender cat’s Siamese
identifies as black, but acts Chinese
R・ケリーのお気に入りグループは黒人のおしっこ
エアマックス90と白Tで保護者要注意シールを踏みつぶす
俺の猫はトランスジェンダーのシャム
黒猫を自認しているけど 中国系のふり

「言い過ぎ」ラインが炸裂するのが3つめのヴァースだ。引き合いに出すのは、性犯罪で30年の禁固刑を言い渡された元キング・オブ・R&B、R.ケリー。彼のヒット曲「Bump N’ Grind」とセックスビデオの内容に、人気グループのブラック・アイド・ピーズを引っかけている。白いTシャツとナイキのエアマックスを身につけ、CDに保護者要注意シールが貼られた00年代と同じくらい過激なままだと忠告する。「トランス・ジェンダーのシャム猫」は、もっとも行き過ぎを指摘されている箇所だ。

cancel me what? Ok that’s it go ahead Paul quit
snake ass prick, you male cross dresser, fake ass bitch
and I’ll probably get shit for that
(watch) but you can all suck my dick, in fact
fuck them-fuck Dre, fuck Jimmy, fuck me, fuck you,
fuck my own kids they’re brats (fuck ‘em)
俺をキャンセルするんだ? わかった ここまでだ やれよ ポールも辞めたし
卑怯者 女装家 偽物の腰抜け
自分に跳ね返ってくるだろうね
(見てて)お前ら全員 俺のをしゃぶってろ 
くそったれ くそったれのドレー くそったれジミー 俺もお前もくそったれ
俺の子供たちはくそったれのドラ娘(くそったれ)

キャンセルされる覚悟と、冒頭で辞める宣言をしたポールを罵りつつ、それでも言いたいことは言うと強がる。興味深いのは、歌詞だけだとポールを女装家と呼んでいるように取れるが、ミュージック・ビデオでは女装をしているのがエミネム本人なのだ。

敬愛するドクター・ドレーも、インタースコープの創設者、ジミー・アイオヴィンも、自分自身もファンも子どもたちまでも罵って締める。

本人がそうしろ、と煽っているように「言い過ぎ」ラインを取り出してエミネムに反発するのは簡単だし、R.ケリーのように事件の詳細を思い出すと笑えない箇所もたしかにある。

その一方、「woke」の流れに気をつけ過ぎて、ほかの人の言動をしばりすぎる風潮は息苦しくないか、偽善ではないのか、という問いの意図もよくわかる。それを、エミネム本人と長年組んできた、ソングライターのジェフ・バスとプロデューサーとルイス・レスとともにメリハリのある曲に仕上げ、きっちりヒットさせているのはやはり、すごい。

もっとも解説が必要なのはこの締めだろう。

‘cause you’re never gonna see me
caught sleepin’ and see the kidnappin’ never did happen
like Sherri Papini, Harry Houdini
I vanish into thin air as I’m leaving
俺は隙を見せない
眠っている姿とか あの誘拐も起きてないし
シェリー・パピーニやハリー・フーディーニみたいに
去り際に消えてやる

シェリー・パピーニは、2016年に狂言誘拐を仕組んで全米を騒がせた女性。フーディーニはすでに説明したが、アルバムの副題にある「coup de grâce(クープ・デグレース)」はフランス語で最後の一撃、情けの一撃を意味する。痛みに長く苦しまないよう、とどめを刺すことだ。エミネムが一気に殺すのはスリム・シェイディなのか、シェイディを受け入れない世相なのか。

また、「眠っている姿を見せない」は「隙を見せない」という慣用句と、社会で起きている事柄に気がついている、意識が高い人々を指す「woke」を引っかけているように思う。過激なリリックで知られるエミネムだが、人種差別にかんして敏感なのは事実だ。

 

引退説とミュージック・ビデオのオチ

オルター・エゴの死をタイトルにしているためエミネム自身の引退節まで出て来ているが、彼がくり返しラップしているトピックのひとつに、「第一線に立ってラップの技術を磨くことしか興味がない」がある。

この曲でも「and you know I’m here to stay  (俺がずっとここに留まるのはわかってるだろ)」と念を押している。筆者は、プロサッカーの三浦和良選手と同じくらい、現役にこだわっているのがエミネムだと思っている。

ミュージック・ビデオに話を戻そう。中盤、「Without Me」同様、ラップ・ボーイになってよろよろと屋上によじ登ったエミネムは、スリム・シェイディと対峙する。このときの吹き出しは「すべてを台なしにしようとする昔の俺」である。

マイクを突き出して衝突した二人から、ハイブリッド形態の金髪と茶色い髭のモンスターが出現。次のシーンは「The Real Slim Shady」(1999)へのオマージュ。自分のリスナーを同化させるパワーがあることを見せている。

オチでは、同じヘアスタイルの眉の色のコメディアン、ピート・デヴィッドソンが登場する。デヴィッドソンはこれまで、サタデー・ナイト・ライブ(SNL)でエミネムの曲をパロディ化している。

「Without Me」のパロディではジャック・ハーロウと一緒に『マトリックス』と『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』をマッシュアップ。「Stan」のパロディと、デヴィッドソンのSNL出演最終回にはエミネム本人が出演した。つまり、仲がいいのだ。

デヴィッドソンは2023年に危険運転で民家に乗り上げる事故を起こしているので、「免許を取り直したばかりなんだよね」の一言はブラックジョークだ。

これまでも、エミネムはたびたびスリム・シェイディを復活させ、最下層育ちの悪ガキキャラで言いたい放題をしてきた。前述した理由で引退する可能性は低いし、スリム・シェイディでさえ完全に消滅させるとは考えづらいが、最新作は風刺が効いた内容になりそうではある。

これまで同様、彼を嫌ったり不快感を表したりする人もいるだろう。だが、ここで考えたいのは彼の過激なリリックにたいして、なぜ四半世紀前よりも世間が寛容なのか、という点。スーパースターに甘いという理由よりも、エミネムことマーシャル・ブルース・マザーズ本人が道義を守る、じつは「いい奴」であるのがバレているからだと筆者は思う。

 

“いい奴”エミネム

たとえば、ファースト・ヴァースに出てくるクライスラー社は、地元デトロイトを代表する自動車の会社である。2011年に経営不信で喘いでいた際、エミネムがCM に出演して話題をさらい、イメージと株価の上昇に貢献した。代表曲「Lose Yourself」のインストとともにNFLのスーパー・ボウルで異例の2分間に渡って流れた、高級車のクライスラー200のCMは、いま見ても十二分にかっこいい。

また、「Houdini」の曲中で「ドラ娘」と呼んでいる3人の子どものうち、実子はヘイリーだけだ。一番上のアレイナは2回結婚と離婚をくり返したキムの双子の姉が産んだ子どもであり、エミネムの姪にあたる。最年少のスティーヴィーも、キムとほかの男性との子どもだ。ちなみにスティーヴィーはノンバイナリーを公言して、「they」を使っている。エミネムが父親としての役割を重視しているとリリックやインタビューで伝えてきたのも、ファンならよく知っている。

こう書きながらも、今夏に出ると噂されている『THE DEATH OF SLIM SHADY (COUP DE GRÂCE)』での過激なリリックを前に眉をひそめ、この記事でほめ過ぎた、と後悔する可能性が頭をよぎる。それを含めて、とても楽しみだ。

Written By 池城美菜子

© ユニバーサル ミュージック合同会社