杉咲花主演『朽ちないサクラ』原作者・柚月裕子、ヒット作連発の共通テーマは「組織と個人のぶつかり合いと命の重さ」

柚月裕子 撮影/冨田望

小説『孤狼の血』(KADOKAWA)、『最後の証人』(宝島社)をはじめとした佐方貞人シリーズ、『合理的にあり得ない』(講談社)といった作品がベストセラーの、作家・柚月裕子さん。ミステリーとしての面白さはもちろん、登場人物たちの生々しい生きざまや苦悩は、多くの読者を魅了してやまない。柚月さんが作家として体験した“THE CHANGE”について聞いてみた。【第3回/全4回】

いまの日本のミステリー小説界において、人気、実力ともにトップクラスを誇る作家の一人、柚月裕子さんの著書『朽ちないサクラ』(徳間書店)が、この度、実写映画化となった。主人公・県警広報職員の森口泉が、親友の変死事件の謎と、事件に秘められた真相に迫る……といった内容だ。

物語の大きなテーマとなるのが、タイトルにもある“サクラ”だが、実は今作では”公安“を意味する。“警察”を題材にした作品はこれまでにも『孤狼の血』(KADOKAWA)シリーズがあるが、今回は公安組織が題材になっている。

「昔から、ひとつのテーマとして“組織と個人のぶつかり合い”と“命の重さ”を書いています。今作ではそういったことを鑑みて、同じ警察の人間でも正義の在り方について考え方が違う、というところをぶつけてみようかなと、”公安“を取り上げてみました」

本作の主人公は県警広報広聴課の一職員。つまり、刑事のような捜査権はない、事務職の立場の人物だ。

「警察にいながらも、ある意味、一般の方と同じで(捜査に対して)身動きが取れず捜査権がない。そういう状況下で、こういう人物がもし事件に遭遇したら、どう動くんだろうと思ったんです」

これまで柚月さんの作品では、主人公が男性のことが多い。しかし今作主人公の森口泉は、女性である。

「この作品を書いた当時、警察の事務職の募集要項を見て“この仕事は女性の方がきっと合うんだろうな”という印象を持ったんです。今作では、主として組織で動く人物は男性だったので、その対比として、組織よりも自分の感情を強く意識する女性を主人公に描いてみようと思いました」

作品作りからうかがえる“読者への思いやり”

本作の舞台は、米崎県という架空の街である。

「私は、地理が苦手なんですね(苦笑)。そんななかでも実在の地名を出したときに、現地の方が読んでも違和感がないようにしたいですし、“これ違うな”って違和感を覚えるくらいだったら、架空の街の方が私も自信を持って描き切れるというのがあったんですね。とはいえ、モデルになった土地はあります。ただ、ミステリーできな臭い話でもあるので、実際の地名は控えた方が良いんじゃないかと、配慮した部分もありましたね」

実際に筆を進めるにあたり、相当な苦労があったそうだ。

「物語を構築するうえでは、主人公が結末までこちらの考えた通りに、真っすぐに動いてくれれば楽ですよね。ですが、今作で言えば“泉のキャラなら、真っすぐじゃなくてきっと別の方に行くだろう”と。泉をこのタイミングで泣かせたいけれど、書き進めていくうちに、“きっと泉はここでは泣かない”となったときに、そのシチュエーションに合うエピソードやシーンを書き加えていく……そういった意味では、私も泉と一緒に悪戦苦闘しながら、事件解決まで伴走したって感じでしたね」

そして今回の映画化である。主人公の森口泉を杉咲花さん、泉のバディ的存在となる年下で同期の磯川俊一を萩原利久さん、泉の上司で元公安の富樫隆幸を安田顕さん、県警捜査一課の梶山浩介を豊原功補さんが、それぞれ扮(ふん)している。原作を読んでから映画を見ると、原作イメージ通りのキャスティングで、まるで当て書きでもしたかと思われるくらい見事にハマっている。

「ときどき、キャラクターにモデルっているんですかって聞かれることがあるのですが、私の場合は全くないんです。テレビを拝見する機会は少ない方ですし、そもそもが人の名前を覚えるのが苦手ということもありまして。
以前、大先輩である小説家の北方謙三さんがおっしゃっていたんですが、“キャラクターは明確に書かない”と。例えば“いい女”というのは、読者が思い浮かべる“それぞれのいい女”があるからだとおっしゃっていて。
つまり小説って、“読者が想像する楽しみ”っていうのが一番の醍醐味(だいごみ)だと思うんです。そこで具体的に“この人”って思って書くと、きっと読者の方が想像する余地が狭まっちゃうと思うんですよね」

柚月裕子 撮影/冨田望

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ、岩手県出身。‘08年『臨床真理』(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』(宝島社)で第15回大藪春彦賞、‘16年には『孤狼の血』(KADOKAWA)で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編賞部門受賞)。同年には『慈雨』で「本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10」で第1位を獲得した。他の著書に『盤上の向日葵』(中央公論新社)、『合理的にあり得ない』(講談社)、『月下のサクラ』(徳間書店)、『教誨』(小学館)、『ミカエルの鼓動』(文藝春秋)、『風に立つ』(中央公論新社)などがある。

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