習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子 すぐ隣の国でこれほどの非道が今もなお行なわれているのに、なぜ日本のメディアは全く報じず、政府・外務省も沈黙を貫くのか。公約を簡単に反故にした岸田総理に問う!

この非道が日本では全く報じられず、政府・外務省も何もしない

月刊『Hanada』2024年7月号の「習近平がチベット〝抹殺〟」をすでに読まれただろうか。まだの方はぜひ読んでいただきたい。評論家の三浦小太郎氏が、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のアリヤ・ツェワン・ギャルポ代表にインタビューを行った記事だ。いまチベットで何が起きているか、習近平がいかにチベットを抹殺しようとしているかについて、大変貴重な証言が行われている。日本の主要メディアでは報道されないが、中国がいかにとんでもない弾圧を行っているかということが具体的によくわかる必読の内容だ。

インタビューの中でアリヤ代表が詳細な証言を行っているのでぜひ読んでいただきたいが、いまチベットで行われている最も恐ろしい政策が「植民地型寄宿学校」だ。4歳から18歳のチベットの子供たち100万人以上が、両親から引き離され、強制的に寄宿学校に入れられている。しかもそこではチベット語は禁止で、全て中国語で教育が行われ、チベットの文化・言語・宗教が完全に否定されて「中国人」として育つように洗脳教育が行われている。民族を抹殺し、強制的に中国化するという恐るべきことがいま行われている。すぐ隣の国でこれほどの事態が起きているのに、日本では全く報じられていない。政府・外務省が何か発言したということも聞いたことがない。こんな非道が許されていいはずがないと私は思う。

世界の仲間たちとG7首脳に対して共同書簡を発表

チベット支援者によるキャンペーン画像

さて、この中国のチベット弾圧に対し、私も海外の仲間たちと共に批判の声を挙げている。6月13日から15日にかけてイタリア・プーリアで開かれたG7首脳会議にあわせて、世界中のチベット支援団体が協力して、G7は中国によるチベット弾圧に声をあげるべきだとの運動を展開した。5月20日には「中国のチベット弾圧に対する緊急行動」と題して、G7首脳に対する共同書簡を発表した。この共同書簡には、世界で146 を超えるチベット関連人権団体と 17,400 人を超えるチベット支援者が名前を連ねており、実は筆者もFree Tibet Fukuoka(フリー チベット 福岡)の代表として、この共同書簡における十数人の筆頭署名人の一人として名前を出している。世界中のチベット支援者が、G7を動かすことによって、中国の政策を少しでも変えるために一斉に運動を起こしたのだ。

共同書簡では次のように訴えた。

〝過去1年半の間だけでも、複数の国連人権機関がチベットにおける人権侵害の激化に警鐘を鳴らしてきた。その人権侵害には、植民地型寄宿学校制度、大規模な労働力移動プログラム、数百万人の農村チベット人の土地からの強制移住、チベットの環境保護活動家の投獄、チベット語教育の提供に対する規制強化などが含まれる。こうした政策を批判または抗議するチベット人、あるいはチベット人としてのアイデンティティを平和的に表明するチベット人は、中国政府による恣意的な拘禁、強制失踪、拷問、拘禁中の死に直面し続けている。〟

〝70年以上にわたって占領されてきたチベットにおける中国の統治は、20世紀の植民地主義の最後の名残の一つである。これは、100万人近くのチベットの子供たちを収容する植民地型の寄宿学校と幼稚園の広大で憂慮すべきシステムに象徴されている。これは、6歳から18歳までのチベットの子供たちの80%以上、そして少なくとも10万人の4歳と5歳の子供たちが、現在チベット全土の中国国営の寄宿学校と寄宿幼稚園に住んでいると推定される数に相当する。中国当局は、チベットの子供たちを意図的に家族や文化から引き離し、国営の寄宿学校に住まわせることで、チベットのアイデンティティを攻撃するために最も凶悪な植民地化の手段の一つを使用している。〟

G7首脳への共同書簡のトップ画像、Free Tibet Fukuokaのロゴも載っている
G7首脳への共同書簡の筆頭署名人と署名団体の一部、石井陽子の名前も筆頭署名人に記載されている

G7各国が結束して中国に圧力を!

共同書簡の全てを紹介することはできないが、いまチベットで中国によって引き起こされている問題と、国際機関が様々な形でそれらを告発していることを訴えた。そしてG7各国が結束して次のことなどを実現できるよう中国に圧力をかけることを求めた。

・チベットの子供たちに対する強制的な植民地型寄宿学校の即時廃止

・ダライ・ラマの将来の生まれ変わりを含め、チベット仏教指導者の選出と任命に対する中国政府の干渉をすべてやめること

・占領地チベットにおけるすべての巨大開発プロジェクトを直ちに停止すること

・拘束されているすべてのチベット人を無条件で釈放すること

G7首脳宣言ではわずか一文のみだが

この共同書簡の発表にあたり、G7サミット開催国イタリアの、イタリア・チベット協会のクラウディオ・カルデッリ氏は次のように述べている。

「文化、環境、チベット社会を破壊する北京の政策は容赦なく続いています。家族から引き離され、植民地型の学校で洗脳される子供たちに対する組織的かつ残酷な行為、そして環境破壊、さらにデゲの巨大なカムトックダムによって水没する村全体の強制移住は、チベットのアイデンティティ、文化、環境を根絶することを目的とした長期的でよく考えられた計画の最新の例です。世界がこれらすべてに対抗して立ち上がる時が来たのです。」

また、チベット・ジャスティス・センターのグロリア・モントゴメリーはこう述べている。

「G7 諸国の大半の政府は、チベットにおける中国の極端な弾圧について繰り返し懸念を表明しています。今こそ、同じ考えを持つ指導者たちが、北京が無視できない共通のアプローチと政策を策定すべき時です。世界で最も著名な指導者たちの声が集まれば、世界で最も長く続いている不正の1つを平和的に解決する道を切り開くことができます。」

