「亡くなった人もいる見たくない」「町のものにすべきだ」津波で職員ら43人犠牲になった防災対策庁舎が県から町所有に 賛否分かれる 宮城・南三陸町

東日本大震災の津波で被災し県の所有となっていた宮城県南三陸町の防災対策庁舎が1日、町の所有に戻りました。今後、町の震災遺構として震災の教訓を伝えていきます。

1日午前、南三陸町の佐藤仁町長らが防災対策庁舎に花を手向けて震災の犠牲者らに庁舎の町有化を報告しました。

佐藤仁南三陸町長: 「私の心の真ん中には、ずっとこの防災対策庁舎がありました。これから町がしっかりと維持管理をしていく責任を負わなければいけない」

防災対策庁舎では、震災の津波で、町の職員など43人が犠牲になりました。町はいったん解体を決めたものの、保存を望む声もあり、2015年からは県が所有して維持・管理していました。佐藤町長が、今年3月町の所有に戻し震災遺構として保存する意向を表明、町有化しました。

町民からは、賛否それぞれの声が聞かれました。

南三陸町民: 「あそこで亡くなった人もいるから、残すものではないと思う。町で決めたのなら仕方ないが、できればあまり見たくない」 「やっぱり町のものにすべきだと思う。いま生きている人たちを守っていかなければいけない。この地域の人たちをどう守っていくのか、そのきっかけになる場所だと思う」

佐藤仁南三陸町長: 「全員が町有化に賛成かというと決してそうではないと思う。未来の命を守る観点で庁舎を町有化したわけなので、未来の命を守るような活用をしていきたい」

庁舎はこれまで同様、町の復興祈念公園内で公開されます。

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