開業までさらに60年…リニア計画は「日本のサグラダ・ファミリアです」取材歴20年のジャーナリストが看破

ジャーナリストの樫田秀樹氏(C)日刊ゲンダイ

【注目の人 直撃インタビュー】

樫田秀樹(ジャーナリスト)

「夢の超特急」は夢のままなのか。JR東海が進めるリニア中央新幹線の開業予定は当初の2027年から、今年3月に「34年以降」にズレ込んだ。古くは1960年代にさかのぼるリニア計画は、いよいよ「100年の計」の感を帯びてきた。リニア問題を20年にわたり取材するジャーナリストは「リニアは人を幸せにするのか」と疑問を投げかける。

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──1都6県(東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知)にまたがるリニア計画をめぐっては、南アルプスを貫く工事が大井川の減流を招くとして、静岡県の川勝平太前知事が着工を拒否。リニアが争点のひとつだった先月の知事選で、野党系が支持した元浜松市長の鈴木康友氏が当選しました。

自民党推薦の大村慎一元副知事は1年以内にリニア問題に決着をつけると公約を掲げ、新知事に選ばれた鈴木さんも序盤は「川勝路線を継承しない」とのスタンスでした。ところが、選挙期間中に判明した岐阜県瑞浪市の水枯れ問題で潮目が変わりました。すでに10年続いている県とJR東海の話し合いに関し、大村さんは「続けていくべきだ」と軟化し、やや川勝路線に近い意見を出してきたのです。鈴木県政が川勝時代ほどJR東海に物申すかどうかは見通せません。

──着工を頑として認めない静岡に対し、ネットやテレビでは「静岡悪者論」がはびこっています。

キッカケはJR東海が2013年9月に出した「環境影響評価準備書」です。これは品川から名古屋に至る286キロの区間で実施した環境アセスメントの結果をまとめたもの。その中に、工事によって大井川の流量が毎秒2トン減るとの予測が出たのです。大井川を水源とする8市2町62万人分の水利権の量に匹敵するとして、川勝さんは「失われる水の全量戻し」「水の戻し方を話し合う協議体にJR東海も参加すること」を求めた知事意見を出し、14年4月に発足されたのが県とJR東海、有識者が参加する「中央新幹線環境保全連絡会議」でした。10年経ったいまも「全量戻し」は決着せず、話し合いが続いています。どのように南アルプスを守るかという極めて大きな話なので、時間がかかって当然。川勝さんはリニア賛成派でしたが、「工事をやるんだったら、まず水や生態系を守ってくれ」とまっとうな主張を繰り返してただけなのです。

■静岡バッシング生んだトップ会談

──それがなぜ「静岡悪者論」へとつながったのでしょうか。

20年6月に県庁で行われたJR東海の金子社長(当時)と川勝さんとの面談がターニングポイントでした。「今月中に着工許可をいただければ2027年に間に合います」と発言した金子社長に対し、川勝さんが認めなかったことで、翌日の新聞各紙には「リニア2027年開業延期」との見出しが躍りました。一方、川勝さんが面談で「なぜ静岡だけが27年開業の足を引っ張っていると言われるのか」と、他県の工事遅れに関して具体例を交えて反論したにもかかわらず、この発言を拾い上げた大メディアは皆無。それ以降、今日に至る静岡バッシングが始まったのです。メディアの怠慢とまでは言いませんが、気付きがなかったという問題はあると思います。

──耳が痛い限りです。

山梨のリニア駅はいまだ工事未契約で、仮に今年中に着工したとしても完成は31年、試運転などに2年かかるので開業は33年と見込まれます。神奈川のリニア車両基地は昨年に工事契約しましたが、今年着工でも完成は35年。開業は37年です。神奈川では他にも、約3.6キロの第2首都圏トンネルが未着工です。用地買収の対象者が850人いるのですが、まだ2割の住民が応じていません。

未着工、マシントラブル、死亡事故

──難工事も工期遅れの要因に指摘されています。

9.2キロに及ぶ「北品川工区」(品川区)では、地下を掘削するシールドマシンが21年10月に立て坑から発進してわずか50メートルで掘進不能に陥り、再発進から約半年後の23年10月に再停止しました。現時点で約130メートルしか掘削できておらず、進捗率は1.4%。同じようなマシントラブルは愛知でも発生しています。こうも故障が相次いでは掘削作業だけで10~20年はかかるのではないか。岐阜では発破作業に伴う斜坑崩落によって作業員1人が亡くなる痛ましい事故も起きています。

