台湾の「漢方」入り伝統菓子が教えてくれた、薬食同源との付き合い方

薬膳スープだけじゃない、台湾の「漢方」入り伝統菓子

台湾で体験できる体に良い食べものの筆頭はいわゆる「薬膳スープ」なんじゃないかと思います。いわゆる「漢方が入った」煮込みスープですね。

ただ、正確にいうと、「漢方」というのは日本で伝承・発展した東洋医学のことなので、台湾の話では「中医学」と呼びたいです。また、医学理論と医薬品はきちんと分けるべきで、漢方薬(台湾では中薬という)の原料は「中薬材」といいます。日本でいう「生薬」のことですね。中薬材を、中医学理論に基づいて加工し、組み合わせると中薬(漢方薬)ができます。

さまざまな「中薬材」は、台湾では日常的に購入することが可能です。スープ用の中薬材セットはもちろん、単品で買うこともできるので、自分で健康茶を作ったりするのにも便利です。

最近知って、ちょっとびっくりした伝統菓子があります。名前を「茯苓糕(フーリンガオ)」といいます。

「茯苓」は日本では「ブクリョウ」と読みます。松などの木の根にくっついて生えるマツホドというキノコです。漢方薬に興味のある方なら、私が「えっ、ブクリョウでお菓子を作っちゃうの?!」と驚いたことに共感していただけるのではないかと思います。

ブクリョウは、日本で市販の漢方薬にもよく入っているメジャーな生薬です。例えば、四君子湯(しくんしとう)、五苓散(ごれいさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、釣藤散(ちょうとうさん)、茯苓沢瀉湯(ぶくりょうたくしゃとう)など、聞いたことがあるのではないでしょうか。

中医学において、ブクリョウは体の水分代謝と消化機能(中医学でいう「脾」のはたらき)を上げてくれるとされています。

それをお菓子にしてしまうとは・・・ちょっと考えたことなかったわ。

素朴なブクリョウの蒸し菓子「茯苓糕(フーリンガオ)」

茯苓糕(フーリンガオ:茯苓ケーキの意味)」は、台湾だけでなく中華圏で広く親しまれてきたもので、台湾でも伝統的なお菓子の店に置いてあることがあります。中華圏各国のレシピサイトにレシピが載っていたりもするので、手作りする人もいるようですね。私はお店で買いました。

白い生地にブクリョウが使われていて、サンドイッチのようにあんこなどをはさんだものが何種類かあります。

「ブクリョウの・・・お菓子かぁ・・・」と目を丸くしていた私に、台湾の友人が、

「あんこ(紅豆)入りがたぶん一番普通でおいしいよ」

と言ってくれましたが、生地の味を知りたいので、まずはプレーンを試してみることに。

食べてみると、うーん、

甘味が超ひかえめの、粒子が粗い、しけった落雁(らくがん)

という感じ。

塊にはなっていて、ずっしりと粉っぽい(火は通ってます)。ので、口の中の水分が全部もっていかれる・・・。甘味はおどろくほど控えめ。なるほど、はさまれている各種あん(小豆や緑豆など)の甘さとみずみずしさで全体のバランスが取れるお菓子なんですね。次はあん入りのを買おう・・・。

白い生地の材料は、ブクリョウの粉末ともち米粉や米粉、そして砂糖。固まるぎりぎりの量の水と混ぜ、型に入れて蒸したものなのですが、変な苦みとか薬っぽい風味はまったくない、ひたすらに素朴な味わいの蒸し菓子(の生地)でした。

後日、別の台湾の友人に「茯苓糕(フーリンガオ)初めて食べたんだ~」と話すと、

「ああ、口の中の水分全部もっていかれるやつね」

と、私とまったく同じ形容をしていました。ほんとそれな!

なんでもないときに食べる「薬膳」菓子や料理の意味

茯苓(ブクリョウ)を使ったお菓子は初めて食べましたが、実はこの中薬材は台湾で一般的なスープ「四神湯(スーシェンタン)」の材料のひとつでもあります。

本来の四神湯に使われるのは、茯苓(ブクリョウ)、芡實(ケツジツ)、蓮子(ハスの実)、淮山(ヤマイモ)の4つ。茯苓(ブクリョウ)の代わりもしくは追加として薏仁(ハトムギ)を入れることも多いです。これを豚のモツなどのさっぱりスープにします。

四神湯は、胃のはたらきを良くし体の水分代謝を上げてくれるスープなので年間を通じてよく飲まれていますが、梅雨から高温多湿の夏の時期には特に重宝されています。

茯苓糕(フーリンガオ)はあくまでもお菓子ですし、四神湯も、いつでも食べればいい「ただの」料理です。でも、四神湯のそれぞれの材料が胃を元気にしてくれるという知識が常識として頭のかたすみにあれば、ちょっと胃が疲れてるなと思ったとき、台湾の人は他の料理ではなく四神湯を選んだりします。

医薬品に頼りたくなるほどでないちょっとした体の変化を感じたときに、食べるものを正しく選べると、早い段階で体のケアができます。早い段階でケアすればすぐに復調できるわけで、日常生活への影響もほとんど出ません。それが一番良いことだよなあと、繰り返し実感しています。

地続きの「薬食同源」の境界を行ったりきたり

中医学では、あらゆる食材には一定の性質があると理解されており、うまく利用すれば体の調子を整えるのに役立ちます。「薬食同源」とはそういうことです。ショウガヤマイモなど、普段私たちが「食材」として認識している素材にも、中薬材として漢方薬に入っているものがいくつもあります。食材と薬(の材料)に境界線がないのですね。

今回の「茯苓糕(フーリンガオ)」は、胃のはたらきを健やかにする「効能」があるとされる材料を使った、いわば「薬膳」です。でもそのさりげなさは、「薬膳」という言葉とはずいぶんかけ離れていて、台湾にはそういうなにげない料理やお菓子がたくさんありました。

とかく「薬膳」というと「体を治してくれるすごい料理」みたいな語感があって、まるで医薬品のように特定の料理や素材をありがたがってしまいがちですが、決してそんなことはないのですよね。台湾でも、ちょっとした不調を感じた時にはまず料理や健康茶などに手を伸ばしますが(それでうまくいくことも多いのですが)、それで調子が戻らなかったら素直に次の段階、つまり医学や医薬品の力を借ります。

中薬材と中薬(漢方薬)の間には確固たる違いがあることも、台湾の人はきちんと理解しているように感じます。不調の深刻度によって、決してあなどらず、でも過信もせずに「食」と付き合っていくことが大切なのだと、あん無しの茯苓糕(フーリンガオ)を大量のお茶で流し込みながら改めて思ったのでした。

松浦優子/台湾情報ライター/漢方養生指導士・漢方上級スタイリスト/東京都港区出身のアラフィフ。元Web広告ディレクター。現在は外国人向け日本語教師のほか、中日翻訳、台湾に関わるライター、オープンカレッジ講師として活動。一年のうち1カ月以上は台湾に滞在し、台湾の文化や歴史、中医学(漢方)の養生法など、気になるテーマを探求中。インドア派、愛猫家。台湾で得た一番の宝物は、あたたかい台湾の人たちとの友情とご縁。

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