G7においてチベットについて議論されたかどうかはわからない。しかし、今年のG7首脳宣言でも「チベットの人権状況に引き続き懸念を抱いている」と、チベットの名前にも言及している文言が盛り込まれてはいる。チベットについてはわずかにこの一文のみであり、あまりにも物足りないが、G7首脳宣言全体としては昨年にも増して中国への具体的言及が増え、中国への批判の声が高まっていることは事実だ。

実はチベット支援運動に熱心な日本

G7加盟国である日本は、実はチベット支援運動に熱心な国だ。2016年12月に発足した超党派の「日本チベット国会議員連盟」には100名以上が加入しており、これは世界で最大規模である。会長は自民党の下村博文衆議院議員で、2021年には安倍晋三元総理が顧問に就任した。その折に安倍氏は、「私も中国との首脳会談の折にはチベットの人々への人権状況を改善するよう呼びかけてきたところだが、残念ながら改善がなされていないという中において、(中略)、これからも一議員として議連の皆さまと共に国際社会と連携しながらチベットの状況を改善するために努力をしていきたいと思う」と熱意を示していた。そんな安倍氏の後ろ盾もあり、チベット、ウイグル、南モンゴル、香港の人権問題に関する「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」が2022年2月に衆議院で採択され、同年12月に参議院で採択された。

また、中国による人権問題の議連は複数あるが、同年同月には、かねてから横の連携が必要だと訴えてきた自民党の古屋圭司衆議院議員が中心となり、「中国による人権侵害を究明し行動する議員連盟」を発足させた。焦点を「中国による人権侵害」に明確に位置付けたこの議連の会長は古屋圭司氏で、南モンゴル議連会長の高市早苗氏、チベット議連会長の下村博文氏、人権外交を考える議員連盟会長の長島昭久氏がそれぞれ会長代理に就任した。役員は超党派で、70名近くの議員が就任している。日本はこのように、議連の仕組みも、取り組みも、しっかりと存在しているのだ。

長尾敬衆議院議員(当時)の働きかけにより実現

それだけでなく、チベット人の生活の具体的な支援も既に行っている。熱心なチベット支援者であり、当時チベット議連事務局長であった自民党の長尾敬衆議院議員(当時)の働きかけにより、日本政府も、外務省が政府開発援助(ODA)資金を助成する形で、亡命チベット人が多く住むインドの北部2州(ヒマチャル・プラデシュ州とウッタラカンド州)の上下水道の敷設や公衆トイレの建設などを実施し、新型コロナの影響で遅れは生じたものの、2022年9月に完成した。政治上の正式な位置付けはインドへのODAであるが、実際の支援場所はいずれもインドにおいてチベット難民が暮らす集落であり、実質的なチベット支援だった。

なお、このヒマチャル・プラデシュ州にはチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が居住し、チベット亡命政府が拠点を置くダラムサラもあり、亡命チベット人たちの中心的な拠点だ。このODA支援の内幕と課題については、ODAの企画から実行に至るまで深く関わった筆者の夫である石井英俊(インド太平洋人権情報センター代表)が、月刊『Hanada』2023年3月号に「外務省がひた隠すチベット〝秘密〟支援」と題して書いているので、ぜひ読んでいただきたい。

チベット支援者によるキャンペーン画像
インターナショナル・チベット・ネットワークのX(旧ツイッター)投稿

総裁選公約を反故にした岸田総理

さて、現在の岸田内閣に目を転じると、岸田総理は2021年9月の自民党総裁選における公約で「国際人権問題担当の内閣総理大臣補佐官」設置を訴え、政権発足時に中谷元・元防衛相を任命した。これまで中国の人権問題は安倍元総理を中心とした人脈を中心に動いてきていた。下村議員(チベット)、古屋議員(ウイグル)、高市議員(南モンゴル)と、3人の議連会長とも安倍元総理の側近と呼ばれてきた方々だ。これまで岸田総理が中国の人権問題に関わってきた記憶は私には全くない。それが総裁選において突如として公約として打ち出し、大変な反響を呼んだ。保守派の期待を一身に集めて総裁選に打って出た高市議員のお株を奪う痛烈な一打だったと思う。急に打ち出したから悪いというのではない。良いことは良いとして評価したい。岸田政権において初めて設置された役職であり、画期的だと大きな期待も集めた。

だが、2022年8月の内閣改造において、何の説明もないままにポストそのものが無くなってしまったのだ。もちろん、チベット、ウイグル、南モンゴル、香港などの国際人権問題が解決したわけでもなく、総理補佐官設置により何か新しい法律(日本版マグニツキー法)などが作られたわけでもない。何か成果があがって区切りがついたというようなものは、筆者が考え得る限り特に存在しない。内閣総理大臣補佐官は法律の規定で5人までしか置けないことから、国際人権問題は特に重視する必要がないと判断して他の問題を優先した、と言われても仕方がないだろう。総裁選公約を任期途中で反故にした形であり、中国による弾圧下にある諸民族をはじめ、支援にあたってきた人々に大きな失望を生んだ。あの総裁選時のアピールは一体何だったのだろうか。

中谷・元補佐官(元防衛相)はポストの復活を訴えているとのことだ。岸田総理は今年9月に行われる自民党総裁選での再選に意欲を持っていると報じられている。岸田総理は安保3文書改訂とそれに基づく防衛力増強や原発再稼働などの良い政策も進めてきており、その点は高く評価している。だが、再選を狙うのであれば、前回の総裁選公約がなぜ途中で反故にされたのかの説明をまずは求めたい。

石井陽子

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