高橋一生が“悪魔”のような姿に 世代を超えて引き継がれた『ブラック・ジャック』の意義

6月30日に放送された高橋一生主演のテレビ朝日ドラマプレミアム『ブラック・ジャック』。かなり荒っぽい結論だけ言えば、救われてない人はいなかった。だが、決してハッピーエンドだったわけでもない。どこかすっきりせず、何かがしこりのように残っている。そんな重苦しさが、まさに『ブラック・ジャック』を観たのだということを感じさせてくれる。

ブラック・ジャック(高橋一生)は、法外な治療費と引き換えに、どんな手術も成功させる無免許の天才外科医。法務大臣・古川(奥田瑛二)はそんな彼を呼び出し、息子の駿斗(味方良介)の命を救ってほしいと依頼する。だが、実は駿斗は、旅行中に危険ドラッグ運転で事故を起こしたジャンキーだった。それも見透かした上で、ブラック・ジャックは「息子さんの命はいくらですか?」と尋ね、この極秘手術を引き受けた。ほどなく日本へ戻ったブラック・ジャックは研修医・長谷川啓介(井之脇海)と出会う。啓介は、服役中の友人・後藤(早乙女太一)が自殺したと知らされるも納得がいかず、調べていくうちにブラック・ジャックにたどり着いたという。

高橋が演じるブラック・ジャックは、とにかく冷血に映る。後藤の死に疑問を持った啓介は、後藤の弁護士の伊丹(山中崇)とともに、後藤と駿斗との繋がりを見つけ出し、ブラック・ジャックがそのキーマンであると考え、“真実”まであと一歩のところまで来ていた。だが、伊丹は古川の手下によって喉を掻っ切る形で襲われてしまう。実はそうするように依頼したのはブラック・ジャック。まだ意識も息もあり、のたうち回っている伊丹を見据えながら「これでほぼ全ての臓器が摘出できます」と静かに言うブラック・ジャックの姿は不気味だ。さらに、行方不明となってしまった伊丹を探しにやってきた啓介には「このままいけば次はお前さん」と不敵な笑みを浮かべながら迫るのだ。悪魔やサイコパス、そんな言葉が似合うような高橋の出立ちにゾクゾクしてしまう。

そうして啓介がやってこなくなった頃、ブラック・ジャックにサラリーマンの六実明夫(宇野祥平)から、顔面が恐ろしく変形する奇病、獅子面病に苦しむ妻・えみ子(松本まりか)を治療してほしいという依頼が舞い込む。

えみ子の命を助け、顔を元に戻す費用は2億。人間は生きているだけで価値がある。たとえ、容姿がどう変わろうとそのことは変わらないはずなのに、「えみ子の顔に惚れた」という明夫は、「あの顔で笑われたってかわいいとは思えない」と言ってはばからない。ブラック・ジャックに「奥さんの顔の価値は?」と聞かれると「プライスレスだよ!」と答えるくせに2億には尻込みしてしまう。そしてそのような夫の態度にえみ子はまた顔を曇らせるのだった。そんな2人の様子からブラック・ジャックは治療を断る。

そんなブラック・ジャックに異を唱えたのがピノコ(永尾柚乃)だ。本当は18歳でありながら幼児のようにしか見えない彼女は、実は心のうちに複雑な思いを抱えており、えみ子の思いにも共感したようだ。ピノコはブラック・ジャックに頼んでえみ子に会いにいき、拙い言葉で自分の生い立ちを話しながら、「えみ子しゃんは治ゆ!」と励ます。この時のピノコはかわいい容姿とは裏腹に、一意見を持ち、他人と対峙できる1人の女性だった。一方、えみ子は以前から夫に内緒で相談していたキリコ(石橋静河)ともついに対面。キリコは、死以外に救われようのない人たちに“安楽死”を提案する医師だ。直前にピノコに会っていたことも影響してか、“死”を選べないえみ子をキリコは止めるが、それによって病気で容姿を奪われてしまったえみ子の深い闇が見えてくる。

キリコはえみ子に、“死”が暗い絶望から抜け出す選択肢となりうることを提示した。だが、その存在が逆にブラック・ジャックの生への執着を浮き彫りにしていく。えみ子の家になんとか入り込んで、キリコには「彼女は俺の患者だ」と言い張り、自ら死を選ぼうとするえみ子を助けようとし、明夫には「どうせ生きるなら彼女がいる地獄といない地獄、どっちがいいんだ」と迫る。ブラック・ジャックの姿は、とても先ほどまで“悪魔”な姿を見せていたとは思えない。

キリコは、全身が白で覆われている。これはきっと白、つまり無となることが”生きるという絶望からの救い”になるという信条の象徴だろう。一方のブラック・ジャックの黒は、”生きるという地獄の苦しみ”を示しているのだろうが、彼はきっと闇が深い分、その先に見えてくる光の強さがより鮮明になることを知っている。この2人の存在や行動、“生死”に対する考え方の違いが、私たちが人間である意味、生きる意味を問うている気がしてならない。

手塚治虫の同名漫画が24年ぶりにテレビドラマ化された本作。観終わった後にこそ考え込んでしまうような、この感覚が世代を超えて引き継がれることにも、何か意味が生まれるのだと信じたくなるような作品だった。

(文=久保田ひかる)

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