スペイン代表が披露した“新しいティキタカ”。実は否定的な意見も多かった黄金時代の戦術とは異なり...【現地発コラム】

イタリア戦の翌朝、スペイン代表のパフォーマンスを称賛する多くのメッセージや電話を受け取った。その中で最も気に入ったのが、アレックス・グリヘルモによる「パイソン付きのティキタカ」という新ネーミングだった。

パイソンとはニシキヘビの一種。獰猛さを備えたティキタカといった意味だ。スペインがEUROで展開している新しいサッカーを巡る議論が白熱する中、思いついたというが、さすが言語学者と言える洒落たネーミングだ。

私はすぐに彼に電話し、そのアイデアを拝借させてもらっていいか尋ねた。「引用する必要はない」と承諾を得たが、そうはいかない。

ティキタカは2008年から2012年にかけて、スペインにEURO2008、2010年ワールドカップ、EURO2012のメジャー大会3連覇をもたらした。それは、センセーショナルなMFが揃っていた時代にルイス・アラゴネス監督が見出したものだった。

就任当初、戦術の軸に据えていたのはウイングの突破力だった。しかし、ビセンテ・ロドリゲスの負傷、ホアキン・サンチェスとホセ・アントニオ・レジェスのサッカーに対する取り組みのゆるさ感といった誤算が重なり、思い通りに進まなかった。

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その中で編み出したのがボールポゼッションをベースとしたティキタカだった。ジョゼップ・グアルディオラがバルセロナで成功を収めることができたのも、シャビとアンドレス・イニエスタが主軸として君臨するラ・ロハのサッカーをそのまま自チームにも取り入れたからだ。

しかしながら、影のようにボールを追い回す相手チームをしまいには眠らせるティキタカは、その一方でダイナミズムに欠け、シュート数が少ないと非難の対象にもなった。とりわけチームの中核をバルサの選手が担い、おまけにその恩恵を受けて黄金時代を謳歌したことが面白くないレアル・マドリー界隈では否定的な見方が多かった。

いずれにせよ、マドリディスタは伝統的に、ゆったりとしたボール回しよりも、エネルギッシュでテンポの速いサッカーを好む。サンティアゴ・ベルナベウでは、バックパスのたびに口笛が鳴り響くのはそのためだ。

もっともティキタカに否定的だったのはマドリディスモだけではなかった。ティキタカは、スペインサッカーに栄光をもたらしたことで受け入れられたが、完全に理解されたわけではなかった。不思議なことではない。西部劇映画のほうがアート映画より面白いと言われるのと同じ理屈だ。結局、ノスタルジーを呼び起こしながら、ティキタカ(私は信者の1人だった)の全盛期は過ぎた。

スペインは理想のサッカースタイルを見出し、二度と手放してはいけないと声高に叫ばれたが、シャビ、イニエスタ、ダビド・シルバ、セルヒオ・ブスケッツとキーマンが1人ずつ去っていくに従い、アイデンティティは失われていった。ラ・ロハとバルサは、“〇〇のプレーしてくれる選手”探しに奔走したが、選手には向き不向きというものがある。

ルイス・デ・ラ・フエンテが重きをいたのもまさにその点だ。つい最近までマルコ・アセンシオやダニ・オルモのような万能アタッカーを左右両サイドに配していたチームに、ラミネ・ヤマルとニコ・ウィリアムスという本格派のウイング2人が台頭した。指揮官はアセンシオとオルモの負傷中に2人を抜擢し、状況は一変した。

確かに今のスペインにもティキタカのエッセンスは残っている。スキルに長けた選手が揃っている点は同じだ。しかしその一方で縦への意識が高まり、ペナルティエリア外からのシュートが増えた。ティキタカのアイデアは、攻め急がず、ボールを左右に展開していれば、自ずとスペースは生まれるというものだ。

現代表のアイデアは、スペースが生まれるのを待つというよりも、テクニック、スピード、インテリジェンスの三拍子揃う両ウイングの突破力を存分に活かして、守備網をこじ開けようというものだ。

グループステージの最初の2試合、とりわけイタリア戦で、ラ・ロハはティキタカへのノスタルジーを払拭した。グリヘルモは、我々を幸せにし、そのエッセンスを今も残しているあのサッカーを完全に葬り去らないために、パイソン付きのティキタカという新たなネーミングを提案する。

EUROがどのような結末を迎えるのか、準々決勝で開催国ドイツの前に屈する悲観的なシナリオを描く者もいるが、今の代表にはウィーン、ケープタウン、キエフで凱歌をあげた黄金期のチームと同種類の満足感や誇りを我々にもたらしてくれる。

サッカーは選手のものだ。優秀な監督とは、選手の能力を引き出す戦術をデザインする役割を担う。2人のルイスが行なったことも、やり方は異なるが、プレイヤーズファーストという原理原則は同じだ。

文●アルフレッド・レラーニョ(エル・パイス紙)
翻訳●下村正幸

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