中断されていた捜索活動が再開 土砂に飲み込まれ行方不明の弟を待つ男性

地震のあと、大規模な土砂崩れが発生した輪島市市ノ瀬町ではいまも男性1人の行方が分かっていません。

輪島市内でお話を伺った垣地弘明さん。

2歳下の弟・英次さんが、元日の地震以降、行方不明になっています。

英次さんは高齢の母を心配し、市外での仕事を辞めて実家に戻り母親が亡くなってからは市ノ瀬町の自宅で一人暮らしをしていました。

地震のあと、轟音をたてながら町に流れ込んだ、大量の土砂。

英次さんが住む自宅も…飲み込まれていきます。

町では山頂付近から、およそ1キロにわたり斜面が崩壊しました。

垣地弘明さん:

「3日の現場行って、誰もいないんですけど、現場行って、弟の名前叫んで何回も叫んで、でも返答がないっていう。」

垣地さんは1月3日以降、捜索活動を毎日見守り続けました。

「早く皆さんが探しているのに応えてやってくれよっていう気持ちでね、早く出てきてくれと」

当初、町内での行方不明者は3人。

このうち英次さんだけが見つからないまま3月、安全確保の工事を行うため、捜索活動が中断されることになりました。

普段は、金沢市内で暮らしている垣地さん。

捜索が中断しても毎週末、市ノ瀬町に戻っていました。

「一区切りしていたつもりだったんですけれども、でもやっぱりね、なんか思うとやっぱり足があっちへ向いてしまうような感じで」

地元の公民館に寝泊まりする場所を借りています。

土砂に流された家から自衛隊が取り出してくれたアルバム。

幼いころから仲が良く、同級生のように育ってきたといいます。

垣地さん:

「喧嘩って多分したことない」

「同級生って少ないからほとんど、遊ぶとなると身近な兄弟と遊ぶっていう」

捜索活動が中断してから2か月、垣地さんは弟の畑で野菜作りを始めていました。

「はっきり言って気休めですよ。何も進展してない状態ですから。変な真似事とかして紛らわせてるだけで」

垣地さんは、英次さんが乗っていた車の廃車手続きなどを進めていますが、「死亡届」を出す心の整理はまだついていません。

「ゆくゆくは出さざるを得ない時が来るんだろうなと思っているけど」

「済ませている手続きの間に出てくれば一番良かったなと思うのです。晴れて死亡届出せればなとと思ってるんですけども。」

6月、捜索活動に動きがありました。

国が開いた地域説明会で、捜索が再開されることが伝えられたのです。

「6月中頃って聞いたとき心の中踊りましたから。またやってくれると。ありがとうございます。」

およそ4か月ぶりに動き出した捜索活動。

「ちょっとずつ進んでいる。そんな感じしますよね。捜索が進んでいることは嬉しい限りです」

きょうで地震から半年。垣地さんの思いは…

「皆さん日にちで区切られて色々お聞きされますけど、僕については、まあとりあえず今は区切りとしては見つかる。見つかったら次」

弟に会えるその日までこの場所で待ち続けています。

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