アメリカ大統領選討論会が選挙の流れを変えた

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・2024年6月、アメリカ大統領選討論会が実施され、バイデン大統領の認知の衰えが露呈した。

・それを受け、民主党内では他の候補者を立てるべきという意見が広がっている。

・メディアもバイデン氏の認知能力の低下を認め、本番選挙の流れを一変する歴史的な討論会となった。

アメリカ大統領選でのバイデン、トランプ両候補の討論はバイデン現大統領の認知能力の衰えをみせつけた。日本の主要メディアもついにバイデン氏の「高齢不安」が今回の討論会での敗北要因であり、同氏の大統領としての資格をも疑わせたことを認めた。だが現実には同氏の欠陥は「高齢」ではなく「認知」なのだ。つまり大統領としての統治の資格に欠けているのではないか、ということだ。

その結果、民主党側では、11月の本番選挙ではバイデン氏では勝てないことが明白だとして、交替の候補を立てるべきだという意見が広がってきた。手続きとしてはバイデン氏は現職の大統領として今回の選挙の予備選ではすでに、民主党の候補指名に必要な各州代議員の賛成票を確実にしているため、その交替はきわめて難しい。本人が自ら降りる以外に交代の道はない。

そのバイデン氏本人は7月1日現在、選挙戦から撤退する意思はない、と言明している。しかし民主党内のバイデン降ろしの動きの存在も確実である。アメリカ大統領選挙はここへきてその流れを大きく変えたこともまた確実だといえる。

現職のジョセフ・バイデン大統領と前職のドナルド・トランプ前大統領との一対一の討論会は6月27日(現地時間)ジョージア州のアトランタ市で開かれた。90分に及ぶ論戦だった。主催はトランプ氏への批判を鮮明にしてきたテレビ局のCNNだった。だからトランプ陣営はこの討論会は司会者のCNN記者2人がかねてのトランプ批判の先鋒だったことを指摘し、「3対1の論戦だから、そもそも不公正だ」とも苦情を述べてきた。

だがこんなトランプ陣営の懸念もバイデン氏の不調きわまる言辞や挙動により、一掃される形となった。バイデン氏は討論の当初から声が弱々しく、動作も緩慢、明らかに活力に欠けていた。答弁でも、数字を間違え、テーマを勘違い、言葉に詰まる、という場面があいついだ。視聴していて苦痛になるほどのバイデン氏の衰えは同氏を支援する民主党側の識者たちからも、いっせいに指摘された。

CNNの政治記者の大御所的存在で、トランプ氏への批判論調を一貫させてきたジョン・キング氏は討論会の終了直後の座談会で「バイデン氏のパフォーマンスは最初の3分ぐらいからパニックを感じさせるほどに衰え、その印象はやがてペイン(苦痛)へと変わった」と語った。討論会でのバイデン氏の無惨な敗北の判定だった。

キング氏はさらに「民主党側ではいまやバイデン氏をこのまま候補でおくことへの重大な課題が生まれた」と述べた。11月の本番選挙では民主党側はバイデン氏では敗北が確実だから、新たな候補を立てるべきだという示唆だった。同じ座談会で民主党中枢のオバマ元大統領の首席補佐官だったデービッド・アレックスロッド氏も「民主党内部ではこのままの候補でトランプ氏と争うことへの深刻な懸念が生じたといえる」と述べた。同様のバイデン氏交代説の提起だった。

日本の主要新聞もついにバイデン氏の能力不足を認める形となった。ただし各紙とも「高齢不安」という言葉を使って、バイデン氏のみせた明らかな欠陥を表現していた。だが現実にはバイデン氏がこの討論会でみせたのは、単に年齢が高い、という点ではない。認知能力の衰えである。

実際にはバイデン大統領は事実関係の把握、目前の課題への対応、相手から浴びせられた言葉の理解、複雑な政策課題の内容の認識、実際の個人としての記憶の保持、などという面で、その欠陥を示す言動を毎週のように続けてきた。ただし側近が必死にその現実を隠してきた。それでも明白となる大統領の衰えを民主党支持の大手メディア、つまりニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNなどは意図的に軽視、あるいは無視してきた。この種の米側メディアの報道に依存することの多い日本の主要メディアでも、バイデン大統領のこの衰えは伝えられることが少なかった。

だから今回の大統領選の討論会は歴史的な意義を示したともいえよう。私自身は1976年の大統領選挙から長年、多数の選挙キャンペーンを取材し、報道してきたが、大統領候補同士の1対1の討論会では勝敗が明白になる事例は少なかった。討論の展開が本番選挙の流れを変えてしまうという実例はごく少数ではあったが、ほとんどはそうではなかった。しかし2024年の討論会は例外となったわけだ。

トップ写真:第1階大統領討論会に参加するトランプ氏とバイデン氏(ジョージア州アトランタ、2024年6月27日)

出典:Photo by Justin Sullivan/Getty Images

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