スコープ・技術革新/インフラ物性研究機構、放射光施設でミクロの性質把握

ミクロな物性レベルを研究して土木・建築や材料・マテリアルなどを学際的にカバーする新たな学問領域「インフラ物性学」の創出へ取り組みが始まっている。産学官による「インフラ物性研究機構」(代表幹事・小林潔司京都大学経営管理大学院特任教授)が2023年9月に発足。兵庫県佐用町にある世界最高峰の大型放射光施設「SPring-8(スプリング8)」やスーパーコンピューター「富岳」を用いた研究を後押ししていく。インフラの強靱化やマネジメント高度化に向けた新たなイノベーションを起こす挑戦となる。
同機構は、京都ビジネスリサーチセンター(前川佳一代表理事)内に立ち上がった。6月18日には初弾案件を採択。小林代表幹事は同日に東京都内で開いた会見で「非常に強いエックス線である放射光を利用すれば、インフラ物性をミクロのレベルまで立ち入って解明できる。分子構造レベルまで立ち入って見ることを目標とする研究は世界でも初めてだ」と意気込みを語った。
同機構は、スプリング8を活用したインフラ物性研究の相談窓口として活動を展開。機構内に設けた「インフラ物性研究審査委員会」で採択された研究を対象に支援を行う。
建設材料は機能面と同時に、大量かつ高品質な製品を安定的に供給することが求められる。これまではマクロ的な性質の把握に主眼が置かれ、複合材料であっても均質と見なし、現地で管理しやすい指標を見つけて実地に応用する方法論が取り入れられてきた。大量のインフラ整備を支えてきた一方、物性レベルでの劣化メカニズムに関する研究や知見は十分に蓄積されていないのが実情という。
京大大学院工学研究科の高橋良和教授は「インフラ物性研究が進むことで、合理的な維持管理や更新にもつながる」とみる。理化学研究所(理研)放射光科学研究センターの石川哲也センター長は「予測の科学の観点からインフラ物性は非常に大事だ」と指摘する。多数のサンプルから得たビッグデータを基に、何を変えるとより良くなるのかを追求していく方向性となる。石川センター長は「老朽化のデザイン」と表現する。
京大経営管理大学院は4月、民間企業らと連携してインフラ物性産学共同講座を立ち上げた。出光興産と大成ロテック、理研放射光科学研究センターが参画。27年3月までの3カ年で舗装に関する研究を進める。出光興産らは同機構の審査委員会に申請し、初弾案件として推進する方針が決まった。
今回の研究では、アスファルト舗装の損傷・破壊の発生の仕方やその進展メカニズムの解明を試みる。舗装は交通荷重による変形や、水や酸素、紫外線などが相互に作用することで損傷が生じているが、「ミクロ的なメカニズムは解明されてない」(高橋教授)。
砕石や砂、石粉などがアスファルトで接着された複合材料と認識した上で、各素材ごとのミクロの物性や、化学結合の状態を含む界面の相互作用を計測する。舗装の損傷を抑制する新素材や新技術の開発を促すとともに、より効率的な維持・修繕につなげる。
同機構は社会実装など成果を意識しながら研究を進める。舗装に続いて、コンクリートや土、鉄、新素材など幅広い対象を想定する。第1回審査委員会で委員長を務めた国土技術政策総合研究所の佐々木隆前所長は「物性研究が進むことを期待している」と語った。
100倍以上明るいエックス線を半分のエネルギーで供給できる次世代施設「スプリング8-II」の整備構想もある。実現すれば国土強靱化やカーボンニュートラルなどの分野での利用も広がるとみられる。
小林代表幹事は「脱炭素やサーキュラーエコノミー(循環経済)を進めていくには、物性や素材まで立ち返って新しい流れに対応しなければいけない。日本の強みをどこで発揮していくべきかを考えたことが機構設立につながった。国際標準を目指したい」と力を込める。人材育成や広報・プロモーション活動にも取り組んでいく方針だ。
■放射光施設とは
放射光とは、高エネルギーの電子などが磁場で曲げられる時に発生する電磁波を指す。明るくて指向性が高く、光の偏光特性を自由に変えられるのが特徴。物質の性質や、さまざまな環境下での時間変化などを詳しく調べられる。
スプリング8は加速された高エネルギー電子ビームから発生する放射光を利用して実験・研究する施設。1997年に供用開始した。文部科学省が管轄し、理化学研究所が運営している。

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