「やられた。気持ち悪い」絶対的存在のコーチから受けた性暴力 トラウマ消えぬまま

容疑者が当時住んでいたマンション。「食事に行こう」などと教え子を呼び出し、性的暴行を加えた(京都市南区)

 「やられた。気持ち悪い」。昨年3月、当時高校生だった息子(19)は、訪れていたコーチの自宅マンションから帰宅するなり、取り乱した表情で浴室に向かった。夜の練習にも「今日は行かない」とふさぎ込んだ。長年にわたりバトントワリングの指導を受け、全幅の信頼を寄せていたコーチから性暴力を受けたと家族に告げた。

 バトンの世界大会で選手として数多くの優勝経験があり、指導者としてもトップレベルのクラブチームで実績を積み上げていた容疑者(40)。練習後に教え子を食事に誘い、泊まらせた自宅で下半身を触ったり、性的暴行を加えたりしたとして、強制わいせつや準強制性交などの疑いで京都府警に逮捕された。

 被害者の両親が取材に応じた。息子は昨年2月26日から同3月15日にかけて3回にわたり性暴力を受けていたが、すぐには打ち明けられなかった。最初の被害から数日後、家族との食卓で「ご飯を食べに行こうと誘われたけど、どう言って断ろう」と元気なく話した。有名コーチと選手という圧倒的な立場の違いから、誘いを拒否できなかった。容疑者は黙ったままの教え子に付け込み、徐々に行為をエスカレートさせていったとみられる。

 息子は幼少期からバトン教室に通い、当時学生ながらコーチを務めていた容疑者からも教わっていた。小学校の高学年になると本格的に競技に取り組むようになり、「優しい兄」のような存在だった容疑者のことを「先生」として見るようになった。怒られることもあったが、向上心を持って練習に取り組んだ。

 容疑者が所属していた関西のクラブチームは、国際大会で優勝するなど実績を重ねていた。その輪に入りたいと、チームの一員だった息子は高校でも競技を続けた。容疑者や他の男子選手と食事に出かけることもあり、両親は「息子と容疑者は師弟関係のようだった」と振り返る。指導者と選手という間柄だけでなく、同じチームの仲間としても絆を強めているように見えた。

 性暴力を家族に告げてからも、息子は競技を続ける強い意志を持っていた。しかし、練習に行く身支度を整えていると、急に手が震え、嘔吐(おうと)してしまう。忌まわしい行為を思い出して体が拒否反応を示し、あれだけ好きだったバトンに打ち込めなくなった。悲しみとショックで、連日涙を流した。

 息子は「冷たい態度を取られたり、きつい指導を受けたりするのが怖く、断れなかった」と家族に打ち明けた。別のバトン競技団体の関係者は容疑者について「世界的に知られた選手。生徒たちからすれば、逆らうことは許されない存在」と話す。

 大学生となった息子は今なお、性被害を思い出すと、全身にじんましんが出るなどトラウマに苦しみ続けている。今年に入ってようやく「バトンがしたい」と意欲が出てきたが、以前のように長時間の練習はできず、つらい思いを抱えたままだ。父親はやり場のない憤りから語気を強めた。「人として選手としての大切な時間を奪われた。なぜ、こんな目に遭わなければならないのか」
 

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 華麗な演技で人を魅了するバトントワリングの有名コーチによる性暴力事件。事態を把握した日本バトン協会のずさんな対応も被害者本人や家族に追い打ちをかけた。被害の深刻さと、あるべき対応を考えたい。

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