──そもそも、リニアは必要なのでしょうか。

例えば、長野県飯田市から都内までバスで4時間かかるところが、リニアなら数十分に短縮される。一部の人にとっては魅力的かもしれません。財界は「東京、名古屋、大阪の3大都市が1時間圏内で結ばれることによって経済効果が生まれ、日本経済の活性化に資する」とブチ上げています。ただ、移動の足が増えて経済活性につながるとしても、自然環境を破壊したり、地元住民を立ち退かせたりしてまで推し進めていいのか。きちんと議論したのか。甚だ疑問なわけです。立ち退きをギリギリ免れた人の中には「私はリニアに反対だけれども、近所の人が泣く泣く立ち退かされたからこそ、JR東海には何が何でも27年に開業してもらわなければ、彼らが報われない」と憤る方もいらっしゃいます。開業の遅れは自明だったのに、何のために急いで立ち退かせたのか、と。その土地に長年にわたり根を張って暮らしてきた住民を経済活性の名の下で立ち退かせることで、誰が幸せになるのでしょう。

■「東京─大阪」の短縮は20分だけ

──リニアが起爆剤になるかも疑問です。

13年9月にJR東海の山田社長(当時)が記者会見でわざわざ「リニアは絶対にペイしない」と明言しています。東海道新幹線と客層を食い合うリニアは「タコが自分の足を食う」ようなものですが、JR東海は一応、飛行機や高速バスなどの利用者がリニアに移ってくるとの希望的観測を出しています。しかし、「東京から大阪まで新幹線で行く場合」と「東京から名古屋までリニアで行き、名古屋から新幹線に乗り換えて大阪まで向かう場合」とを比較すると、「リニア+新幹線」の方が新幹線だけで行くよりも20分早いだけです。「20分早く着く」ために、わざわざ地下深いリニアに乗り換えますか?

──期待薄ですね。

責任があるのはJR東海だけでなく、自治体もしかりです。民間企業に対して中立であるべきはずの自治体の中に、リニア推進の部署が設けられている。変じゃないですか。地域住民の暮らしや幸せに寄与するべき自治体が、リニア推進の立場から住民に立ち退きを迫る。いくばくかの補償金をつかまされた住民は家賃が安い郊外に移ったり、値頃な中古物件を求めて遠くへ行く羽目になったり。誰も知り合いのいない場所へ流れ着いて、うつ病寸前の方もいらっしゃいます。

──生活の犠牲は計り知れない。

JR東海が27年開業を断念した際、立ち退きが始まっていた相模原市の職員に話を聞くと「この開発は基盤整備であり、いくら早くてもいい」「いまのペースで立ち退きを進める」などと言っていました。しかし、各地のリニア工区の工事進捗率は、私の試算では15%程度。14年の事業認可から10年経過しているので、いまのペースのままなら単純計算で開業までには約60年かかる。リニアは最終的に名古屋から大阪まで延伸される計画ですが、品川から名古屋まで34年以降に開業するまでの間は、名古屋-大阪の工事は難しいと思います。

──なぜでしょうか。

現在のところ計約10兆円の建設費のうち品川-名古屋が7兆円、名古屋-大阪が3.5兆円を占めます。近年の原材料費の高騰によって膨れ上がるのは間違いないでしょう。品川-名古屋の7兆円のうち3兆円は国の財政投融資で賄えますが、残る4兆円にJR東海は約1400億円しか出していないのが現状です。JR東海は約4兆円の内部留保を抱えているので払えなくはないですが、丸々つぎ込むのは非現実的。したがって財政的な理由から、品川-名古屋の工事を進めつつ名古屋-大阪の工事を並行するのは、恐らく無理。では、名古屋-大阪はいつ完了するのか。今世紀の後半かもしれません。まるで「日本のサグラダ・ファミリア」ですよ。

(聞き手=高月太樹/日刊ゲンダイ)

▽樫田秀樹(かしだ・ひでき) 1959年、北海道生まれ。岩手大教育学部卒。NGOスタッフとしてアジアやアフリカで活動した後、フリージャーナリストに。「“悪夢の超特急”リニア中央新幹線」(旬報社)で第58回JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞受賞。共著に「リニアはなぜ失敗したか」(緑風出版)など。

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