『虎に翼』家庭を蔑ろにする寅子に集まる冷ややかな目 仕事=男性という偏見への皮肉に

“ブルースの女王”茨田りつ子(菊地凛子)の出演で大成功のうちに幕を閉じた家庭裁判所主催による「愛のコンサート」。終演後、りつ子は記者たちの前で「東京在住の困ったご婦人方は是非、佐田寅子さんをお訪ねになって」と述べた。

その言葉はラジオの電波に乗って広まり、寅子(伊藤沙莉)のもとには連日多くの人が法律相談で押し寄せるように。『虎に翼』(NHK総合)第66話では、“日本一有名な裁判官”となった寅子の目まぐるしい環境の変化が描かれた。

特例判事補としての業務に加え、取材や講演会、雑誌連載などの広報活動に勤しむ寅子。りつ子の影響力は絶大で、寅子にはファンが大勢つき、芸能人でもないのにサインを求められるまでになった。だが、判事補はいわば見習い裁判官。ベテランの裁判官を差し置いて、半人前の寅子が脚光を浴びることを当然よく思わない人はいる。

それに望むと望まざるとにかかわらず、家裁の顔となったからには寅子の意見が家裁の総意と見なされてしまうのだから、発言により一層責任を持たなくてはならない。しかし、寅子の直属の上司である多岐川(滝藤賢一)はかねてより構想していた家裁の指導理想を前面に押し出していくことを決めた。寅子はその宣伝塔として活躍する一方で、壇(ドンペイ)や浦野(野添義弘)たちから苦情を受けるなど、板挟みの厳しい立場に置かれている。

そんな中、寅子は桂場(松山ケンイチ)と久藤(沢村一樹)から仕事とは別に、最高裁長官・星朋彦(平田満)の本の改稿作業の手伝いを依頼された。強要されたわけじゃなく、断ることもできた。しかし、寅子は桂場が「無理をして、また……」と言いかけたのが気になる。おそらく桂場は「また倒れでもしたら」と寅子の体を気遣おうとしたんじゃないだろうか。一方、寅子はまた自分の心が折れて、逃げ出すことを桂場が心配していると解釈した。そんな桂場に以前とは違うところを見せたいのか、寅子は休日返上で依頼を引き受ける。仕事にも自分にも理想を持つことは大事だが、寅子がその理想に首を絞められやしないか心配だ。

そんな中、寅子に新たな出会いが訪れる。星長官の息子で、横浜地裁の判事である航一(岡田将生)だ。星の本の改稿作業を彼と一緒に行うことになった寅子。航一は礼儀正しく一見好青年だが、言葉や表情にどこか含みのある人物である。特に寅子が気になったのは、「あの佐田寅子さんが手伝ってくださるとは」という発言。寅子の言う通り、「あの」は色んな含みを持つ言葉だ。良い意味で使うこともあるが、星の「あの」には少々棘があった。何より「気になさらない方がいい」という発言から察するに、おそらく寅子に関するあまり良くない評判を聞いているのだろう。

航一は寅子と距離を置き、どんな人間かを見定めているようだ。「なるほど」が口癖で、真意が読めない。そんな航一に対する寅子の第一印象は「この人……とっても……すんごく……やりづらい」だった。一方で、公式サイトの紹介文には「その信念に寅子と通じ合う部分がある」とある。ここから2人がどんな風に距離を縮めていくのかが気になるところだ。

良くも悪くも注目を浴び、法曹界において針の筵のような状態に陥っている寅子。加えて、忙しさから家事や育児が花江(森田望智)に任せきりになっており、家庭での立場も危ぶまれている。娘の優未(金井晶)は小学校に進学したが、まだまだ母親に甘えたい盛り。だが、親子の時間が取れるのは朝だけで、寅子は優未が寝た頃に帰宅する。優未は寅子の仕事を理解しているのか、面と向かって駄々をこねたりはしないが、やはり寂しそうだ。そんな中で家族に相談もなく、桂場からの依頼を受けた寅子。みんなにそのことを報告した時、誰も怒りはしなかったが、全員から「またか……」という雰囲気がひしひしと感じられた。優未に関してはもはや寂しさを通り越して、寅子に期待すらしていない節さえ感じる。

だが、もし寅子が男性なら、観る側もあまりモヤモヤした感情を抱かないのではないだろうか。家庭を顧みず仕事だけに打ち込むという行為は変わらないのに、行為者が男性か女性かで見方が変わってしまう。本作は家庭のことがおろそかになっている寅子の姿をあえて強調することで、こうした無意識の偏見をあぶり出し、問題提起をしようとしているのではないだろうか。
(文=苫とり子)

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