【解説】保護者による「再調査要請」で発覚…世田谷区保育士“虐待”事件 ハワイで“虐待の真実”のため闘う母は

東京・世田谷区の認可保育園で働く保育士の女(26)が、園児の男の子の髪を引っ張ったり、踏むなどの虐待行為をした疑いで逮捕された事件。逮捕された佐久間清来容疑者は、「イライラしていた」と容疑を認めた。取材を進めると、逮捕に至るまでには、保護者から“再調査の訴え”があったことがわかった。

さらに、アメリカの保育施設でも、我が子への虐待に気がつき、何度も声を上げることを余儀なくされた母親に「真実を知るために戦う理由」を聞いた。

園は当初「虐待行為確認できず」 保護者が“再調査”要請

6月25日に暴行容疑で逮捕された佐久間清来容疑者。園に通う男の子の髪の毛を“体がのけぞるほどの強さで”引っ張ったり、昼寝中に足で踏みつけたりする虐待行為を行っていたという。今回の事件が発覚したきっかけは、保護者が、男の子の手に「あざ」があるのを発見したことだった。何があったかのを聞くと、男の子は「髪の毛を引っ張られた」と話したという。

私たちは、世田谷区の子ども・若者部保育課がまとめ、区議会に報告した経緯内容を入手した。経緯報告よると、保護者は5月13日に世田谷区に「5月9日の昼寝の時間に身体的虐待があった」と通報した。区はここで初めて事案を把握し、園を訪問して事実確認とその報告を求めた。翌14日、施設長が防犯カメラの確認や園職員のへのヒアリングを実施したが、園は、保護者が訴えた「5月9日には虐待行為は確認できなかった」と回答し、15日にその内容は保護者に伝えられた。

2週間ほど経った27日と29日、保護者は再び区に連絡。「その後も保育園や運営法人に対して再度調査してほしいと伝えているが、誠意ある対応がない。保育課からも法人へ誠実な対応をするよう働きかけてほしい」、「区などの第三者に防犯カメラを確認してほしい」と要望した。

その後5月30日、運営法人が全職員へのヒアリングを行ったところ、「5月7日に虐待行為があったのではないか」との証言があったと報告。その後6月に入ってから、防犯カメラを確認し、区としても虐待行為を確認したという。

もし保護者が再調査を求めなかったら…

区が6月17日時点でまとめた資料には「保護者が訴えた5月9日とは別の日である、5月7日に虐待行為があったことが確認された」と結論づけられている。この文章は、「保護者が虐待の日付を“勘違い”したため、最初の調査で虐待行為が確認できなかった」と読み取れる可能性がある。

しかし、警視庁が立件した佐久間容疑者の逮捕容疑は「5月7日に髪を引っ張ったり、腕を強く引っ張る行為』と「5月9日の昼寝の時間に足で踏みつけるしぐさ」だった。つまり、7日・9日「両日」だったのだ。保護者が当初訴えた、「5月9日」は保護者の勘違いなどではなく、警視庁が「両日」の虐待の行為を確認し、立件に至ったと言うことでる。

世田谷区がまとめた経緯資料の「5月9日は確認できなかった」と回答したことは、どういう意味を持つのか。もし保護者が再調査の依頼をしなければ、被害園児、もしくは別の園児への虐待行為は続いていた可能性もある。

ハワイの保育施設でも虐待 家族が見た75時間の映像

保護者が何度も声を上げなくては、明るみに出ない保育施設での虐待行為。日本から遠く離れた海外でも似たケースがあった。

アメリカ・ハワイに当時住んでいた、ケイト・クケンダルさんは、2022年、1歳半(当時)の娘のイザベラちゃんの体に複数のあざがあるのを見つけた。イザベラちゃんがその保育施設に通い始めて間もない頃だった。

ケイトさんは警察に訴え出たが、当局は「証拠が揃っていない」などの理由で、捜査に動かなかったという。証拠を集めるため、家族は園の防犯カメラ映像を要求。その後「閲覧」が認められ、75時間にわたるビデオを家族自ら視聴し、確認した。そこには、イザベラちゃんは保育園のスタッフに、体をつねられ、たたかれ、激しく揺さぶられるなどの数々の虐待行為が記録されていた。さらに、虐待は複数のスタッフによるものだった。

しかし当初、防犯カメラは家族にすら提供が許されず、家族が75時間分の「閲覧」して記録を取り、書類を作成するなどの作業を重ね、捜査を開始するよう当局に働きかけた。結局、捜査に動きだすまでには半年もの時間がかかったという。その後、今年に入って、2人のスタッフの女が訴追され、禁錮刑を言い渡された。女らは裁判で、「人手が足りなかった」「イザベラちゃんが泣き止なかった」などと述べた。

「どんな子も“虐待保育士”の手に渡さない」

信頼していた保育のプロに預けたにも関わらず、愛する我が子が傷つけられ、それを訴え出ても、「事実はない」「証拠がない」という反応。それでも声を上げ続け、真実にたどり着いた。国も違えば、捜査のスピードは違うものの、クケンダルさんに世田谷区の事件のことを伝えると、親族を通じてFNNにこうコメントを寄せた。

「このお子さんと家族が(虐待を)経験したと聞いて、とても残念に思います。しかし、保護者の方が、答えと真実を得るために闘ったということは素晴らしいことです。(虐待があった)保育施設に子供預けてしまった事実に罪悪感を抱かないようにするのはとてもつらいことだし、自分の子どもに何が起こったのかを知るために戦わなければならない現実は、孤独なことです。
当局は、私たちが(事実を知ることに)疲れて、ただ前に進むことを望んでいたと思います。でもそうすると、誰も責任を負わず、変化をもたらすこともありませんでした。簡単なことではありません。しかし、自分の子供のために正義を貫き、すべての子供を、虐待をするような保育士の手に渡さないことは価値があることです」
(執筆:社会部警視庁キャップ・中川眞理子 取材:警視庁クラブ 北山茉由)

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