韓国でどんぐり(トトリ)料理といえば、一般的にはトトリムクである。どんぐりを粉砕して粉状にして、水を加え、火を通して固めたものだ。「どんぐりこんにゃく」「どんぐり豆腐」「どんぐり煮かため」などといった日本語に訳されることが多い。
トトリムクは以前、コンビニでも売られていた。日本の充填豆腐のようなパックに詰められて並んでいた。今回、改めてコンビニやスーパーをのぞくと、トトリムクは消えていた。なんとかロッテデパートの地下の食品売り場でみつけたが。
トトリムクは韓国から姿を消そうとしている? たしかに年配の韓国の人は、トトリムクを食べながらこういったものだった。
「昔、どんぐりで韓国人は飢えをしのいだんだよ」
もうそんな時代ではない。それにトトリムクは飛びつくほどの味ではない。
しかし僕は嫌いではなかった。冷ややっこを食べるような感覚で口に運んでいた。
■ソウル南山近くの人気店で食べたトトリムクの味は?
なんとかちゃんとしたトトリムクを食べたい。探し当てたのは木覓山房(モンミョッサンバン)という店だった。南山に向かう傾斜地に店はあった。
店内に入って少し戸惑った。客の大半は若い女性だったのだ。欧米人の女性客もちらほら見える。インテリアはシンプルだった。注文した料理は、できあがると番号が表示され、自分でとりにいく。
フードコートのようなセルフサービスとは意味が違う気がした。無駄をできるだけ省くというコンセプト。そこで体にいい料理を食べる。ひとつのライフスタイルの実践だった。そんなコンセプトはメニューを見るとすぐに理解できる。山菜料理が多い。「自然」はこの店の料理に貫かれている。貧しい時代を支えたどんぐりはいま、そういうヘルシー世界の食材になりつつあるようだった。
頼んだのは、「どんぐりこんにゃくの和え物と野菜和え」だった。トトリムクである。料金は1万1000ウォン(約1280円)。カウンターで受けとった料理は、トトリムクと新鮮な野菜の和え物だった。はっきりいって見た目はあまりよくない。トトリムクは灰色。そこに野菜……である。
まずトトリムクを食べてみた。
「ほーッ」
という言葉が出るほどクリーミーな食感だった。ロッテデパートの食品売り場で買ったトトリムクとはレベルが違う。ドレッシングは醤油系。日本でいったら醤油ドレッシングを使った豆腐サラダといったらいいだろうか。たしかに体にはよさそうだった。貧しい時代の料理は、いまのソウルではヘルシー料理に変貌をとげていた。
「こういうものがいまは好まれるんだよね」
一緒に店に入った知人と言葉を交わす。
知人が頼んだのは、「コンドゥレナムルの醤油ビビンバ」だった。コンドゥレというのは高麗アザミである。そのナムルとの混ぜご飯。上から醤油をかけて食べる。
ひと口わけてもらった。高麗アザミは少し苦味があって僕好みだった。本音をいえば、こちらの料理にそそられた。なんでもこの店では人気料理だという。
しかし今回はトトリムクである。味わいながら口に運ぶ。
昔、束草で食べたトトリムクは素朴な田舎料理だった。その味の記憶も曖昧なので比較は難しいが、木覓山房のトトリムクは現代の料理だった。ソウルや欧米人の女性が好みそうな料理に進化していた。
「こういう料理を食べると、マッコリが飲みたくなるけど、そういう世界じゃないですよね」
知人が笑った。
後日、トトリムクの話をしていると、
「トトリジョンもありますよ」
という声が聞こえてきた。トトリジョン? どんぐりのチヂミである。そうこうしているうちにトトリミョンというメニューの話も流れてきた。どんぐり麺である。
まだ食べたことがない。
トトリジョン、トトリミョン──。日本語で検索してみたが、これをメニューに載せている店はなかなかヒットしなかった。韓国人に探してもらうしかないか。ソウルを出て、山のなかの食堂をめざさなくてはいけないかもしれない。
そんなどんぐりの旅は追って。