【コラム・天風録】千円札と北里博士

 九州山地に包まれる熊本県小国町を訪れた。あす新千円札の顔となる、北里柴三郎博士の古里。幕末に育った生家も復元し、世界的細菌学者の偉業を発信する記念館は、新札の柄のハンカチなど関連グッズの特需と見えた▲「前任」の野口英世博士と比べ、人となりは知られていまい。「光る縁側」を切り出した実物展示が目を引いた。親類の漢学者に預けられた幼い北里博士は2年間、この縁側の床を毎日磨いてピカピカにしたという。粘り強く続ける意味を学びつつ▲座右の銘は「終始一貫」。今で言う予防医学を明治の世に志し、ドイツ留学中には地道な実験の末に破傷風の画期的な血清療法で世界中を驚かせた。ただ39歳で帰国後は順風でもなかったようだ。特に政府との関係で▲手塩にかけて育てた伝染病研究所は大正期の財政難もあって突然、反目する東京帝国大の付属に改組される。これでは自由な研究などできないと仲間たちと反旗を翻し、今に続く北里研究所を私財を投じて立ち上げた▲初心を貫く挑戦心と、権威に負けない反骨心。財布の中で会うたび博士の生きざまを思い返すだろう。キャッシュレスが進む時代、その機会は少々減るかもしれないが。

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