『海のはじまり』目黒蓮がまばたきひとつで表現する複雑な感情 生方美久の卓越した脚本力

物事のはじまりは、しばしば明確には捉えられない。それはグラデーションのように徐々に変化し、時に誰かの過ちから生まれることもある。広く、そしてどこまでも続く海も、その起点を特定することは難しい。しかし、それこそが人生の真実を映し出しているのかもしれない。

Snow Manの目黒蓮が主演を務めるフジテレビ系新月9ドラマ『海のはじまり』が、ついに幕を開けた。本作は、2022年に社会現象を引き起こした『silent』(フジテレビ系)のクリエイティブチームが再集結して送り出す完全オリジナル作品だ。

脚本の生方美久、演出の風間太樹、そしてプロデューサーの村瀬健が再びタッグを組み、“親子の愛”をテーマに、人と人との間に生まれる愛、そして家族の物語を丁寧に紡ぎ出す本作。それは、私たちの人生における様々な「はじまり」と「終わり」、そしてその間に織りなされる複雑な人間模様を映し出す鏡となるだろう。

物語の中心となるのは、東京の印刷会社に勤務する月岡夏(目黒蓮)だ。化粧品メーカーで働く恋人・百瀬弥生(有村架純)との平凡ながらも幸せな日々を送る夏。しかし、ある日突然、その日常が揺らぐ。

「なんで……死んだの?」

夏のスマートフォンに届いた一本の電話が、すべての始まりだった。父・和哉(林泰文)の「親の勘」で差し出された黒いネクタイを身につけ、夏は実家のクローゼットに眠っていた喪服に袖を通す。葬儀場で夏が目にしたのは、“故 南雲 水季 儀 葬儀式場”という案内板。亡くなったのは、夏のかつての恋人・水季(古川琴音)だった。さらに物語に衝撃を与えるのは、水季に子どもがいたという驚きの事実だ。焼香の列で水季の遺族に挨拶をする中で、夏はその事実を知り、驚きを隠せない。

物語は、夏の大学時代にさかのぼる。ひょんなことから居酒屋で出会った水季と夏。流されやすい夏の性格を「人に合わせられる」と肯定的に捉えてくれた水季に、夏は徐々に心を開いていく。スピッツの「渚」が流れるドライブシーン、2人で訪れたどこまでも広がる海……。これらの思い出は、遠く、しかし忘れられない美しい記憶として夏の心に刻まれている。

しかし、その関係にも影が落ちる。水季は夏の子どもを妊娠していたのだ。「不安かどうか聞かれたら不安だったかな」と涙を流す水季。「夏くんは産むこともおろすこともできないんだよ?」という言葉に、何も知らなかった夏は「わかった」と答えるしかない。目黒蓮のまばたきひとつで表現される複雑な感情は、観る者の心を揺さぶったのではないだろうか。

本作が目指したのは「考える余白のある作品」であり、モノローグやナレーションを排除し、セリフの「言わせ過ぎない」と「あえて言う」のバランスに注力しているとのこと。特に夏がサインを求められるシーンは、第1話の中でも、“表情での語り”が一番顕著に見られたシーンであったようにも思う。目黒蓮の物語る視線は各所で評価されているが、モノローグやナレーションを一切使っていない本作では、これまで以上に言葉よりも雄弁な「沈黙の演技」を堪能できそうだ。

しかし夏はある日突然、水季から「夏くんより好きな人できちゃった」と別れを告げられる。その“好きな人”こそ、彼女と夏の子どもである海(泉谷星奈)だったのだろう。葬儀場で、周囲の大人たちから「かわいそう」と哀れみの視線を向けられる海に、夏はそっとイヤホンを渡す。その小さな優しさを向けた相手が、もちろん自分の子どもだとも知らずに。

水季の母・朱音(大竹しのぶ)から真実を告げられ、夏は呆然とする。「海の父親やりたいとか、思わないですよね」という問いかけに、言葉を失う夏の姿に心がぎゅっと痛む。海が大切だからこその朱音の態度とはいえ、本当に“何も知らなかった”夏には辛い仕打ちのようにも感じられた。

そして、この出来事が影響するのは夏の人生だけではないのだろう。自宅に戻った夏に寄り添うのは現在の恋人・弥生だが、この状況が彼女にもたらす影響もまた計り知れない。スマートフォンに残された水季の動画の「夏がお迎えに来るまで」という言葉から、水季が最後まで夏を想い、海を愛していたことが伝わってくる。水季と海の存在は、夏と弥生の関係に大きな波紋を投げかけるはずだ。弥生もまた、夏とは違った角度で困難な選択を迫られることになる人物になるのではないか。

『海のはじまり』は、豪華キャストと優れた制作陣によって支えられていることはもちろん、本作の真髄は脚本家・生方美久の存在にある。視聴者が物語に深く入り込み、独自の解釈や感情を抱くことができるのは、彼女の卓越した脚本力によるものだ。

生方は大学卒業後、助産師や看護師として働きながら脚本執筆に励み、2021年にフジテレビ主催の「ヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞。翌年には『silent』(TBS系)で連続ドラマデビューを飾り、TVerでの見逃し配信で驚異の7,300万再生を記録。2023年の『いちばんすきな花』(フジテレビ系)でもヒットを飛ばすなど、まさに破竹の勢いで活躍を続けている脚本家だ。

そんな彼女は、本作で伝えたいことをこう明言している。

「明確に伝えたいことはふたつだけです。ひとつは、がん検診に行ってほしいということ。すべての人が受診できる・受診しやすい環境が整ってほしいです。もうひとつは、避妊具の避妊率は100%ではないということです」(※)

生方は、本作を通じて、人工妊娠中絶に対する社会の否定的な視線や、事情を知らずに下される批判的な判断にも警鐘を鳴らしている。水季と夏が人工妊娠中絶手術の同意書にサインをする場面は、その苦悩を如実に表現していたのではないか。人工妊娠中絶を取り巻く社会の態度や内面的な葛藤について、視聴者も自ら考えを巡らせることになるだろう。

『海のはじまり』は「考える余白のある作品」を目指している。その結末がどのようなものになるか、今はまだ誰にも分からない。しかし、一つだけ確かなことがある。それは、私たち視聴者が毎週月曜の夜、夏と共に「海(という命)のはじまり」に向き合っていくということだ。彼の目を通して、その波間に揺れる6歳の少女の物語に触れる瞬間が楽しみでならない。

参照
※ https://news.yahoo.co.jp/articles/4527594c5f462844482ab147f9500744646b0f0a

(文=すなくじら)

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