【6月30日付編集日記】うそ

 「全てのクレタ人はうそつきである」とクレタ出身の哲学者エピメニデスが言った―。全てのクレタ人がうそつきだというのであれば、エピメニデスもその一人。もしも「全ての―」が真実であれば、彼は本当のことを言っていることになり、それと矛盾する

 ▼彼がうそをついていると考えても、解釈が難しい。発言が虚偽であれば、全てのクレタ人はうそをつかないと捉えることもできる。しかしその場合も、クレタ人の彼がうそをついているので、「全ての―」の部分が真実ではないことになる

 ▼最初に登場した旧約聖書以来、この言葉は多くの人を悩ませてきた。古代ギリシャでは、その意味を考え過ぎて命を落とした哲学者の墓碑に「うそつきがわたしを殺した」と刻まれたという(山岡悦郎「うそつきのパラドックス」海鳴社)

 ▼米大統領選で戦う2人のテレビ討論会は、互いに相手の発言を「うそだ」と批判する泥仕合。もし、うそつきと指弾された人が「彼はうそつきだ」と言ったら―との問いが頭に浮かんだ

 ▼このいずれかが世界に大きな影響を及ぼす大国の指導者となる。考え過ぎるまでもなく、どちらが勝っても今後の世界がどうなるか心配―。これはうそになるまい。

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