小説家・柚月裕子「ただただ一瞬でもいいから笑っていてほしい」作品に込め続ける“読者への最大級の思いやり”

柚月裕子 撮影/冨田望

小説『孤狼の血』(KADOKAWA)、『最後の証人』(宝島社)をはじめとした佐方貞人シリーズ、『合理的にあり得ない』(講談社)といった作品がベストセラーの、作家・柚月裕子さん。ミステリーとしての面白さはもちろん、登場人物たちの生々しい生きざまや苦悩は、多くの読者を魅了してやまない。柚月さんが作家として体験した“THE CHANGE”について聞いてみた。【第4回/全4回】

映画『朽ちないサクラ』(徳間書店)の原作者・柚月裕子さん。公開よりも一足先に映画を見た柚月さんに、話を聞いた。

「とにかく印象に残ったのが“桜”でしたね。季節に合わせて、自然の桜を撮っているんです。初めは“つぼみ”だったのが、ラストに向かってだんだんと開花していって、最後は満開の桜で映画は終わりを迎えますが、それはそのまま主人公の森口泉の成長とリンクしていると感じました。
美しい桜と対比して、人間の内面の怖さ、先が見えない部分とのコントラストが、素晴らしかったです。それと泉のバディ的な存在の磯川俊一が、終盤で泉に言う“思いっきり笑ってくださいね”というセリフも、物語全体を包む暗く重い空気の中で、爽やかと言うと変ですが、良い映画だなって思わせるものがあって、すごく印象に残りましたね」

ところで、柚月さんはこれまで「山形文学賞」、「このミステリーがすごい!大賞」、「大藪春彦賞」、「日本推理作家協会賞」、「徳間文庫大賞」と5つの賞を受賞してきた。

「私に限って言うならば、自分の作品がどのように受け止められて、どのような方が楽しんでくださっているのかわからないんですね。賞というのは“認めてもらえた”とか“まだまだ書いて良いんだ”と思わせてくれるので、私の中では大きいです。
受賞したことで自分の作品が変わるとか、何か環境が変わるということはないんですけど、ずっと書き続けていると自信がなくなったり、不安になったりすることがあるんです。そういうときに賞をいただくと“評価してくださっている方がいるんだ”と、励みになるんです」

「自分が知らないところで、誰かが泣いているとか、つらい思いをしている方は必ずいる」

そもそも、柚月さんにとって「書く」ことの意義とは何であるのだろうか。

「自分が知らないところで、誰かが泣いているとか、つらい思いをしている方は必ずいるんですよね。作中の磯川俊一のセリフ“笑ってくださいね”じゃないけど、ただただ一瞬でもいいから笑っていてほしい、っていうのは常に思っていることなんです。私自身がつらいとき、読書でごまかしながら救われてきた経緯もあるので、そういったお手伝いをちょっとでもできればなって。本を読んでくださった方が“ちょっと頑張ろうかな”と思っていただけたらすごく嬉しいです。
だから、自分が書いている作品の結末については、読者が望んだものかどうかはさて置き、読み終わったときに、納得していただける終わり方を心がけているんです。読者の方が、ちょっとでも前向きな気持ちになってくれればなって思うんです」

次に書いてみたいテーマについても聞いてみた。

「テーマ……というか、私の場合は“舞台”っていう方が的確だと思うんです。書きたいモノって多分、デビュー当時からいまもそんなに大きく変わっていないんじゃないかな。今作で言うと“1人の命と100人の命の対比”であったり、“光の当たるところには必ず陰がある”とか。そういうことを、深く掘り下げていくと、結局、昔からある物語も書かれていることは今とそんなには変わらないと思うんです。
人間のつらさ、命の重さ、はかなさ、恋愛が持っている素晴らしさ……これらは多くの人が書いてきていることであって、その時代に従って表現方法が変わっているだけなんだと思うんですね。ですがその中でも、作品ごとに“この一行を書きたい”というのが必ずあるんです。それをどういう立場の人物にどういう場所で語らせたら、読者に一番届くのかなということを、いつも考えています。そう考えたら、舞台は無限にあるんだと思います」

次回作では、どんな柚月ワールドが展開されるのか──大きな期待を抱くところである。

柚月裕子 撮影/冨田望

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ、岩手県出身。‘08年『臨床真理』(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』(宝島社)で第15回大藪春彦賞、‘16年には『孤狼の血』(KADOKAWA)で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編賞部門受賞)。同年には『慈雨』で「本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10」で第1位を獲得した。他の著書に『盤上の向日葵』(中央公論新社)、『合理的にあり得ない』(講談社)、『月下のサクラ』(徳間書店)、『教誨』(小学館)、『ミカエルの鼓動』(文藝春秋)、『風に立つ』(中央公論新社)などがある。

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